青裸々日記 Aorara Diary

真面目で一生懸命な人に寄り添うブログです(^^/
あったかい未来が、きっと待っています。

真心。

2010年07月07日 23時47分22秒 | 青裸々日記。
 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 人に好かれたいと思うのは、自然な感情です。
 四方八方、誰しもみんなに嫌われてしまったら、
 孤独で困ってしまうだけではなく、
 前向きな、生産的な関係を築けなければ、
 力を合わせれば出来ることも無になってしまうからです。


 しかし。

 「私はこんなによい人です」とアピールするのはまあ、その人の自由でしょう。
 でも、相手の幸せということを考えた時、
 「私はこんなによい人です、だから評価してください、なにかを下さいなどという要求をするのは、相手の心にも負担を求めることにもなりかねないわけで、
 結果、思った通りにはならない
んです。
 むしろ、鬱陶しく思われることだってある位です。



 人間、誰だって自分がかわいいもの。
 そこもわからずに好かれたいと思う企図が当たると考えるのは、軽率の極みだと思います。


 ここで問題が出てきます。
 相手に好かれたくてやるのか、
 相手に本当に幸せになってほしくてやるのか、
 同じ行為ならよいではないか、
 ここで迷う人がいると思います。


 私が思うに、下心があるかないかはそのことをした結果に自分で責任を取る覚悟があるかないか、
 もっときつい言葉で言うと、どう落とし前を付けるか計算し、さらにかぶることが出来るかを考えたかどうか
で決まる気がします。
 人によっては重く感じるかもしれませんが、
 そんな人ほど修業が必要です。
 自分の好意や行為が空振りに終わった時、
 それでも相手を見続けていられるかの一点が問われるからです。
 …というわけで、断言しますが、「好かれたくて」という気持ち、つまり下心を抱きつつやる行為は、
 たいていは失敗に終わります
 人間、完璧ではありません。
 自分がやったことが不発に終わった時、つまり試された時に、
 意図のある善意は見抜かれてしまうのです。

 ただし、ついでにもう一つ補足で言うと、
 いくら真心と言えど、気持ちだけで突っ張るのもよくありません。
 裏目に出た時、取り返しのつかなくなることがあるからです。
 相手の目線に関わらずなにかをしてあげることは大切ですが、
 それで当初の目的を見失っては元も子もありません。


 本物の真心とは、
 相手に期待せず、
 きちんと計算されていて、
 そしてまた、こちらから求めるものではないのです。

 抽象的な話にはなりましたが、
 真心を持って生きていくのは、
 思っている以上に、大切なことなのかもしれません。

七夕祈願☆

2010年07月07日 22時31分09秒 | 雑感、雑記
 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 七夕の日というコトで、
 少し早起きしてお参りしてきました。
 参拝したのは東京大神宮と築土神社です。
 いつもと変わらず、ただただ真っ直ぐに頭を下げました。


 私は普段からいろいろと参拝させていただいてますが、
 やはり節目や節句は参拝するよい機会です。
 皆さんもどんどんお参りしてみてはいかがでしょうか!?
 参拝していると、不思議と心が落ち着きますよ。

7月7日 七夕デー

2010年07月07日 18時31分32秒 | 雑感、雑記
↑すごいでしょっ!?!?

 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 待ちに待った!?七夕の日。
 なんだか願い事を自由に言ってもよい日みたいで、
 少し気分がよいです。
 個人的な理想はたくさんありますが、
 やはり人の迷惑にならないコトが一番、かなあ、
 なーんて思います。
 同じ理想を実現するにしても、
 やはり人の気持ちは読めたほうがよいじゃないですか。


 皆さんにも流れ星が降り注ぎますように。

願い事。

2010年07月07日 10時56分03秒 | 青裸々日記。
日本丸と横浜の夜景(神奈川県横浜市中区)

 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 願い事が一つ叶えられるなら、
 皆さんは何を選ぶでしょうか!?

 私は「あなたといて幸せです」と言ってくれる人を、
 一人でも増やすことです。
 しかし、そのためには人に幸せを投げ掛けたり、
 自分自身が幸せの存在でいられるよう、
 精度を上げなければなりません。
 そこが難題なのです。



 ☆ ☆ ☆

 私自身、毎日いろいろと自分なりに考えて人と接していますが、
 相手に伝わったか自信がない、
 裏目に出てしまった、
 表面だけの意味で捕らえられてしまい、本来の意図が伝わらない、
 こんな悔しいような、そして申し訳ないことも、たくさん起きるわけです。
 いくら人間、完璧ではないとは言えど、
 減らせるエラーは減らしたいのです。


 「肩肘を張り過ぎだ」と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、
 それにはちゃんとした理由があるのです。

 過去かを問わず、「ああなったらおしまい」だと思う人が周りにいた経験、
 皆さんにもあると思うんです。
 私で言えば、
 ・人の気持ちを読めないばかりか、人の気持ちを勝手に決め付けて接してくる人
 ・人に甘えるしか能のない人
 ・謝罪や感謝というものが辞書にない人
 ・言葉づかいや最低限の気づかいなど、人に失礼をしたという感覚を持てない人
 ・背景も見ず、重箱の隅を頭ごなしに突いてくる人
 …とまあ、自分を棚に上げればいくらでも出てくるわけです。

 この「自分を棚に上げれば」というのがポイント。
 自分が嫌がっているということは、
 その「嫌なこと」に対する感性も、敏感であってよいハズですよね。
 しかし人間、往々にして自分には甘いもの。
 そうであれば、自分が嫌がっていることをせめて他人にはしないように気をつけるのは、
 当たり前の話ではないかと思うのです。
 「人の嫌がることをしてはいけません」なんて小学生レベルのことも守れないなんて、最低ではないでしょうか。
 口では「幸せにします」と言いながら結局は人を…となれば、
 幸せどころか、誰からも認められなくなってしまうと思うのです。


 ☆ ☆

 …というより、こんな話をしている時点で自分をかなり追い込んでしまっている気がするのですが、
 まあしかたない、過去の失敗で嫌な思いをさせてしまった人たちの気持ちを無駄にするわけにはいきません。


 自分がこれだと思うものを愚直に続けて、
 あとは「天命を信じて人事を尽くす」で、
 修正をしつつ、自分の願い事を叶えていきたいです。

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