食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

はじめに

2019-11-26 08:39:31 | はじめに
私が「一度太るとなぜ痩せにくい?」という本を出版した少し後に、ある出版社から食に関する新書を書いてほしいと依頼がありました。そこで「生物学者から見た食の歴史」について書くことにしたのですが、自分が書きたいことを全部書いてしまうと新書のスペースにとても収まりきらないことがだんだんと分かってきました。また、新書で好まれるような内容にならないことも予想がつきました。そこで、私の方から食の歴史について書くのは取りやめる提案をしたのです。

でも、ある程度書き進んでいた原稿をそのまま闇に葬るのも少し嫌だったし、とりあえず最後まで書きたいというのもあったので、ブログという形でひっそりと世に出すことにしたのが本ブログになります。時間がある時の執筆になるので、不定期のアップとなりますが、一人でも多くの方に読んでもらえたら嬉しいです。

尚、次の文は新書の「はじめに」用にとりあえず書いたもので、実際に出版されていた場合は書き直していたはずのものです。

人類は地球を食いつぶすのか?
18世紀末に約9億人だった人類は、それから200年あまりの間に爆発的に増加し、1960年に30億人、そして2018年には76億人になった。どうして人類はこんなにも増えたのか。医療技術の進歩や生活環境の改善により死亡率が低下したことも影響しているが、最も大きな要因は食料の生産量が増えたことだ。

食は生きる基本だ。生きるためには食が何よりも大事だ。そして食料が十分だと人を含めて動物はどんどん増える。この200年の間にさまざまな食料生産の技術革新が起こり、食料の生産量が急激に増えたため、人口が爆発的に増加しているのだ。
例えば、1960年から現在まで世界の耕地面積は緩やかにしか増加していないにもかかわらず、穀物の生産量は3倍以上になっている。つまり、単位収穫量が約3倍になったのだ。このように単位収穫量が増加した理由は、高収量品種の開発や化学肥料の大量使用、農業機械の導入などの農業の近代化が世界的に進んだことにある。

現在でも食料生産の技術革新が続いている。その一つがゲノム編集技術を利用した農産物の新品種の開発だ。ゲノム編集技術が遺伝子操作の効率を飛躍的に向上させたことから、これまでよりもずっと短期間で望みの品種を生み出すことができるようになったのだ。日本では2019年にも、ゲノム編集技術で作られた新しい農作物が市場に出回ると予想されている。

さらに、近年になって急速に進歩している人工知能(AI)を食料生産に利用することにより、単位収穫量のさらなる増大が見込まれている。AIは人類が蓄積した知識を自動学習することで、農作物の生育を最適化することができると期待されているのだ。

一方で、世界各地の既存の農地では土壌の流失や塩害により砂漠化が進行するなど、食料生産の場が失われつつある。現在は新しい農地を開発することで農地面積は増えているが、開発可能な土地には限りがあるため、いずれは減少に転じると予想されている。

言うまでもなく、人類は地球で生きて行く以外に選択肢はない。そして、食料を生産するためには地球の資源しか利用できない。現在の農業生産で消費される石油量は全石油消費量の約3割になるという。もし地球資源が枯渇してしまうと食料生産が滞り、現在の人口を養うことは不可能になる。そのような事態が近い将来訪れるのではないかと危惧する研究者は多い。まさしく、人類が地球を食いつぶしてしまうかもしれないのだ。

ところで、食のシステムには食べ物を作るという側面と食べるという側面の2つがある。そして、当然のことながらこの2つは切っても切れない関係にある。つまり、食べるために作るのであり、作ったものがあってはじめて食べることができる。

食べるという行為(食事)は一生にわたって続く基本的な営みだ。そして食事には栄養補給という役割以外に、美味しさによって人を幸せにするという役割がある。誰しも大好きな料理を食べて幸せを感じたことがあるのではないだろうか。

歴史を振り返ってみても、また、現代社会を見回してみても、人類の美食を追い求める情熱はとても大きいものだと痛感させられる。この美食への情熱が人類社会の形成に大きな影響力を発揮してきたのだ。つまり、旺盛な食欲が人類のアイデンティティの一つと言っても過言ではない。

そして、この食への情熱は食料生産にも大きな影響力を発揮してきた。例えば、人類はとても肉好きだが、近年になって世界中で多くの人々がより多くの肉を求めた結果、現在の一人当たりの食肉消費量は1960年頃の約2倍になっている。そして、この消費量の増加をまかなうために家畜の飼育数は増え続けているのだ。

さらに歴史を振り返ってみると、砂糖やコーヒーなどの大量消費をまかなうために、多くの人々が過酷な労働を強いられてきたという暗い事実にも突き当たる。つまり、食のシステムは人々を幸せにするという光の側面に加えて、不幸にするという影の側面も持ち合わせている。

本ブログでは、食に関わる歴史上の大きな変革、すなわち「食の革命」と呼べる出来事について見て行く。この中には食料の生産や消費だけでなく、保存や流通、そして食によって変化した人々の生活も含まれる。このような観察を通して、人類が歩んできた道を食の観点から考察することが本書のねらいだ。そして、現在進行中の食の革命について分析することによって、世界が今後どのように変化していくかについて考えたいと思う。

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