えつこのマンマダイアリー

♪東京の田舎でのスローライフ...病気とも仲良く...ありのままに、ユーモラスに......♪

【再掲】福島原発事故から11年 ~宝鏡寺早川住職の子孫へのメッセージ~

2023年04月11日 | 東日本大震災

(↑「稲城 平和を語り継ぐ三世代の会」制作)

 この記事は、過去記事「福島原発事故から11年 ~宝鏡寺早川住職の子孫へのメッセージ~」の再掲です。NHKの番組からそのまま紹介した詩の構成が原典と異なることがわかったため、詩の訂正版を再掲する形にしました。読者が詩の出典に当たって連絡をくださいました。榎本様、ご協力に深謝いたしますm(__)m

 

 NHKの番組「こころの時代 ~宗教・人生~」で先頃放送された「シリーズ 私にとっての3・11『福島からの伝言』」(2022年3月13日放送・20日再放送)を見ました。福島県双葉郡楢葉町にある宝鏡寺早川篤雄住職の長年にわたる取り組みと人柄に感銘を受け、勇気づけられたので紹介します。

 こちらの過去記事で紹介したように、私の属する「稲城 平和を語り継ぐ三世代の会」は、昨夏の恒例展示で早川住職について紹介していました。

    
 メンバー2人が宝鏡寺に赴き、早川住職が私財を投じて昨年3月11日に開いた「伝言館」と上野のお寺から引き継いだ「非核の火」(↑の解説文をご参照ください)を見に行っていたのです。「伝言館」は原発事故の被害や教訓を伝え、また、ヒロシマ・ナガサキ、ビキニでのヒバクをも併せて伝える施設です。

 閑話休題…くだんの番組では、早川住職が原発建設計画当初から仲間とともに取り組んできた原発反対の活動とその想いが紹介されていました。住職たちの訴えは地裁→高裁→最高裁へと進みましたが、訴えも虚しく、すべて棄却されてしまいました。お金がなくて弁護士に交通費も払えないので、住職が謝ると、弁護士の鵜川さんは言ったそうです。「裁判なんて子孫へのメッセージだと思えばよいのですよ」と。それを受け、住職は「やっぱり声を上げて行動するしかない」と思い、「今自分にできることを一つ一つ実行してきた」そうです。そうした粘り強い取り組みと貫かれた信念が、昨年の「伝言館」と「非核の火」につながったのですね。

 住職とともに訴訟を闘いながら中途でガンで亡くなった当時高校教師の吉田 信(まこと)先生の詩が紹介されていました。住職に促され、自分の余命を知りながら闘病中に詠んだものです。その想いが私の心に残ると同時に、私を奮い立たせてくれました。ここに紹介します。
  

-----------------------------------------

吉田 信(まこと)作  『日々の新聞』 No.459より

散文詩『核の冬に吞み込まれた春』より 結びの詩:

巨大原発施設に怒(いか)れるバルカン<火山の神>の鉄槌が一撃を加える日、
この華麗な花綵(かさい)列島にいかなる春が来るというのか。
それは「明るい不死の春か」 否「沈黙の春」すらない。
それは、たとえば核の冬に呑みこまれた暗々たる春には似てもつかぬものにちがいない。

 

『重い歳月』

故郷の海岸線は原発の銀座になり
人々の素朴な暮らしのありようも
人々の眼付きも
心なしか変ってしまった十年だった

私たちの一生も限りがあるから
誰にとっても十年は永かった
だが
慣れない金策に駆けまわり
署名を集め 勉強会もする
この十年がなかったら
私たちの人生はやせ細ったものになっただろう

それにしても空しい判決だった
空しさはどこから来るのか
裁判官が真実から眼をそむけたから
権力に尻尾を振ったから

空しいのは彼らであって
私たちではない

<真実>はいつも少数派だった 
今の私たちのように
しかし原発はいつの日か
必ず人間に牙をむく
この猛獣を
曇りない視線で監視するのが私たちだ
この怪物を絶えず否定するところに
私たちの存在理由がある

私たちがそれを怠れば
いつか孫たちが問うだろう
「あなたたちの世代は何をしたのですか」と

―原発公判 福島地裁判決の日に(1984年4月23日)

-----------------------------------------

 この3年後の1987年に、吉田先生は亡くなりました。早川住職の同志であり、心の支えだった人だそうです。そして、この詩が詠まれてから27年後の2011年、この詩が現実となってしまったのです。吉田先生が存命だったら、どんなに悔しがられたか…早川住職がどんなに無念の思いに浸られたか……。
 でも、たとえ悪い予感が的中しても、住職は「それ見たことか」とは言わなかったそうです。言われた相手の立場がなくなるからと…。原発事故で避難を余儀なくされ、身も心もすさんでしまった人々に、「いいね、補償金で遊んで暮らして…」と心ない言葉を吐く人々に対しても、住職は思ったそうです、「この人たちも苦しんでいるんだ。心がある人ならそんなことは言わない。そんなことを言うのは、苦しんで心がなくなっているからだ」と…。
 住職は、毎朝の読経を、三毒を反省する懺悔の言葉で始めるとか…三毒とは「(とん:貪欲)・(じん:怒り)・(ち:無知)」。欲を捨て、怒りを鎮め、無知を恥じることから一日を始めるのですね。私も見習わなければいけません。
 

 「子孫へのメッセージ」…毎夏、「核のない世界へ ~子どもたちに青い空を~」とのテーマで展示を続けている私たち「稲城 平和を語り継ぐ三世代の会」の活動と通底しています。ときにはめげそうになることもありますが、早川住職や吉田先生の信念や想いを励みに、今年も展示準備を進めていきたいと思います。

 

 【後日追記】(2023.4.11)
 大変残念なことに、早川住職は2022年12月29日に吉田さんの元に逝かれました。享年83歳でした。心よりご冥福をお祈りいたします。

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 春の里山2023 ~町田市... | トップ | 坂本龍一さんを偲んで ~脱... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

東日本大震災」カテゴリの最新記事