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昨年12月8日、外国人労働者の受け入れを拡大する改正入国管理法が成立した。そこで危惧されているのが外国人犯罪の急増だ。そこで欠かせないのが、警察や検察、裁判所での「司法通訳」だ。そこでDOL特集「隣の中国人 “ディープチャイニーズ”たちの肖像」では、中国人犯罪が全盛期だった90年代に司法通訳として活躍、今はテレビなどにも出演しているジャーナリストの周来友氏に、当時を振り返ってもらった。(ライター 根本直樹)
警察も危惧する外国人犯罪の急増
昨年12月8日、外国人労働者の受け入れを拡大する改正入国管理法が成立。政府は今後5年間で最大35万人程度を目安に海外から単純労働者を受け入れる方針だという。
これにより危惧されているのが外国人犯罪の急増だ。
警視庁組織犯罪対策部の関係者は「我々が怖れているのは、荒っぽい中国人による犯罪が激増した90年代の再来だ。あの時代は中国人だけ相手にしていればよかったからまだ対応できたが、今回は複数の国から労働者が押し寄せることになる。確実に犯罪は増える。しかし異なる多くの言語に対応する能力が警察にはあるのか。不安しかないね」と語る。
かつてはどうだったのか。中国人犯罪全盛期の90年代、「司法通訳」として警察や検察、裁判所で仕事をした経験を持つ在日中国人ジャーナリストで、タレント、会社経営者でもある周来友氏(55歳)に、当時のエグすぎる中国人犯罪捜査の裏側について話を聞いた。
「落としの周」と呼ばれ警察から引っ張りだこだった90年代
司法通訳とは、外国人が関与した犯罪の捜査や取り調べ、裁判などの通訳を行う人のことで、日本人もいれば外国人もいる。在日中国人による犯罪が連日のように報じられていた90年代は日本人の通訳だけでは足りず、日本に滞在する台湾人や中国人が大量に動員されていたという。周氏は語る。
「90年代の前半は台湾人が多かったけど、徐々に大陸出身の中国人が増えていったね。私は、中国人犯罪のピークだった95年から2000年まで司法通訳をやってました。毎日すごく忙しかったね」
1987年3月、浙江省紹興市出身の周氏は、私費留学生として来日。文教大学、東京大学大学院を経て、東京学芸大学大学院国語教育科を卒業。その後、司法通訳をはじめとする通訳業務に携わるようになった。
中国人犯罪全盛期だったこともあり、仕事の依頼は引きも切らず、30代前半にしてかなりの収入があったという。
「当時は、司法通訳をメインに報道関係、官公庁での通訳業務もやっていたので、お金に困ることはなかったよね。自分で言うのもおかしいけど、取調室の刑事たちの間で私は『落としの周』と呼ばれるほど人気があったの。周に通訳を頼めば、必ず容疑者を落としてくれる(容疑を認める)という意味です。あの頃の私は“指名ナンバー1”の司法通訳だったよね(笑)」
そもそも周氏はどのような経緯で司法通訳の世界に入ったのだろうか。
初めての仕事は密入国ブローカー“蛇頭”絡みの殺人事件
「知人の紹介ですね。試験とかはなくて面接のみ。そこでOKが出たら、警視庁に通訳士として登録するんです。あとは実力次第。現場の刑事さんに力を認められ、信頼関係ができれば、バンバン指名が入る。ホストやキャバ嬢と一緒ですよ(笑)」
司法通訳の仕事はそんなに儲かるのか。
「当時、警察の場合、時給6000円でした。1日平均5~6時間仕事してたので日当3万~3万5000円になる。中でも一番おいしいのが、警察用語で“引き当たり”と呼ばれる実況見分に呼ばれたとき。容疑者を連れて朝の4時とか5時に現場へ向けて出発し、遠いところだと警察署に戻るのが深夜12時とか1時になりますからね」
司法通訳になって最初の仕事は、中国人同士の殺人事件の取り調べだった。90年代の日中両国で猛威を振るっていた密入国ブローカー“蛇頭(スネークヘッド)”絡みの事件だった。
「福建省出身の貧しい中国人たちが、日本への密入国を手引きしてくれた蛇頭のボスとその愛人を拉致して、川崎のマンションに連れて行き、なぶり殺しにした事件です。当時はこんな事件、普通にありましたね」
2000年代初頭以降、中国の経済発展にともない中国人の密入国は激減していったが、90年代の日本には漁船や船のコンテナなどに身を隠し、こっそり海を渡ってきた密航者が相当数いたと思われる。
当時の新聞を開くと、コンテナにすし詰めになった中国人たちが、暑さや病気で大量に死んでいるのが発見されたり、密入国者による窃盗などの犯罪、蛇頭絡みの事件のニュースが頻繁に報じられていたことが分かる。それだけ日本と中国の間の経済格差が大きかったということだろう。周氏も言う。
「あの時代、蛇頭に密航の手引きを頼むと、だいたい200万円の手数料を取られた。前金として100万円、密航が成功したらさらに100万円。しかし、当時の中国で200万円と言ったら都会で10年、田舎なら20年は楽に暮らせたほどの金額です。密航者たちは、親戚中からカネをかき集めて日本を目指した。日本で数千万稼いで国に帰れば、大きな家が建ち、その後数十年間は安泰の暮らしを送ることができる。当時の貧しい中国人にとっては、命の危険を冒してでも密入国をはかる価値があったんです」
カネを求めてさまざまな犯罪に手を染めていたのは、密入国者ばかりではない。普通の留学生たちの中にもブラック、あるいはグレーな仕事に手を染める者が少なくなかった。
「一番多かったのは窃盗団。あとは偽造カード、エステ緊縛強盗、ATM破壊盗、それから違法風俗。カネで揉めての傷害、殺人。それと、90年代の中国系社会で大流行した揺頭丸などの違法薬物、覚せい剤。ITなどなかった時代ですから、ある意味分かりやすい犯罪のオンパレードでしたね」
「同じ中国人を警察に売るのか!」脅し、懇願、涙…何でもありの取調室
中国語と日本語ができれば、誰でも司法通訳が務まるわけではない。相手は犯罪者にして“同胞”。取調室では人間としての“総合力”が問われるのだと周氏は言う。
「中国人の容疑者たちは、私が中国人だと知ると最初は安心感を覚えるのか、『刑事にうまいこと言ってくれよ』とか『捜査状況を教えてくれたら後でお礼をする』とか、さまざまな誘いをかけてきます。でも、司法通訳として刑事たちの信頼を得るには、常に中立的態度が求められるんです。私が毅然とした態度で彼らの誘いを断ると、今度は一転、『お前、同胞を裏切るのか。売国奴め』などと罵詈雑言を浴びせてくる者も。そういう意味では重圧はありましたね」
裏切り者と思われたら容疑者は沈黙してしまうこともある。そうなっては困るので、周氏はよく容疑者にこう語りかけたという。
容疑者、警察双方から信頼を得るのが司法通訳
「自分は、あなたの敵じゃない。私は優秀な通訳だ。だから信頼して、あなたの言い分をきちんと主張しなさい。私はそれを刑事に正確に伝える。それが私の仕事だ」
こう語りかけると、たいていの容疑者は彼を信頼して供述を始めるのだという。
「刑事が怒った口調で話したら、私も同じように怒った口調で中国語に訳す。そうすることで刑事たちからの信頼も得られるんです。中には、同胞に甘い通訳もいますからね」
中国人通訳の中には、容疑者から「裏切り者」と見られて、後から報復を受ける者もいたという。
「面会で仲間が来るでしょ。そのときに『あの通訳をやっつけろ』って指示するんです。そういうケースもたまにありましたね」(周氏)。
こうして周氏は数年間に渡り、刑事たちとともに中国人犯罪捜査の最前線に立ち、さまざまな事件の解決に手を貸してきたのである。
しかし、なぜ稼げる仕事を手放したのだろうか。
「取調室のタバコの煙に耐えられなくなったというのも大きい。同胞を追い詰めていく仕事には、やっぱりストレスも感じていたし。あとは90年代末になると、テレビのコメンテーターの仕事も入るようになり、自分の中で新しい可能性が見えてきた時期でもある。同じ頃、日本政府が指紋押捺制度を導入した結果、外国人犯罪者の再入国が難しくなった。これにより外国人絡みの仕事は減っていくだろうという読みもあった。司法通訳は神経も磨り減るし、あまり長くやるものじゃないなと思って、2000年に自分から引退しました」
新たな法律の下、この4月から外国人労働者の受け入れが拡大される。となると、司法通訳に対するニーズは高まっていくだろう。単に外国語ができるだけなく、周氏のような容疑者、警察双方から信頼を得られるノウハウを身につけた通訳が求められているのかもしれない。