==《リヴィウスのローマ史第2巻》=
Titus Livius History of Rome
Benjamin Oliver Foster
【52章】
ローマは平和を回復し、食料が順調に流入した。トウモロコシがカンパニア地方から輸入された。食糧不足は解消された。市民は将来の不安から食料を買いだめしていたが、それを放出した。平和が回復し、食料が出回ると、人々は国内の問題に目を向けた。外国の脅威がなくなると、人々は国内の敵を探した。護民官は農地法の制定を持ち出して平民の心に悪影響を与えた。元老院は農地法に反対したので、平民は怒った。平民の怒りは元老院全体に向けられただけでなく、議員一人一人に向けられた。土地法を提案していた護民官、コンシィディウスとゲヌキウスは執政官メネニウスを告発し、裁判の日を決めた。メネニウスはクリメラ川の要塞を失い、現在彼の部隊の陣地はクリメラ川から後退した場所にあった。メネニウスに対する反感をあおるのは容易だった。彼は平民の反感によって押しつぶされた。元老院はかつてコリオラヌスを弁護した時のように、そしてさらに熱心にメネニウスを擁護した。またメネニウスの父アグリッパの名声は今もおとろえていなかった。複数の護民官がメネニウスの死刑を要求したが、判決は罰金2000アス(最初の自国通貨、銅貨)だった。この判決はメネニウスにとって死刑宣告と変わらなかった。というのは、彼は不名誉と悲しみに耐えられず、死の病に伏したからである。次にSp......・セルヴィリウスが弾劾された。セルヴィリウスの執政官の年が終わリ、ナウティウスとP....・ヴァレリウスが次の執政官になった。すると、二人の護民官、カエディキウスとスタティウスが前執政官セルヴィリウスを告訴した。裁判の日になると、セルヴィリウスは先に告発されたメネニウスと違う態度を取った。彼は温情を求めず、元老院の仲裁にも頼らず、自分は完全に潔白であると主張した。彼は人々の彼に対する信頼を信じていた。ヤニクルムの丘のヴェイイ戦における彼の行動が問題にされたが、彼はひるまなかった。国家が危険な時彼は勇気ある行動をしたが、自分自身が危険になった時、彼は同様に勇気を示した。彼は告発に反撃した。メネニウスを告発し、彼を死なせたことに対し、護民官と平民全員の責任を追及した。
「メネニウスの父の努力により、平民は国家における地位を回復し、平民を保護する護民官という役職が成立し、同じ目的の法律が制定された。現在平民はこの制度を悪用して残酷な復讐をしている」。
セルヴィリウスは大胆にも告発の正当性に疑問を投げかけた。同僚執政官だったヴェルギニウスが証言し、自分の職務中の経験に基づきセルヴィリウスを弁護した。セルヴィリウスをさらに有利にしたのは、人々がメネニウウスの裁判の結果に否定的になっていたことだった。
【53章】
国内紛争は終結した。ヴェイイとの戦争が再燃し、サビーニ人がヴェイイと軍事同盟を結んだ。ラテン人とヘルニキ族は補助部隊を徴兵した。執政官P.. ..・ヴァレリウスが指揮する部隊がヴェイイに向かった。ヴェイイの城壁の前にサビーニ軍布陣しており、ローマ軍は彼らを攻撃した。サビーニの陣地は大混乱となり、かろうじて少数の部隊が四方に出撃した。ローマ軍は最初に攻撃した門を突破し、ローマ兵がサビーニの陣地になだれ込み、戦闘というより、一方的な殺戮になった。殺戮の音はヴェイイ城内にまで聞こえた。ヴェイイ兵はまるでヴェイイの城壁が破られたかのように緊張し、武器を取った。彼らはサビーニ兵を救援したり、ローマ兵を攻撃した。サビーニの陣地を攻撃していたローマ兵は一瞬驚き、混乱した。しかしローマ兵は気を取り直し、二方面の敵に対する戦闘態勢を整えた。同時に執政官がローマの騎馬隊に攻撃を命令すると、ヴェイイ兵は撃退された。ローマの隣国で最も強大な二つの敵が敗北した。しかしこの時ヴォルスキとアエクイの軍がラテン人の地域に進出し、布陣した。
ヴォルスキとアエクイの兵はラテン人の町の国境地帯を略奪した。ラテン人はヘルニキ族と協力して、ローマの将軍や軍隊の助けを借りずに、略奪兵を追い出した。ラテン人とヘルニキ族は領地を奪回しただけでなく、戦利品を獲得した。問題は解決したが、執政官ナウティウスが率いるローマ軍がヴォルスキ軍に対して派遣された。ラテン人とヘルニキ族がローマに相談せず、自分たちのやり方で勝手に戦争することを,ローマは認めることができなかったようだ。ローマ兵はヴォルスキ兵を挑発し、侮辱の言葉を投げつけたりしたが、戦争は起きなかった。
【54章】
L....フリウスとC....マンリウスが次の執政官になった。ヴェイイはマンリウスの領地になった。これは新たに戦争があったからではない。ヴェイイの要望により、ローマは40年の休戦を受け入れた。ヴェイイはトウモロコシの納入と兵士の給料の支払いを命令された。対外的に平和になると、国内の争いが始まった。
護民官は土地法の制定を要求して平民を扇動し、平民が騒ぎ、社会が不穏になった。執政官は暴力を最大限使用して対抗した。かつてメネニウスは脅迫され、セルヴィリウスは窮地に追い込まれたが、この年の執政官は強硬だった。その結果、護民官たちは辞任したが、その際、その一人ゲヌキウスは執政官を告発した。
次の執政官はL....・アエミリウスとオピテル・ヴェルギニウスだった。いくつかの年代記は、ヴェルギニウスではなくヴォピスクス・ユリウスとしている。この年の執政官についてはともかく、市民の前で裁判にかけられたのは、フリウスとマンリウスである。二人の元執政官は喪服を着て平民だけでなく、若い元老たちの間を歩き回り、彼らに言った。
「国家の高官の権威と行政を貶めてはてはならない。執政官のファスケス(斧と木の束、処刑の象徴)、紫の長衣(トーガ)そして象牙の椅子を死者へのはなむけとみなしてはならない。これらの象徴的な物で囲まれた執政官は、死の前に飾られたいけにえのようになってしまった。執政官の職が見せ物になってしまうなら、執政官は護民官の権力によって逮捕され、葬られるだろう。この点をよく理解してほしい。執政官は護民官の従者となり、護民官に呼びつけられ、命令されたことを実行するだけの存在になるだろう。もし執政官が独立して行動したり、貴族に配慮したりしたら、また平民を心配する以外にも国家の業務があると考えるなら、彼はマルキウスのようにローマから追放され、メネニウスのように刑を宣告され、不名誉のために死んでしまう運命を覚悟しなければならない」。
執政官の話に励まされ、元老たちは元老院の議場ではなく、個人の屋敷に集まった。少数の元老だけが招かれた。彼らの目的は告発された執政官を救うことであり、そのためには合法的な方法だけでなく、非合法の手段を用いるつもりだった。かなり危険なやり方も推奨された。数人の元老は最も大胆な犯罪を主張した。
裁判の日になり、平民は期待して中央広場に集まり、つま先立ちで裁判が始まるのを待った。護民官が彼らのところに来ないので、平民はおかしいなと思った。時間が経っても護民官が現れないので、平民は疑い始め、元老院の指導者たちが護民官を脅迫したのだと考えるに至った。平民の要求が見捨てられた、と平民は騒ぎ出した。まもなく護民官の家の玄関に居た市民が「護民官が家の中で死んでいるのが発見された」と伝言を寄こした。この知らせが民会に広まると、集まっていた市民は四方に逃げ出した。彼らは将軍を失った兵士のようだった。特に護民官たちは同僚の一人が殺されたので、恐怖を感じた。神聖な法律がもはや存在しなかった。一方で元老たちは有頂天になって喜んだ。彼らの誰一人、恐ろしい犯罪を後悔していなかった。犯罪に加担しなかった元老たちも、自分が実行犯の仲間であるかのように振舞った。「護民官を懲らしめ、護民官の権力を無効にすべきだ」と彼らは主張した。
【55章】
恐るべき事件の印象がまだ消えない時、徴兵の命令が出された。護民官はすっかりおびえてしまい、徴兵を妨害する気力を失っていたので、執政官は順調に兵を集めることができた。このように執政官の権力が復活すると、平民の怒りは、無気力な護民官に向けられた。平民は言った。
「自由は完全に失われた。昔の状態に戻った。ゲヌキウスの暗殺と同時に護民官の権力は消滅し、護民官の制度はゲヌキウスと共に地下に埋められた。平民が貴族に抵抗するためには別の方法を考え出さなければならない」。
普通の市民を助けてくれる者はいなかったので、自分を守るために、彼らは自分たちで何か方法を見つけなければならなかった。執政官は24人の護衛兵を従えていたが、これらの護衛兵は平民から選抜されていた。彼らは無力で蔑視される身分であり、人々から侮られて当然だった。しかし最高官の護衛兵として彼らは人々から畏敬されていた。
平民は話し合っているうちに、興奮してきて、最後にヴォレロ・プブリウスが言った。
「自分は百人隊長を務めてきたので、普通の兵士と区別されるべきである」。
制度に挑戦する発言をしたヴォレロに対し、執政官は護衛兵を派遣した。ヴォレロは護民官に訴えたが、護民官の誰一人、彼を助けようとしなかった。執政官はヴォレロに裸になれと命令し、背中を打つ棒が準備された。その時ヴォレロは大声で叫んだ。
「私はローマの人々に助けを求める。護民官は自分が暗殺されるのを恐れて、ローマ市民が棒でたたかれても、黙って見ている」。
護衛兵は荒々しくヴォレロの長衣(トーガ)を引き裂き、彼を裸にした。しかしヴォレロは並外れて頑強な男であり、もし彼が抵抗すれば厄介だった。さらに彼の訴えに応じた市民が彼を助けたので、護衛兵は追い払われた。ヴォレロを支持する市民が怒って執政官を非難している間に、ヴォレロは群衆の中に紛れ込むと、再び叫んだ。
「私は平民に助けを求める。仲間である市民の皆さん、そして同僚である護衛兵の皆さん、私を助けてください。もう護民官は頼りにならない。むしろ護民官は皆さんの援護が必要だ」。
護衛兵は立場を逆転し、ヴォレロのために立ちあがろう、と血を湧き立たせ、戦争の準備をした。実際重要な戦闘が始まろうとしていた。この戦争では、公的な権威が無視され、個人の権利も無視されるだろう。執政官は市民の怒りの爆発を鎮めようとしたが、武力無しでは自分たちが安全でないと気付いた。護衛兵は群衆と一体になり、ファスケスは壊された。執政官は中央広場から追い出され、元老院に逃げこんだ。勝利したヴォレロがどこまで突き進むのか、執政官はわからなかった。騒動が徐々に静まると、執政官は元老院を招集した。元老が集まると、執政官は自分たちに対してなされた無法行為―平民の暴力とヴォレロの大胆で反逆的な言動―について不満を述べた。元老たちが次々に激烈な発言をし、年長の元老たちの意見が勝利した。元老院は平民の過激な言動を批判したうえで、貴族が同国人に対する怒りと憎しみで平静心を失っている現状を嘆いた。
【56章】
今や、平民の間でヴォレロの人気が高まった。次の護民官の選挙で、平民はヴォレロを選んだ。この年の執政官はルキウス・ピナリウスとP.. ..・フリウスだった。
ヴォレロは護民官の権力を利用して昨年の執政官を追い詰めるだろう、と誰もが予想した。しかし彼は自分の不満より国家の利益を優先させた。彼は昨年の執政官について何も述べず、平民を代表する護民官を部族の会議で選出することを提案した。一見すると、この提案は穏健で無害なように思われた。しかしこの選出方法は貴族にとって都合のよい人物を護民官に選出することを不可能にした。貴族はこれまで、貴族に従属する人々の票によって意中の人物を護民官に選ぶことができた。
平民はヴォレロの提案を歓迎したが、貴族は絶対にこれを認めなかった。貴族は有害な制度を無害にする唯一の手段を失うからである。貴族はこれまで最低でも一人の護民官を自分たちの味方した。味方の護民官は執政官や有力貴族の影響力に助けられながら、他の護民官の提案に拒否権を行使してきた。護民官の選抜方法は重要な問題だったので、議論が長引き、年末まで決着しなかった。
翌年平民は再びヴォレロを護民官に選んだ。貴族は問題が急速に深刻化していると感じ、アッピウス・クラウディウスを執政官に任命した。彼の同名の父は平民に徹底的に敵対した。息子の彼は父のやり方を受け継いだので、平民に憎まれ、彼自身平民を憎んでいた。年の初めから土地法が他のいかなる問題より優先された。ヴォレロは真っ先に土地法を持ち出した。同僚護民官のラエトリウスは少し遅れて土地法を提案したが、彼はヴォレロより熱心に土地法を推進した。ラエトリウスは勇敢な兵士であり、戦場において彼に匹敵する者はいなく、高い評判を得ていた。彼は貴族にとって厄介な敵となった。ヴォレロは演説で土地法について議論したが、執政官を決して攻撃しなかった。一方ラエトリウスは冒頭から執政官アッピウスを非難しただけでなく、アッピウス家の人々は専制的であり、平民に残酷だった、と責めた。
「アッピウス・クラウディウスは執政官というより、死刑執行人だ。彼は平民を苦しめ、拷問にかけるだろう」。
ラエトリウスは戦士であり、演説に慣れていなかったので、あふれる感情を表現する言葉を見つけられなかった。
「私はうまく話せないが、私の話が真実であることを証明できる。もし私が土地法を実現できなかったら、私は諸君の目の前で死ぬだろう」。
翌日執政官は中央広場の演台に立った。民会が始まったら、執政官と貴族は土地法の制定に抵抗するつもりだった。ラエトリウスは投票者以外の者は退去するよう命令した。しかし若い貴族たちは席を離れようとせず、命令を執行する役人の命令を無視した。するとラエトリウスは彼らの中の数人を逮捕するよう命じた。その時執政官アッピウスが異議を唱えた。
「護民官は貴族に命令できない。護民官は国民全体の支配者ではなく、平民だけの支配者である。先祖の慣習によれば、執政官の私でさえ、議場から誰かを追い出すことはできない。昔の習慣は『市民の皆さん、自分がそうしたいなら、去りなさい』である」。
執政官アッピウスは軽蔑するような口調で自分の権限を説明することで、容易にラエトリウスを動揺させた。ラエトリウスは怒り狂い、役人に執政官を逮捕しろと命令した。
これに対し、執政官は「ラエトリウスは高官の権限を有しない私人にすぎない」と叫び、護衛兵にラエトリウスを逮捕するよう命令した。護民官は不名誉な扱いを受けるところだったが、民会の参加者全員が怒って抗議し、ラエトリウスを守った。またローマ市内のいたるところかから人々が中央広場にに向かい、彼らは群衆となって広場に集まった。執政官アッピウスはこれにひるまず、立ち向か
った。流血の事態が避けられないように見えた。この時、もう一人の執政官クィンクティウスが執政官代理に命じた。
「必要なら強制的にアッピウスを中央広場から排除せよ」。
それから執政官クィンクティウスは護民官たちに冷静になるよう頼み、民会を解散させるよう求めた。
「少し落ち着いて、感情が静まるのを待ってください。時間が経ったからといって、護民官の権力がなくなるわけではなく、時間と共に慎重さが加わるだけです。元老院は人民の権威に従うでしょう。そして執政官は元老院に従うでしょう」。
【57章】
執政官クィンクティウスは苦労の末、平民をなだめることができた。元老たちはアッピウスをなだめるのに、もっと苦労した。結局民会は解散され、執政官は元老院を招集した。元老たちは恐怖と怒りの感情に支配されており、感情的な発言が噴出した。衝動的な発言が続いた後、長い休憩となり、元老たちの感情がおさまると、彼らは冷静に議論を始めた。元老たちはとにかく紛争の長期化を避けたかったので、両陣営をなだめて混乱を収拾したクィンクティウスに感謝する決議をした。アッピウスはくぎを刺され、「執政官の権力は無制限ではなく、国民の調和を破壊してはならない」ということに同意させられた。また元老たちは次のことを確認した。
「護民官と執政官がそれぞれ全てを支配しようとして争うなら、国家は共通の基盤を失い、一致した行動をできない。国家は二つにひき裂かれ、誰が支配者になるかが最終目的になり、国家をの安全を保つことは二の次になる」。
しかしアッピウスはこれに反論した。「私は神々と市民に誓って、言う。国家は恐怖におびえる人々によって裏切られ、見捨てられようとしている。執政官が元老院を危険にさらしているのではなく、元老院が執政官を危険にさらしているのだ。聖なる丘で執政官に定められた権限が縮小されようとしている」。
しかしアッピウスは元老たちの一致した考えに圧倒され、黙るしかなかった。そして粛々と護民官の選出法が定められた。そして初めて部族会議によって護民官が選出された。ピソの記述によれば、護民官の従来の定数は二人であり、五人に変更された。新しい選挙法の成立とともに、ヴォレロとラエトリウスは護民官を辞任し、新たに次の五名が選ばれた。シッキウス、ヌミトリウス、ドゥエッリウス、イキリウス、メキリウス。