8月21日のダマスカス郊外への化学攻撃は一か所ではなく、2か所で起きた。東グータと西グータであり、互いに16㎞離れている。2つの場所に打ち込まれたロケットの種類も異なっている。西グータのほうは小型の140mmロケットであり、東グータのほうは大型の330mmロケットである。140mmロケットはよく知られたロシア製のロケットだったが、330mmロケットはシリア軍が2012年に開発したもので、未知のロケットであり、性能や仕様は謎だった。事件後、「正体不明のロケット」と呼ばれた。330mmロケットはロケットの残骸をもとに、ロケットの仕様を知るしかなかった。ロケット全体の大きさと弾頭の大きさ・容量はわかったが、ロケットの射程距離は分からなかった。発射機についてもわかっていない。発射機はイラン製のFalaq2だという説があるが、これには反論もある。Falaq2が発射するロケットはかなり大型であり、東グータに着弾した330mmロケットの2倍近くの長さがある。したがってFalaq2は330mmロケットの発射機として使えない、という。
330mmロケットの発射機については結論が出てないが、射程距離については、事件から5か月後、元国連査察官と物理学者が、2.25km以下と発表した。
330mmロケットの射程距離はきわめて短く、着弾地点の近くから発射されたことになる。シリア軍はそれほど近くまで進出していただろうか。
着弾地点から2.25km以内にシリア軍がいたかを知ることは、かなり困難である。着弾地点から2.25km以内にいたのは反政府軍である可能性もある。
射程距離が短いことが判明した後も、やはりシリア軍が発射したという説があり、発射地点を推定している。
米国は衛星によって発射地点を確認していると言いながら、地名、緯度・経度を一切公表していない。そのためジャーナリストは苦労して、8月21日のシリア軍と反政府軍の配置を調べた。
その結果発射地点はカブーンであると推定した。
反政府軍はダマスカスの郊外の広い部分を支配していたが、市内に進出できたのは、バルゼ、カブーン、ジョバルの3地区のみである。反政府軍はこれらの3地区から市の中心部へ支配を広げようとしており、アサド政権にとって脅威となっている。政権としては何としてでも、3地区に居座る反政府軍を追い払いたい。しかし市街戦は建物一つ一つの奪い合いになり、犠牲が大きい。2013年3月末シリア軍は反政府軍の背後を襲い、北・東・南の3方から徐々に包囲の輪を狭めていった。封鎖は完全に仕上がっていないが、封鎖によって反政府軍の補給を断つことができれば、東グータの反政府軍は弱体化する。
封鎖作戦は味方の犠牲が少なく、長期的に見れば有効だが、8月21日になっても、反政府軍はバルゼ、カブーン、ジョバルの3地区に踏みとどまっており、激戦が続いていた。そうした中で、330mmロケットがザマルカを中心とする地域に撃ち込まれた。
ロケットの射程距離が短いことから、バルゼは発射地ではない。発射候補地はカブーンかジョバルになる。
カブーンの大部分は反政府軍の支配地であるが、南端にシリア軍の支配地がある。ここから発射された可能性がある。
ジョバルのほぼ全域が反政府軍の支配地であるが、西端部分にシリア軍の支配地がある。ここも発射地点の候補地となる。
ニューヨーク・タイムズは発射地点について次のように書いている。
「反対派を支援するグループによれば、ロケットの数発は、カブーン地区の工場から発射された。その他のロケットは8マイル北のホムスへ向かう幹線道路から発射された。(8マイルは12.8km)」。
カブーンは発射候補地と言っても、国営工場はカブーンの西端にあり、ザマルカの被弾地までは、2.8kmの距離がある。射程距離2.25kmのロケットでは届かない。
英国のジャーナリストのエリオット・ヒギンズは、8月21日の両軍の配置を示した地図を、アラビア語のサイトで見つけた。彼は6月末ー8月21日のカブーンの戦況を調べており、彼が理解し得た戦況とその地図はほぼ一致しているという。
エリオット・ヒギンズは発射地点をカブーンの東端にある空軍情報部(支部)と考えている。ザマルカの被弾地までは2.5kmであり、2.25kmの射程をわずかに超える。
白い星印で示した国営工場はニューヨーク・タイムズが発射地点としている場所である。
空軍情報部も国営工場も、射程2.25kmを超えており、トフメ検問所付近なら、2.25km以内である。
トフメ検問所は高速道路5号線に位置しており、戦略的に極めて重要である。シリア軍は検問所以北の高速道路を支配している。反政府軍は検問所以南のを高速道路を支配しているが、絶えずシリア軍の砲撃にさらされている。検問所はシリア軍が支配している。
高速道路の争奪戦に加え、トフメ検問所はザマルカとカブーンの境界付近にあり、カブーンからザマルカに侵攻しようとするシリア軍にとって、最前線となっている。反政府軍がザマルカ全域を支配している。シリア軍は最近数カ月間に4度ザマルカに侵攻したが、4度追い返されている。4回目の試みは一か月前だった。
エリオット・ヒギンズがトフメ検問所付近を発射地点と考えなかったのは、最前線過ぎて危険だからだろう。化学兵器を発射する場所は、ある程度安全が確保されていなければならない。
国営工場は射程距離の問題、トフメ検問所付近は安全の問題がある他に、両方とも着弾地点から見た方角に問題がある。国連の調査によれば、アイン・タルマに落ちたロケットの発射地点は西北西である。
《虚偽の報告をうのみにした米政府》
ニューヨーク・タイムズの地図にはジョバルの被弾地点が示されているが、エリオット・ヒギンズの地図では消えている。ジョバルに着弾したというのは虚偽情報だと、シリア政府は述べている。ジョバルに住民は住んでいないので、住民がサリンにより死傷したというのは嘘だという。住民はすでに他地域へ避難し、ジョバルに残っているのは戦闘員だけである、という。
またエリオット・ヒギンズの地図とニューヨーク・タイムズの地図の両方において、カフル・バトナはロケットの着弾地になっていない。カフル・バトナはアイン・タルマの東、ハゼーの南である。
ロケットの着弾地について、米政府は次のように述べている。
「化学攻撃の目標となった場所はカフル・バトナ(Kafr Batna)、ジョバル( Jawbar)、アイン・タルマ(Ayn Tarma),ダラヤ(Darayya)、ムアダミヤ(Mu’addamiyah)などと言われている」。
米政府は5つの被弾地の名前を挙げ、その最初がカフル・バトナである。2番目に挙げたジョバルも虚偽報道の可能性が高い。。4番目のダラヤについても、人権監視団は被弾地として取り上げていない。米政府が挙げた5つの着弾地点のうち、3つは虚報である可能性が高い。
カフル・バトナが被弾したというのは誤報の可能性が高いが、一応発射地点を推測してみよう。
米政府の地図によれば、カフル・バトナの東端に落ちたことになっているので、最も近い政府軍の支配地ザバタニからでも3kmを超える。カフル・バトナの2.25km以内はすべて反政府軍の支配地である。米政府の地図によると、カフル・バトナの南2.25kmは戦闘地点となっているが、反政府軍が支配している可能性が高い。当日の両軍の配置についての情報がないので断言はできないが。
前回書いたように、米政府の地図に書き込まれた着弾地点の全部を攻撃するには、北西ー西ー南と移動しながら発射しなければならず、しかも半分しか攻撃できない。残りの半分は反政府軍の支配地からでなければ、発射できない。
全ての被弾地の中心部から、反政府軍が発射したと考えるほうが合理的である。