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海外のメディアから得た情報を書こうと思います。

シリアの化学兵器とイスラエル

2017-10-30 20:15:57 | シリア内戦

2012年7月23日シリア外務省報道官が「シリアの化学兵器は外国の軍事干渉に対する対抗手段である」と発言した。国内の武装反乱について、シリア政府は常々武器を持つ者は外国のテロリストだと言っており、反政府軍は自分たちに化学兵器が向けられるのではないか、と恐れた。反政府軍を支援している隣国も警戒感を強めた。これが最初の化学兵器危機となった。

1週刊後、ドイツの英字紙シュピーゲルが、シリアの化学兵器について書いている。 

=====《シリアの化学兵器は戦争の引き金に》=====

     Fate of Syrian Chemical Weapons May Trigger War

                  Spiegel  2012年7月31日

      〈シリアの巨大な化学兵器施設〉

米国とその同盟国はアサド政権崩壊後の混乱に備えており、ミサイル、毒ガス、近代兵器を確保する準備をしている。

今年(2012年)5月、米国の指導のもとに19の国から12000人の兵士がヨルダンに集結し、共同作戦のための訓練をした。政権崩壊後の無政府状態を考えると、この人数は明らかに足りない。ペンタゴン(米統合参謀本部)の内部研究によると、化学兵器貯蔵設の確保には7万5千人の兵士が必要である。

シリアの化学兵器貯蔵施設は最も厳重に守られた場所にある。施設の門に至る道路の数キロメートル手前に、シリア軍の検問所がある。貯蔵施設には二重の鉄柵が張り巡らされ、守備兵が立っている。

これらの貯蔵施設を守備する部隊はアサド大統領に最も忠実な将兵で構成されている。貯蔵施設はダマスカスの北東、ホムス付近、ハマ付近にある。ハマ付近の貯蔵施設では、VXガス、タブン、サリンが製造されていると言われる。

これらの貯蔵施設以外にも、化学弾頭用のスカッドミサイルとその発射台を備えた施設がある。その最大の施設はマシャフ(ハマの南西)とサフィラ(アレッポの南東)にある。

===============(シューピーゲル中断)  

       

          〈マシャフ〉

マシャフはハマの西方にあり、オロンテス川の谷間にある。ここには古い城塞がある。この城塞はかつてハマと海岸部との通商路を守る役目を果たした。

 

城塞の土台と下部はビザンチン時代に造られ、その後ニザール派(イスラム教)、マムルーク、オスマン・トルコが増築した。マムルークはエジプトの王朝で、コーカサス人やトルコ人傭兵がエジプトの支配者となったものである。サラディンが創始したアイユーブ朝は80年で終わった。(1171年-1250年)。これに代わったマムルーク朝は260年続いた。(1250年 - 1517年)

イスラム時代マシャフを支配していたのはスンニ派アラブ人だったが、1141年ニザール派がこれに取って代った。

ニザール派は暗殺教団として知られ、恐れられた。彼らの別名アサッシンは西洋語で暗殺者を意味するようになった。

1176年サラディンが城を包囲したが長く続かなかった。13世紀末までマシャフはニザール派の首都だった。

 1260年モンゴルが城を包囲した時、ニザール派はマムルークと同盟し、モンゴルをシリアから追い払った。しかし10年後(1270年)、マムルークがマシャフ城塞を占領し、マシャフのニザール派は消滅に向かった。ニザール派の滅亡後、アラウィ派がマシャフに勢力を伸ばした。

マムルークはモンゴルをシリアから追い払っただけでなく、十字軍の難攻不落の要塞(クラック・デ・シュヴァリエ)を陥落させた。(1271年)

クラック・デ・シュヴァリエはホムス県の北西にある。

       

            〈サフィラ〉

サフィラは2013年2月ヌスラによって占領され、住民の多くが町を去った。ヌスラの支配は化学兵器施設には及ばなかった。2か月後シリア軍は町の支配を回復した。2013年以後、アレッポは反政府軍に包囲され孤立したが、サフィラは健在だったため、アレッポ市西半分への輸送が可能だった。政権がアレッポを完全に失うことなく、アレッポ市西半分を維持する上で、サフィラは重要な役割を果たした。

 

シューピーゲルの記事に戻る。シリアはソ連・ロシアの技術によって化学兵器の製造が可能になったこと、イスラエルにとってシリアの化学兵器が脅威であることなどが書かれている。

=======================

     Fate of Syrian Chemical Weapons May Trigger War

軍事情報誌ジェーンによると、シリアの化学兵器貯蔵施設のほとんどがイランの技術者の指導を受けた。これらの施設を運営しているのはシリアの科学研究所であり、一万人が働いている。シリアが保有する化学兵器の量については様々な報告があるが、ドイツ政府は約千トンとしている。

アレッポの南東20kmの谷間にあるサフィラの複合施設は最大であり、最重要である。5000平方kmの敷地に3つの製造プラントがある。スプリンクラー、冷却システム、地下に2つの巨大なタンクがあり、サフィラの複合施設は他の軍施設と異なっている。敷地の北東と北西の隅にはロシア製の対空ミサイルが据え付けられており、外国の空爆に備えている。2008年の衛星写真には、レーダーと発射台が映っている。

         〈シリアとロシアの結びつき〉

シリアは1980年代に化学兵器を造り始めたようだ。動機はイスラエルとの戦争に備えるためだった。シリアはイスラエルによって占領されたゴラン高原の奪回を望んでいたが、イスラエルと戦争をする考えはなく、化学兵器は抑止のためだった。

初期の化学兵器は航空機から投下するサリン爆弾だった。その後スカッド・ミサイルの弾頭に毒ガスを入れる方法を開発した。現在シリアは700発の化学弾を所有すると考えられている。イスラエルの情報機関によれば、シリアの化学兵器に関する技術はソ連とチェコスロバキアからもたらされた。しかし日本とヨーロパの私企業もシリアを助けた。

1990年代シリアは化学兵器最も毒性の強いVXガスを造るのに成功したと言われる。ロシアの将軍アナトリー・クンツェビッチがこれに関わった。彼はエリツィン大統領の補佐官で、化学兵器の処分を担当していた。1960年代以来シリアはロシアの親密な同盟国だった。ソ連は中東の衛星国に260億ドル相当の武器援助をした。戦闘機、戦車、スカッド・ミサイルなどだった。ロシアはシリアに化学兵器を与えたことをかたくなに否定している。

ロシア国防相諮問会議の議長であり、「国防」という雑誌の編集長イゴール・コロチェンコが述べた。

「ソ連は外国に大量破壊を渡したことはない。化学兵器も同様だ」。

しかしこれは事実に反する。シリア でバース党政権が誕生して間もない1963年、ソ連はシリアのバース党に本格的な教育を開始した。5万人の生徒がソ連の様々な大学で学んだ。その中の9500人は軍事大学で学んだ。1990年代になってもロシアは情報将校をゴラン高原とシリア北部に配置していた。エリツィンの特使アナトリー・クンツェビッチは何度もシリアに入った。化学兵器の専門家である彼は、ハフェズ・アサド政権の主要なメンバーと信頼関係を築き、巨額の資金を受け取ったと言われている。その代償に、クンツェビッチはVXガスの製造方法を詳細に教えた。

シリアは化学兵器の製造を望んでおり、クンツェビッチは800リットルの化学物質をシリアに送った。

       〈クンツェビッチの不審な死〉

シリアが化学兵器を手に入れると、イスラエルは怒り狂った。2002年4月3日クンツェビッチはダマスカスからモスクワへ向かう飛行機の中で死んだ。彼はレーニン賞を受賞した人間であり、エリツィンの補佐官を務め、この時はゼリンスキー有機化学研究所の職員であった。彼が死んだ時の状況は謎めいている。モスクワ西部にあるトロイエクロフスコエ墓地の墓石には、彼が3月29日に死んだと書かれている。報道では4月3日飛行機の中で死んだことになっている。

もう一人、ロシアの海外軍事情報部(GRU)の副部長ユーリー・イワノフも2010年の夏の終わり、謎の死を遂げた。

彼は溺死した。イスラエルの情報機関モサドが2人の死に関わっていると言われている。 

クンツェビッチの最後の数年に関するCIAの極秘資料には、シリアが大量の化学兵器を製造したと書かれている。

2007年7月、サフィラの化学兵器施設で起きたことも謎めいている。サフィラの複合施設は、シリア人と北朝鮮人が共同で建設した。7月25日毒ガスの成分の生産ラインで爆発が起きた。生産ラインのパイプが爆発し、工場全体が炎に包まれた。爆発の威力が大きく、ドアが吹き飛んだ。その結果工場のガスが外にもれ、施設全体に広がった。シリア人15人とイラン人技術者10人が死亡した。

アサド大統領が任命した調査チームは、サフィラの化学兵器工場の事故は破壊活動によるものだと結論した。

後にイスラエルの首相は皮肉を言った。「サフィラの事故は喜ばしい出来事だ」。イスラエルはシリアの化学兵器製造の実態を把握しているようだった。2010年サフィラを出た輸送トラックの車列が国境を超えレバノンに入るのを、イスラエルのスパイが発見した。この時イスラエルは我慢の限界を超えた。トラックの積み荷はスカッド・ミサイルの部品であり、レバノンのヒズボラが受取人だと、イスラエルは考えた。この車列を空爆すべきだ、ネタニヤフ首相は進言された。首相はこの進言に従わず、この情報を米国に伝えた。2010年3月1日米国駐在のシリア大使が米国務省から呼び出され、はっきりと言われた。

「戦争を避けたいのなら、ヒズボラに武器を送らないほうがよい」。

現在(2012年7月末)、ヒズボラが既に非通常兵器を持っているなら、絶対にそれを手放さないだろう。アサド政権が揺らげば、ヒズボラはシリアから補給線が切断されるかもしれない。これは彼らにとって死活問題である。そうなった場合、非通常兵器は最後の拠り所となる。もしヒズボラが現在非通常兵器を所有していないなら、アサド政権が倒れる時、彼らはイランの革命防衛隊と協力し、シリアの化学兵器をレバノンに運ぶだろう。その結果イスラエルとの戦争になるだろう。

====================(シュピーゲル終了)

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シリア 化学兵器問題の発端 2012年7月③

2017-10-25 07:04:49 | シリア内戦

シリアの最初の化学兵器危機について3回書いた。今回は時間軸に沿って要点をまとめ、前3回触れなかった点を補いたい。

 

7月21日ロイター通信がシリア軍から離反した将軍の言葉を報道した。

「シリア軍が化学兵器を移動させている。4人の軍最高幹部が殺されたことの報復として、政権は化学兵器を使用するつもりであり、保管場所から別の場所へ移動させている」。

シリア軍が化学兵器を移動させていることについて、米国も知っていた。米国はシリアの生物・化学兵器について以前から把握しており、マスタード・ガスなどの化学兵器が大量に存在することを確認していた。ロイター報道の数日前、米政府関係者がった。米国の情報部によれば、シリア政府は戦闘の激しい地域から化学兵器を移動させている。これは良くもあり、悪くもある。化学兵器を安全な場所へ移すことは、シリア政府が化学兵器の保全に責任を持っているということだ。同時にこれは彼らが支配力を失っていることを示している」。

米国の軍事・情報関係者はシリアの大量の生物・化学兵器について昨年から心配している。彼らが特に恐れているのは、長期間の内戦の果てに、シリアが生物・化学兵器の管理能力を失い、アルカイダ系のテロリストがそれを手に入れることだ。しかしアサド政権の中枢が爆弾テロで死亡すると、米国は別のことを心配するようになった。政権はかなり弱体化しており、生き残るための最後の手段として化学兵器を使うかもしれない。

シリア軍が化学兵器を移動させていることについて批判が集まり、シリアはこれに答える形で、7月23日外務省報道官が自国の立場を説明した。これが更なる反響を呼び起こし、シリア最初の化学兵器問題となった。

===《シリアの化学兵器は外国の侵略に向けられる》======

 Syria holds out threat of chemical weapons against 'exterior aggression'

      By Howard LaFranchi, Staff writer

           Christian Science Monitor 2012年7月23日

 シリアの化学兵器について国際社会の不安が高まっている。国内の反乱で追いつめられているシリアの政権は3月23日、国際社会の不安に答えた。外務省報道官が次のように述べた。

「心配するに及ばない。我が国は現在進行中の紛争において、自国民に対し化学兵器を使用することはない。しかしシリアに敵対する国外の勢力に対し警告する。国内問題に干渉しようとする外国の軍隊に対しては、化学兵器を使用するだろう」。

外国の軍事干渉に対して化学兵器を用いるという発言は悩ましい。どのような形での、またどの程度の規模の外国の干渉があれば化学兵器が行われるのか、わからない。例えば、先週末アラブ連盟が反政府軍に臨時政府の樹立を呼び掛けた。マクディシ報道官はこれを「あからさまな介入である」と非難した。シリア周辺のアラブ諸国は反政府軍と一体である。シリア政府は常々反政府軍を外国の手先と呼んでいる。反政府軍とこれを支援するアラブ諸国はシリアに軍事干渉していることにならないだろうか。

 

トルコとの緊張が高まっている時に、シリアは敵国に対し化学兵器を使用すると宣言した。先月(6月22日)シリアはトルコの戦闘機を撃ち落とした。最初シリアはその戦闘機が領空侵犯をしたと主張したが、後に誤射だったと謝罪した。このような事件の一か月後に、シリアは化学兵器で仮想敵国を脅した。単なる脅しと軽く受け止めることはできない。世界の主要国はシリア外務省報道官の発言を真剣に議論するだろう。特に米国とイスラエルはシリアの化学兵器問題にいかに対処すべきか考えるだろう。

23日の外務省の発表により、シリアは初めて化学兵器の保有を認めた。マクディシ報道官はシリアの化学兵器に関心が集まっていることに触れた。

「シリアの化学兵器が話題になるのは、2003年のイラクの場合と似ている。サダム・フセインが大量破壊兵器を保有しているという理由で、米国と追随する国はイラクに侵攻し、フセイン政権を打倒した。現在シリアの化学兵器が世界の関心を集めているのは、多量破壊兵器を口実にシリアに軍事介入するための準備であり、侵略を正当化するためである」。

マクディシ報道官は化学兵器問題がイスラム過激派に渡るのではないか、という不安に答えた。

「シリアの生物・化学兵器はシリア軍によって安全に保管されている」。

============(クリスチャン・サイエンス・モニター終了)

 

シリアの化学兵器を統括していた元将軍の貴重な証言がある。

 

=====《アサドは自国民に化学兵器を使うだろう》====

  Rebels forming unit to secure chemical weapons site

          Dayli Mail online  2012年7月20日

 

アドナン・シロ元将軍が「我々には化学兵器を扱う部隊がいる」と述べた。元将軍はシリア軍の高官だったが、離脱し自由シリア軍に参加した。シリアが保持する恐ろしい量の化学兵器の管理が危うくなった場合に備え、シロ元将軍は緊急手段を作成していた。彼は2008年までこの任務にあった。

彼の任地はダマスカスとラタキアであり、化学兵器の扱いについて、数千人の兵士を訓練していた。シリアの化学兵器は世界でも有数であり、主にサリン、マスタード、シアンである。

シロ元将軍は語った。

「兵士たちの訓練内容は化学兵器の保管方法、保管所を狙う者への見張り、廃棄の仕方である。また敵から生物・化学兵器攻撃された場合の治療についても訓練した。

シリアの化学兵器の保管所は主に2か所であり、ダマスカス東部の第417集積所とホムス周辺の第419集積所である。それぞれの基地に1500人の兵士と23人の将軍が配備されている」。

アサド政権の支配力が揺らぎ始め、化学兵器の安全について心配されるようようになった。この心配はシリア政府・国民および外国の政府に共通していた。

英国の情報部門の高官たちがデイリー・テレグラフに語った。

「アサド政権は現在の状態から立ち直るために、化学兵器の一部を使用するかもしれない」。

シロ元将軍はこの考えに同意した。数十年シリア軍に勤務した経験から、彼は次に様に考えている。

「私はアサド大統領と政権の中心的なメンバーにいつも接していたので、バシャール・アサドの性格をよく知っている。彼は自国民に化学兵器を使用するのをためらわないだろう。戦車から化学弾を発射し、ロケットやヘリコプターで化学攻撃をするだろう」。

シロ元将軍は引退していたが、今年(2012年)2月政府軍がホムスを攻撃した際に、自由シリア軍に参加した。自由シリア軍の指導部はトルコにあり、彼はその一員である。アサドの部隊が自国民に戦車砲を撃ちまくるのを見て、彼は「将来政府軍は化学兵器を使用するかもしれない」という不安が高まった。

ホムスの近くのラスタンで、政府軍のヘリコプターが殺虫剤をまいた、とシロ元将軍は確信している。ラスタンはハマとホムスの中間に位置し、自由シリア軍の重要な拠点がある。

将軍が言うように、今年(2,012年)の2月ー3月、ラスタンとホムスからレバノンに避難した人々は、脱毛、皮膚のかぶれ、筋の痛み、体調不良の症状を示した。彼らを治療したレバノンの医師は異常な症状を確認した。

 

 

シリアの治安維持能力が崩壊しており、化学兵器が武装グループの手に渡る危険が高まっている。特に過激イスラム主義グループがこれを手にするなら、脅威である。

反対派活動家ルアイ・マクダドが次のように述べた。

「我々はシリア軍からの離脱者の中から、化学兵器を取り扱うことのできる人間を選別し、化学部隊を創設した。この部隊が化学兵器施設を確保するだろう」。

 

シロ元将軍が言った。「化学兵器はシリアを守るためのものだったが、現在バシャール・アサドを守る役目をはたしている。

================(デイリー・メイル終了)

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シリア 化学兵器問題の発端 2012年7月 ②

2017-10-17 04:57:03 | シリア内戦

 

2012年7月23日、シリア外務省のマクディシ報道官は国営テレビの記者会見で次のように述べた。

「現在の国内危機において、生物・化学兵器が使用されることはない。繰り返して言うが、いかなる事態になっても、これらの兵器が反対派テロリストや市民に向けて使用されることはない。これらの兵器はすべてシリア軍が直接管理し、安全に保管している。シリアが外国の侵略される脅威に直面しない限り、これらの兵器が使用されることはない」。

報道官が「反対派テロリストや市民に向けて使用されることはない」述べたにもかかわらず、国際社会はシリア内戦で化学兵器が使用されるのではないか、と恐れた。シリアの政権は武装した反対派すべてを外国のテロリストと呼んでおり、彼らとの戦いを外国との戦争と考えているからである。

マクディシ報道官の発言に対し、米国は即座に反応した。報道官の発言があったその日、オバマ大統領はシリアに警告した。

「反政府軍に対し、化学兵器を使用してはならない。シリアが化学兵器を保有していることを考えると、アサドとその取り巻きに対し、はっきり言わなければならない。世界はシリアを監視しており、政権が悲劇的な過ちを犯すなら、国際社会と米国はその責任を追及するだろう」。

これがオバマの最初のレッドライン発言である。

シリアは国際的な反響が大きいことに驚き、また米国の厳しい姿勢に動揺し、すぐさま外務省報道官の発言を撤回した。

=======《シリア、化学兵器発言を撤回》========

Chemical weapons? Syria 'backpedaling furiously' over weapons threats   

    Christian Science Monitor     2012年7月24日

昨日(7月23日)、シリア政府は「外国の侵略に対しては、化学兵器を使う」述べた。しかしたった1日で前言をひるがえし、「シリアは非通常兵器を持っていない」と述べた。そして非難の矛先を米国へ向けた。

「西側の国は2003年のイラクの場合と同じようなやり方で、シリアへの侵攻を準備している」。

シリアの化学兵器使用宣言に対し、国際的な批判が巻き起こると、アサド政権は懸命に事態を鎮静化しようとして、昨日の話の内容を否定している。

外務省と情報省が「昨日のマクディシ(外務省)報道官の発言は不適切だった」と述べた。

オムラン・ズービ情報大臣は次のように述べた。

「外務省報道官が自国民に対しては化学兵器を使用しないと述べたが、シリアはそもそも化学兵器を持っていない」。

シリア国営放送は次のように語った。

「マクディシ報道官の言葉は文脈を無視して取り上げられた。報道官は非通常兵器の保有を認めたわけではない。報道官の目的は非通常兵器の保有を宣言することではなく、シリアを標的とした組織的な報道キャンペーンに対抗するためである。シリアの敵国は軍事介入のための国際世論を準備している。シリアが量破壊兵器を保有していることを口実に、またそれをテロリストや市民に対し使用としている、または他国(レバノンのヒズボラ)に運ぼうとしているなどの理由で、彼らはシリアを攻撃しようとしている。2003年のイラクの場合と同じであり、嘘の口実でシリアを攻撃するつもりである」。

シリア国営放送の内容から推測すると、化学兵器による威嚇は欧米諸国の軍事干渉を抑止する効果はなく、かえって軍事干渉を招く結果になると考え、シリア政府は恐しくなったのである。

欧米諸国はシリア政府の化学兵器発言を声高く批判した。オバマ大統領は警告した。「化学兵器を使用するなら、アサド大統領は責任を負わなければならない」。

============(Christian Science Monitor終了)

翌日発言を撤回しても、シリアの敵国を化学兵器で威嚇した事実は消えず、シリアが化学兵器の保有を認めたことも、取り返しがつかない。

ただし「マクディシ報道官の発言は、シリアを標的とした組織的な報道キャンペーンに対抗するためだった」という説明は真実である。

「シリア軍が化学兵器を移動させている。彼らは化学兵器を使おうとしている」という情報があり、ロイターが報道した。

ロイターの記事が発表されたのは7月21日であり、マクディシ報道官の発言の3日前である。ロイターの報道を受けて、シリア外務省のマクディシ報道官が7月21日、政府の見解を発表した。そしてその発表が大問題を引き起こした。

騒ぎの発端はシリア軍が化学兵器を移動させていたことである。嘘の情報だったかもしれないが、たぶん事実だろう。

====《シリア軍、戦闘拡大に備え、化学兵器を移動》=======

Syria moves chemical weapons before wider offensive: defector

           by Suleiman Al-Khalidi /   Reuters  7月21日

シリア軍から離反した将軍ムスタファ・シェイク(Mustafa Sheikh)が、最近数日のシリア軍の動きについて語った。元将軍はシリア国境に近いトルコで、ロイター通信のインタビューに応じた。彼はシリア国内の反政府軍から得た情報を語った。

「シリア軍が化学兵器を移動させている。4人の軍最高幹部が殺されたことの報復として、政権は化学兵器を使用するつもりであり、保管場所から別の場所へ移動させている。彼らはシリアを焦土にするつもりだ。シリアが血の海となった後でなければ、政権は倒れない」。

シリアの内乱が始まってから1年4か月になるが、3日前(7月18日)、内乱の流れを変えるような事件が起きた。アサド政権の中枢メンバー4人が爆弾により死亡した。4人は大統領の親族や側近であり、有能な義弟や国防大臣、情報機関の長官などであった。

化学兵器の移動についての離反将軍の話は確かめる必要があり、シリア政府は化学兵器の移動を否定している。

欧米とイスラエル政府は化学兵器が過激な武装集団の手に渡ることを恐れている。これらの政府は一週間前、次のように述べた。

「シリアは化学兵器を保管場所から移動させているようだ。反対派に奪われないための措置なのか、または化学攻撃の準備なのか、わからない」。

昨日(7月20日)イスラエルはシリアへの軍事行動について示唆した。

「レバノンのヒズボラがシリアのミサイルと化学兵器を手に入れる場合、我が国はこれを阻止するため、軍事行動を取らざるを得ない」。

ムスタファ・シェイクはシリア軍の将軍だったが、今年(2012年)1月北部司令官の地位を捨てた。彼はインタビューで語った。

「ダマスカスとアレッポのスンニ派の拠点への爆撃と砲撃はこれまで以上に激しくなるだろう。外国との戦争であるかのような容赦ない攻撃により多くの死者が出れば、スンニ派を中心とした反乱軍のさらなる反撃を呼び起こすだろう。内戦の次の段階はシリアが経験したことがない殺戮と悲劇になるだろう。その過程でシリア軍は非通常兵器を使用するだろう。攻撃と反撃はエスカレートを繰りかすからだ。アサドは国土を破壊しつくすつもりだ。独裁的で宗派的な現在の政権は、大量の死者が出た後でなければ倒れない」。

ムスタファ・シェイクの軍事会議は武装抵抗の政治的上部組織である。

シリア軍高官4人を殺害した爆弾テロの日(18日)、反乱軍はダマスカス市内に侵入している。また首都周辺の町のいくつかを新たに占領した。続いて19日彼らはトルコとの国境とイラクとの国境の検問所3か所を奪取した。彼らが国境検問所を支配したのは初めてである。

離反将軍ムスタファ・シェイクは語った。

「18日の爆弾攻撃の成功は、彼らが新しく武器を手に入れたからではなく、これまでの戦闘経験によるものである。外国が供給する武器は海の水一滴にすぎず、彼らの戦闘力はほとんど変化しない。18日の攻撃に私は驚いた。政権の中枢メンバーを襲撃する極秘計画について、私は一か月以上前に知らされていたが、実際に実現するとは思っていなかった。攻撃が起きた時、国内で戦っているいる仲間の戦闘力の高さに敬服した」。

======================( Reuters終了)

2011年の夏以後、シリア軍から離脱した将校たちは武装蜂起を決意していたが、武器がないためどうにもならない、と嘆いていた。2012年になり、彼らは小銃を手に入れたが、シリア軍の戦車、重砲を相手にして戦っても無力だった。小銃も不足し、全員に行き渡らなかった。加えてシリア軍は戦闘ヘリにより、空から攻撃することができた。2012年7月半ばまで戦闘機による爆撃はほとんどなかった。戦闘機は初人数のゲリラ部隊に治して効果的ではなく、住民に対する懲罰の意味のほうが大きかった。7月半ばまでシリア軍はそのような戦い方を控えていた。反乱側に転じた将軍ムスタファ・シェイクが予言したように、7月18日の首都爆弾事件以後、内戦はエスカレートし、戦闘機による空爆も始まる。

戦争の専門家である元将軍の目で見ると、2012年の夏になっても、反乱軍の武器不足は改善されていなかった。

 

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シリア 化学兵器問題の発端 2012年7月

2017-10-04 23:25:20 | シリア内戦

 

シリアが化学兵器を使用するのではないか、という疑念は2012年7月に始まった。シリアは大量の化学兵器を保有していたが、これは仮想敵国イスラエルとの戦争に備えるためだった。

2012年7月に化学兵器の問題があらためて浮上したのは、シリアが「外国の侵略に対しては、加賀兵器を使用する」と宣言したからである。

シリアは外国の軍隊の介入を恐れた。全国的な反乱に手こずっていたとはいえ、シリア軍は通常兵器だけで反乱軍をはるかに優越しており、禁じられた兵器に頼る必要はなかった。シリアは外国の軍事介入の兆候を察知し、化学兵器の行使をちらつかせ、侵略を思い止まらせようとした。これが7月の化学兵器危機である。

シリアは大量の化学壁を所有していたが、この時期化学兵器の量をさらに増やそうとしていた。原料を買い集めようとしたが、米国などに妨害された。化学兵器を増やす努力は、反乱軍に対し使用する目的でないことは明らかだ。シリアはすでに大量の前段階物質を持っており、その一部を使うだけで、反乱軍に対しては十分だ。反対派は粗末な自動小銃だけで戦っており、武器の点ではシリア軍は通常兵器だけでも優越している。

2012年は武装反乱最初の年である。反対派が対戦車ミサイルBGM-71 TOW(トウ)を使用するようになるのは2014年である。反対派が最初にTOW(トウ)を手に入れたのは2013年夏のようであるが、使用が顕著になるのは2014年である。ISISが戦車を手に入れるのも、2014年である。

2012年7月の化学兵器危機は、シリアが外国の直接干渉を恐れたことが原因である。シリアの化学兵器は外国の軍隊に対する抑止力である。

シリアが化学兵器をちらつかせ、潜在的敵国を威嚇すると、米国が異常反応した。それがオバマの「レッド・ライン」発言である。シリアと外国との直接戦争が近づいたときに、シリアの化学兵器問題が発生したのである。

外国の侵略が迫っている、とシリアは感じたようだが、その根拠について語っていないので、外国がどのような計画をしていたのかは、わからない。

2011年末以来、中東と欧米のいくつかの国はシリアの反対派に武器援助をしてきた。2012年夏になると、武装グープがシリア各地を支配する世になり、政権の全国支配が崩れた。米国は政権崩壊後の混乱と化学兵器の保全を心配するようになった。20125月、米国が指導し、19の国から12000人の兵士がヨルダンに集結し、化学兵器確保のための共同作戦の訓練をした。これを知ったアサド政権が、外国が侵略の準備をしている、と考えたのかもしれない。 2012年6月アサド大統領が演説し、外国勢力との総力戦を宣言している。

また半年後の話になるが、2013年1月米国の艦船が東部地中海に進出し、仏の部隊がシリアへの上陸訓練をしていた。これは政権崩壊時のアサド軍の自暴自棄に備えるためと、崩壊後の無政府状態に備えるものだった。この時もアサド政権はこれを外国の侵略と受け止めただろう。このような計画は2012年7月に始まっていたのかもしれない。

この時期反乱軍が勝利していたので、シリアの敵国は政権崩壊時の混乱を心配していただけである。しかし彼らはアサド政権の転覆を目的としており、反乱軍が力不足という事態になれば、米・イスラエル・仏、そしてアラブ諸国の軍隊による直接介入が予想された。シリアの化学兵器はこれらの敵国に対する脅しだった。シリアが外国の軍隊との戦争を予期したのは単なる疑心暗鬼とは言えない。

7月の化学兵器危機は11月末の危機と同じくらい深刻だったが、米国の政府関係者は情報を精査し、「シリアの化学兵器問題に緊急性はない」と考えるようになった。シリアは、あくまで外国の軍事干渉に対し備えているのあり、軍事干渉が現実のものとならなければ、シリアは化学兵器を使用しない。

このことは11月末の化学兵器事件を理解するためのヒントを与えてくれる。

11月末イスラエルが米国に伝えた。「500ポンドのサリン弾数十個が航空機に積まれようとしている」。

イスラエル情報は緊急性を伝えているが、事態はそれほど切迫したものではなかったかもしれない。

========《2012年7月の化学兵器危機》=======

Exclusive: U.S. Rushes to Stop Syria from Expanding Chemical Weapon Stockpile

                                Wired  2012年10月25日

米政府の官僚たちが、Wiredのブログ編集室に語った。

「シリアの独裁者・バシャール・アサドは困難な状況に置かれており、化学兵器を増やしている。内戦が深まる中にあって、シリアは神経ガスの原料を手に入れようとしている。最近数か月アサドのスパイたちは、サリンなどの原料を買い集めようと、何度も試みている。米国とその同盟国はシリアの試みを妨害することができた。しかしながら、アサドの科学者たちは世界で最も恐ろしい兵器の原料を数百トンほど、すでに持っている」。

米政府の官僚の一人が次のように述べた。

「アサドは反対派の圧倒的な攻勢を、辛抱強く我慢している。経済はこれまで通り動いている。ビジネスマンは働き蜂のように動き回っている」。

今年(2012年)の7月、アサド大統領は反対派を支援する国々に警告した。

「外国の軍隊が血なまぐさい内戦に参入するなら、我々は化学兵器を使用するだろう。我々は外国の侵略を抑止する目的で、化学兵器を保有している」。

米政府の政策策定者たちは危機感を深めている。「アサドは実際に化学兵器を使用するかもしれない」。

と7月以来ロシアを含め国際社会はアサド政権に明確に伝えてきた。「大量破壊兵器の使用は許容できない」。メッセージはアサド政権の中枢に届いている。少なくとも当分の間、シリアは自制するだろう。米国による軍事干渉の話は聞かれなくなった。

米政府関係者は次のように言う。

「あの時(7月)、シリアが化学兵器を使うのではないか、と我々は真剣に考えていた。しかし情報を注意して読むと、我々が考えていたほど緊急性はないことに気付いた。ただしシリアの化学兵器問題が消えたわけではない。シリア国内の25の場所に、500トンの神経ガスの前段階物質がバイナリー(2種類)形式で保管されている。これら場所の一つが過激イスラム主義者などの危険なグループに占領されるなら、大量虐殺が起きる危険が高まる。

アサドは現在も化学兵器の量を増やそうとしている。

大量破壊兵器の権威である、非拡散研究所のジェイムズ・マーチンはシリアの非人道的な兵器について報告している。

「化学兵器問題によりアサドは評判を落としているにもかかわらず、彼は化学兵器をさらに充実させようとしている。国際社会が原料の売買を制限したため、購入の費用が高くなっているが、アサドはあきらめない」。

アサドがこのように化学兵器を欲する理由は、謎である。アサドは戦車やクラスター爆弾などの通常兵器により、大量殺戮することが可能である。

おそらく、彼の前段階物質は長期保存できないないのだろう。それで、新たに製造する必要があり、熱心に原料を買い集めようとしたのだ。シリアが大量の化学兵器を獲得しようとするのは、仮想敵国の米国とイスラエルを威嚇するためだ。

理由は何であれ、アサドはサリンなどの化学兵器の原料を買い集める努力を続けた。

最近CIAと国務省は同盟諸国と協力し、大量の産業用イソプロパノールがシリアへ売られるのを妨害した。潤滑油として知られるイソプロパノールはサリン前段階物質である。サリンは主に2種類の前段階物質(前駆体)から生成され、イソプロパノールはそのひとつである。シリアはもう一つの前駆体であるメチルホスホニル・ジフロリドの原料(リン化合物)を買おうとしたが、妨害された。

大量破壊兵器の拡散を抑止するための各国政府の協力機関(オーストラリア・グループ)は、化学兵器の原料を購入する際のシリアの巧妙な方法について話し合った。第三国に表向きの会社を設立したり、一般的な目的でも使用される化学物質を買う。

オーストラリア・グループは次のように結論している。

「シリアは危険な国である。生物・化学兵器の生産を熱心に続けている」。

今年(2012年)6月、軍事情報誌ジェーンは次のように報告した。

「北朝鮮の技術者がシリアに来ており、短距離ミサイル・スカッドD型を制作している。このミサイルには化学弾頭が搭載できる」。

2か月後ドイツのシュピーゲル紙は目撃証言を伝えた。

「シリアはアレッポ東部のサフィラで、化学ミサイルの発射実験をした」。

米政府の政策策定者の多くが次のように考えている。

「反対派をどれほど弾圧しようと、また反対派に対する支援が不十分であっても、アサド政権は倒れるだろう」。

今日(10月25日)、反対派はアレッポ市内の2つの地区を新たに獲得した。

CIAは反対派を軍事訓練していると言われる。一方米統合参謀本部は反対派に武器援助をしていない、と述べている。

シリアの活動家数百人がトルコのイスタンブールに行き、インターネット通信について訓練を受けている。米国務省が費用を出している。

タイムズによれば、訓練内容は次のようなものである。

①ファイアー・ウォール(インターネットの防壁)を無効にする方法

②通信内容の暗号化

③携帯電話を使用する時、盗聴されない、アクセス履歴を残さない、通信内容を盗まれない方法。

訓練を終えた活動家たちは、最新の携帯電話や衛星通信機器を与えられて、シリアに戻る。

シリア内戦の背後で、米国はアサド政権崩壊後のシリアについて、作戦を練り始めている。大量に保管されているサリンやマスタードなどの化学兵器の保全も主要な課題である。

====================〈Wired終了)

上記の記事に、写真が掲載されている。

2013年8月21日ダマスカス郊外のムアダミヤに打ち込まれたBM-14ロケットに比べると、写真のM-55ロケットはずいぶん長い。

 

 

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