イラクのニナワ県の西にシリアのハサカ県がある。ハサカ県の南端にISISの基地があり、それがニナワ県のISISを支えている。
この重要な基地の北にハサカ市があるが、ISISはハサカ市に足場がない。ハサカ市は政府とクルドが支配している。ハサカ県北部はクルドの勢力が強い。シャッダダの基地のISISとニナワ県のISISにとって心細い状況であるが、状況は簡単に変えられない。
地図からわかるように、イラクのニナワ県のISISの支配地はシャッダダと結びついており、イラクのアンバール県のISISの支配地はデリゾールと結びついている。
7月半ば、政府軍はハサカ南端のISISの拠点シャッダダに攻撃を開始した。この攻撃を挫折(ざせつ)させるため、ISISは政府軍の本拠地である第121砲兵連隊基地を襲撃した。121砲兵連隊基地は高台にあり、シャッダダを砲撃していたからである。
ISISはほぼ同時にラッカ県の第17師団を攻撃したが、それは陽動作戦であり、主目的は第121砲兵連隊の基地を攻撃することだった。
ISISにとってニナワ県とハサカ県の結びつきが重要であるこを、「戦争を理解する」というウェッブサイトが書いている。アンバール県とデリゾール県の結びつきもISISにとって同じように重要である。
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イラク北部とシリア北部を統合するISIS
ISIS Works to Merge its Northern Front across Iraq and Syria
ISISは最近、イラクのニナワ県とシリアのハサカ県で活発に作戦をしている。イラクとシリアにまたがる支配地を統合するためである。領域内に残存する町村を一つ一つ攻略した。ニナワ県のシンジャル市がその代表的な例である。シンジャル市にはペシュメルガの守備隊がいたが、8月3日、ISISはこの町を占領することに成功した。(シンジャルの位置は2つ目の地図参照)
ISISのイラク北部での攻勢は、隣国シリア東部での攻勢と密接に関連している。国境がなければ、ニナワ県とハサカ県は隣県である。7月半ばISISはハサカ県の121砲兵連隊の基地を攻略した。
同時期ラッカ県の第17師団と第93旅団の基地を攻略した。ISISはラッカ県の最後の政府軍基地、タブカ空軍基地の攻撃を準備しているようである。
6月10日にモスルを占領して以後、ISISはデリゾール県南部とアンバール県に拠点を確保した。これらの拠点を保持し続けたいISISにとって、ハサカ県に勢力をのばすことが主要な課題になった。ニナワ県とハサカ県にまたがる支配地を確立すれば、デリゾール県とアンバール県の支配地は安定する。重要な補給路がハサカ県を通っており、これを支配下に置けば、ニナワ県の支配地の維持が確実になる。ニナワ県のISISは、イラク・クルドと常に対じしている。後にイラク・クルドは米国に支援されることになる。
以上のこととは別に、シリアの油田の大部分が、ハサカ県にある。これらの油田を手に入れれれば、シリアの他の地域で作戦するための貴重な資金源となる。
ハサカ作戦はISISにとって大きな意味を持っていた。
<クルドの支配下にあるハサカ県>
ハサカ県はクルド人が住民の多数を占め、アラブ人反政府軍にとってよい環境ではなく、反政府軍の有力なグループはここに進出していない。
2013年の秋、クルド人は独立の意向を表明したが、地方レベルではアサド政府軍に協力している。PYDの軍隊(YPG)がハサカ県のほとんどの農村を支配している。ISISに対する恐怖から、キリスト教徒とアラブ人がYPGを支持している。
アサイシと呼ばれるクルドの警察組織が市の中心部の治安を維持している。アサイシは、アサドの民兵である国民防衛軍と調整しながら警察任務を果たしている。ここの国民防衛軍には、2つのアラブ部族とキリスト教徒が参加している。
6月10日にモスルが陥落した時、アサド政府軍はカミシュリ空港と、要塞化された3つの基地を維持していた。カミシュリ市とハサカ市はクルドと分割支配になっており、市の中心部に政府軍が居座っている。分割支配ではあったが、市民の生活レベルを維持するため、YPGと政府軍は調整した。
2大都市と北部には手が出ないが、ISISはハサカの南端をすでに獲得している。農村地帯の中心にある町タルハミスは、2013年以来ISISの拠点となっている。
2014年の1月始め、YPGはタルハミスからISISを追い出そうとしたが失敗した。
ハサカ県最南部のシャッダダにはISISの司令部があり、シリア東部で最も重要な基地となっている。シャッダダは国境越えの連絡の中継点であり、イラクのニナワ県へは、ここから出発する。
<ISIS、ハサカ県北部で作戦>
2014年6月と7月初旬、ISISは政府軍がいるハサカ市とカミシュリ市を避け、北部の農村部を攻撃した。セレカニエやカミシュリの周辺の農村で、YPGに挑戦した。
少人数のISIS兵が主要な道路沿いにある村々に侵入し、そこを拠点として、YPGと小競り合いをした。このような方法で、ハサカ市のYPGと政府軍への供給路を脅かした。ISISはカミシュリからハサカ市への供給を止めることを目的としている。
ISISはカミシュリ空港の周囲にグラド・ロケットを撃ち込んだ。グラド・ロケットは連射できる多連装ロケット砲である。6月末、ハサカ・カミシュリ間を走るバスの乗客数人を誘拐した。
7月の間、ISISはカミシュリ南方の3つの村でYPGを攻撃した。
ISISはハサカ県のいくつかのアラブ部族から支持を得た。例えば、YPGの同盟者であるシャーマル部族と対立しているシャーラビア部族はISISを支持した。
<交通の要衝タルタメル>
ハサカに対する2番目の供給路を切断するため、セレカニエとハサカを結ぶ道路沿いでYPGに挑戦した。なかでもタルタメルの町のYPGが最大の標的になった。2本の幹線道路がタルタメルで交差しており、交通の要衝である。(タルタメルの位置は上記2つの地図参照)
7月3日、タルタメル・ハサカ間の道路を走っている車の中で簡易爆弾が破裂し、PYDの議員とタルタメルの住民評議会の銀が死亡した。
8月13日、荷物を運ぶ運転手に変装したISIS自爆者が、タルタメルからセレカニエに向かう道路沿いのYPGの宿舎に突っ込んだ。YPG兵士8人が死亡した。
これらの攻撃は、支配しようとする地域に対するISISの執念を示している。YPGは一般の反政府軍よりまとまっており、手ごわい相手である。そのYPGの支配地に、ためらうことなく食い込もうとする気迫がある。
またISISは、大胆にも、デリゾール県とハサカ県にまたがる地域を防備する、121砲兵連隊基地を攻撃した。両県のかなりの部分が重砲の射程距離内にある。
ISISのハサカ県作戦は、イラクのシンジャル攻撃に先立って行われた。
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地図は3つ目が原文にあり、その他はすべて筆者が挿入しました。原文の地図には、121砲兵連隊とシャッダダの位置が示してあり、貴重なものでした。
<最初にハサカ県南部に進出したのは、自由シリア軍>
ハサカ県南部のシャッダダがISISの重要な根拠地であることについて書いたが、それは、2013年の秋以後の話であり、2013年春には自由シリア軍がハサカ県南部に進出していた。地図によれば、9月になっても、ISISはハサカ県南部に進出していない。2013年9月の段階では、ISISとヌスラは区別されておらず、アルカイダ系として、ひとまとめにされている。アルカイダ系は、ハサカ県ではラアス・アルアイン(=セレカニエ)の農村部にだけ進出している。
2013年4月19日、玉本栄子がハサカを取材した。「現在ハサカ県南部地域は自由シリア軍によって軍事支配がすすめられている」と書いている。
ハサカ県北部のクルド人とキリスト教徒は政府軍よりも自由シリア軍を恐れている。
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キリスト教徒の若者たちにアサド政権についてたずねてみると、一瞬にして顔が曇った。「アサドよりも自由シリア軍(反政府武装組織)の方がもっと怖い」と彼らは言う。
シリアのキリスト教徒の多くは、世俗主義のアサド政権を支持してきた。そのため自由シリア軍に敵とみなされ、キリスト教徒の民家が爆破されるなどの攻撃もはじまっている。現在ハサカ県南部地域は自由シリア軍によって軍事支配がすすめられており、多くのキリスト教徒たちが暮らす県北部地域にも攻め入る可能性がある。
キリスト教徒が経営する理髪店。シリア人口の1割を占めるキリスト教徒は今、宗教・宗派対立におびえながら暮らす。(シリア北東部ハサカ県デレク市、2013年3月下旬撮影:玉本英子)
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