コバニの北側はトルコとの国境である。ISISはコバニを東西と南から攻めた。トルコがクルド軍に対して友好的ならば、ISISの包囲は北側が開いた形になる。しかしトルコはクルド軍に対して敵対的だった。そのためISISの包囲が完成し、コバニ陥落は時間の問題となった。コバニには数千人の市民が残留しており、彼らは最後の日を予感しながら、恐怖の日々を過ごした。ISISの支配下にあるコバニの郊外の村では、農民が殺害された。ISISの砲弾の爆発音がだんだん近づいてくると、市民は同じ運命になるのではないかと、恐怖にとらわれた。
コバニが最も危機的だった10月9日ー12日の4日間のコバニについて、コバニ出身のジャーナリスト、ヘイサム・ムスリムが報告した。今回は13日の日記を訳した。
=====[ コバニ日記 ]======
ヘイサム・ムスリム(Heysam Mislim)
≪12日≫
米国と有志連合がインジリルリク基地を使用することを、トルコが許可した、と12日米国防省が発表した。コバニの外務副大臣は、西側諸国が最後の瞬間にコバニを救う行動を起こすと確信している。
今日は静かだ。朝は射撃音、スナイパーの発射音、たまに爆発音が聞こえたが、連続したものではなく、攻撃が弱まったようだ。時おり爆弾が落ちる音がしたが、スナイパー戦だけになった。
東西の地区で、両者のスナイパーが建物から建物へと移動し、相手をねらった。
コバニの中心部では、午後になると、数百人の市民が家々や防空壕か出てきた。爆弾の音は遠くなった。ある男性が私に言った。「コバニの北部地区に住む私の親族は、トルコへ避難しなかった。数百の家族がまだコバニにとどまっている」。
つまり数千人がコバニに住んでいるということだ。正確な人数はわからないが、クルド軍が敗北すれば、彼らは虐殺される危険がある。
たくさんの子供に出会った。私は自分の目を疑った。子供たちは突然姿を現したのだ。
クルドの役人は前線から離れた、市内の各地に防空壕を設営し、彼らを守っていたのだ。子供たちが遊ぶのを見、声を聞くのはすばらしい。彼らに危険が迫っており、できるだけ早くコバニを去るよう、役人たちは家族を説得している。
子供たちがいることは、コバニが生きていることの何よりのあかしなので、彼らがいなくなると火が消えたようで、暗い気持ちになってしまうが、役人の説得は正しい。この戦いは獰猛で、醜い。市の運命は予測できない。
今日、人々は一緒に集まり、コーヒーを飲みながら話し合ったり、必要なもを提供した。
およそ40人の女性が集まり、サツマイモと米をみんなのために料理した。食事が最初に配られたのは子供たちであり、続いて負傷者と女性だった。
老人の数人が冗談を言った。「我々が樹立し、防衛している自治政府の平等な民主主義では、男たちは格下げになった。男に対する配給はいつも後回しだ」。
かんづめの食糧はトルコ(北クルド)から密輸され、住民にも配られている。今日、コバニの役人も市の中心部に来た。彼らは全員武装していた。これらのクルドの政治家は前線で戦闘に参加しており、今日は住民と子供を守るために市の中心部に来たようだ。やがて彼らは子供たちを国境検問所近くの安全な地域へ連れて帰る。
肩に銃をかけたコバニ州の外務副大臣の
ファハト・ハク・イッサが人々と話し合いながら食事をしていた。コバニ州社会大臣のマフムード・バシャールも銃を手に持っており、副首相のハリド・バルカルも武装して人々の中にいた。
この日市民は防空壕から出て、外の空気を吸うことができた。近くに砲弾が落ちることもなく、人々は生き返ったようだった。戦闘員は最前線から離れることができ、 一時普通の生活に戻ったように感じた。
YPJ(女性防衛隊)の隊長がメガホンを口に、戦う決意を表明し、現在の戦況について人々に報告した。「私たちは最後まで戦い抜くと誓った。みなさんを守るために、多くを犠牲にします。仲間を励まし、戦っています。クルドには文化と音楽と詩があります。ですからクルドを滅ぼすことは不可能です。YPGとYPJが約100名のISISを捕虜にしたことが確認されています。我々は彼らを殺しません。捕虜を殺害することは誤りです。我々は無法者のISISとは違います」。
数百人の戦闘員が、ここ中心地区集まっていた。一緒に運ばれてきた数名の負傷者は仮設病院に向かった。負傷者が出たが、スナイパーによるもで、全体的には敵は攻撃を中止している。
病院の前庭の床に横たわっている女性戦闘員が母をテーマとする歌を歌っていた。彼女は私に水をくれと言ったが、看護婦は医者が診察してからでないとだめだ、と言った。タバコを渡そうとしたら、それもだめだという。
本格的な医療処置が必要な重傷者は、トルコへ違法入国し、トルコの病院に運ばれる。軽傷者は治っていなくても、戦線に復帰する。ここには赤十字しも赤新月もない。石も看護婦も地元の人間である。彼らには限られた薬と医療機器しかなく、朝から晩まで負傷者を助けている。
ISISに対するコバニの抵抗を、全ての国が見捨て、人道的な国際組織も我々を見捨てたのは、悲しいことだ。
2人のISISがコバニの中心地区に侵入しようとしたが、YPGのスナイパーによって殺害された。この2人はISISは、市の中心地区を撮影し、ISISの支配を宣伝するつもりだった。それによってクルドの士気を打ち砕こうとしたのだ。一人はISISの黒旗を持った自分を撮影しようとしていた。
今日は市の西方でも爆発音がした。米国と有志連合の空爆だと、多くの人が言っている。ISISの多数の車両を破壊したようだ。私はタカ・ボタン(Taqa Botan)に行った。両者のスナイパーがあちこちに潜み、撃ちあっているので、注意しながら移動した。スナイパーの発射音は独特で、不気味だ。狙われたら、命中する確率が高いので、ぞっとする。
私はタカ・タネル(Taqa Tanel)にも行った。壊れた建物の中に、クルドの戦闘員のグループがいた。激しい戦闘があったようで、男性と女性の戦闘員たちの顔の表情は疲れ切っており、服はほこりまみれだった。死体の臭いがした。異様な、吐き気がするようなにおいだった。YPGの隊長が言った。「ISISは仲間が死んでもなんとも思わず、死体を捨て去る」。
クルドは仲間を大切にしており、戦死者の死体を放置しないように努めている。だから、死体を回収するためだけに、戦闘をおこなう。戦死者をしかるべく弔い、埋葬するためだ。
しかしYPJ(女性防衛隊)は戦死者を回収できないこともあった。ISISの連中が女性戦闘員の死体を持ち去ってしまった。連中は死体を切り刻み、首を切断した。
ISISは切り刻んだ死体や首を切断する写真をネットに公開している、とトルコに住む友人が教えてくれた。コバニを守る戦士たちに恐怖を与え、クルドの戦意を喪失させるためだ。そんなことををしても無駄だ。
それにしてもISISの死体のにおいはたまらない。
夕暮れに、私は中心部に戻った。親切な女性がツナの缶詰めをくれたが、ISISの死体のにおいが記憶にあるので、食べる気になれなかった。病気になったような気分だ。
将来のことは誰にもわからない。
ISISは、さらに多くの重火器と戦車をコバニに持ってくるかもしれない。YPGとYPJが反撃に成功し、ISISを押し返すかもしれない。
将来について予測できない戦争だ。この戦争の将来は謎だ。この戦争自体が謎だ。
Newsweek Heysam Mislim ;
Kobane Diary: 4 Days Inside the City Fighting an Unprecedented Resistance Against ISIS
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10月12日、日本のアジア・プレスがコバニの住民から市内の状況を電話で聞いた。ヘイサン・ムスリムと同様、コバニの内部からの生の声である。
====[イスラム国包囲下のクルド人の町コバニ]====
〔シリア緊迫〕住民が苦境伝える
いまも町に残る住民が12日、砲撃にさらされる町の様子を電話で伝えてきた。イスメット・ハサン氏(48)は、地元暫定行政局で町の防衛責任者を務め、や住民支援などをおこなっている。【聞き手:玉本英子・】
◆市内はどういう状況ですか?
イスメット氏:戦闘は一段と激しさを増しています。イスラム国は戦車と大砲でひっきりなしに砲撃を加えています。すでに町の30パーセントが制圧されました。防衛組織だけでなく住民も銃をとって戦っています。ここはすでに1か月近く攻撃にさらされています。持ちこたえられるかどうかはわかりません。
◆米軍はイスラム国拠点に空爆をしているのですか?
イスメット氏:数機の戦闘機が上空に見えます。4、5回、やってくることもあれば、1日に10回以上目にしたこともあります。1度に10~12回、爆撃があります。1度に20回爆撃していくこともあります。イスラム国の施設や塹壕を破壊しているようですが、彼らの勢力は衰えていません。
◆現在、市内にはどのぐらい住人が残っているのですか?
イスメット氏:多くの住人は、できるだけトルコ国境ぎりぎりの場所へと移動しています。でも多くが国境を越えさせてもらえません。人民防衛隊の戦闘員のほかにも一部住民が市内にとどまっています。みんな最悪の事態を覚悟しています。
◆食糧は十分ありますか?
イスメット氏:最低限の食糧はなんとかあります。確保は容易ではありませんが、トルコの平和民主党(BDP)から支援食糧が届けられます。(※注:BDP=トルコのクルド系政党) 町の北のトルコ側以外のルートは遮断されているので、物資も入ってきません。
◆人民防衛隊は持ちこたえることができるのでしょうか?
イスメット氏:トルコからクルド人の義勇戦闘員が来るとも聞きましたが、トルコ軍がすべての国境ゲートを封鎖して以降は外からの応援はありません。このままでは武器も弾薬も尽きるでしょう。米軍の連日の空爆でもイスラム国の攻撃は止みません。先日も防衛隊の女性戦闘員がイスラム国拠点に対し、自爆攻撃をかけて戦死しました。町が陥落すれば、大量虐殺が間違いなく起きます。人民防衛隊の戦士たちの決意は固いですが、一般の住民は恐怖に脅えています。イスラム国は、人を殺すことをなんとも思わない集団です。制圧されれば、女性も子どもも死に直面します。
(全文)〔シリア緊迫〕イスラム国包囲下のクルド人の町コバニ・住民が苦境伝える(全2回)
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