たぬきニュース  国際情勢と世界の歴史

海外のメディアから得た情報を書こうと思います。

6巻42章(6巻終了)

2024-11-13 17:03:09 | 世界史

【42章】
アッピウス・クラウディウスの演説は法案の採決を遅らせるだけの効果しかなかった。セクスティウスとリキニウスは10度目の護民官に選ばれた。二人は「シビルの予言書」を保管する神官を10人に増やし、5人を平民から選ぶことを法律とすることに成功した。この法案は平民の執政官を誕生させる道を切り開く、第一歩とみなされた。平民は勝利に満足し、執政官の問題については貴族に譲歩し、とりあえず要求を取り下げた。その結果翌年の最高官は執政副司令官となった。執政副司令官に選ばれたのは以下の6人である。A・コルネリウス(2回目の就任)、M・コルネリウス(2回目の就任)、M・ゲガニウス、P・マンリウス、L・ヴェトゥリウス、P・ヴァレリウス(6回目の就任)。
ローマ軍はヴェリトラエに対する包囲を続けていた。ローマ軍は勝利をあきらめていなかった。戦争はヴェリトラエ攻略戦だけで、対外関係は安定していた。ところが、突然ガリア人の襲来の噂が伝えられ、市民は驚いた。M・フリウス・カミルスが5回目の独裁官に任命された。彼はT・クインクティウス・ポエウスを騎兵長官に任命した。クラウディウスによれば、ローマ軍はガリア人とアニオ川で戦ったという。
     (日本訳注:アニオ川はアリア川と音が似ているので注意。アニオ川はラテン地域の北部を東西に流れ、ローマの少し北でテベレ川に合流。ガリア人との最初の戦いの場所はアリア川で、アニオ川の北でテベレ川に合流。アリア川非常に小さな川である。)
T・マンリウスはガリア人の挑戦を受け、橋の上で一騎打ちとなり、両軍注視する中でガリア人を倒し、黄金の首輪をはぎ取ったという。しかし私は大部分の著者の考えと同じで、クラウディウスが語る戦闘は10年後のものだと考えたい。実際には、この時の戦いはアルバ湖の近くが戦場となった。ローマ軍は M・フリウス・カミルスの指揮のもと、果敢に戦った。ローマ兵はガリア人に敗北した過去の記憶が残っていて、ガリア人への根深い恐怖があったが、アルバ湖の戦いでは敵に圧倒されることもなく、順調に勝利した。ローマ軍は数千人のガリア人を殺した。その後ローマ軍は敵の陣地を攻撃し、さらに多くのガリア人を殺した。生き残ったガリア人はアプリア地方の方角へ逃げたが、あまり遠くまで逃げて道に迷った。また恐怖のあまり散らばって逃げ、道に迷った。元老院と平民が一致して、カミルスに勝利の栄誉を与えることを決定した。しかし、帰国したカミルスを待っていたのはこれだけではなかった。鎮静化してた国内の対立が再び激しくなり、元老院と独裁官が敗北した。つまり、護民官の法案が市民会議で採決され、承認された。貴族の反対にもかかわらず、執政官の選挙となり、執政官の一人は平民から選ぶことになった。L・セクスティウスは平民として最初の執政官となった。これで紛争は終わらなかった。貴族はセクスティウスを執政官と認めなかった。事態は緊迫し、平民がローマから一斉に退去するかもしれなかった。あるいは、さらに恐ろしい内戦になるかもしれなかった。この時、独裁官が妥協案を提出し、両陣営を落ち着かせた。対立する両者はカミルスの妥協案を受け入れた。貴族は平民の執政官を承認し、一方平民は、プラエトルになれないことを受け入れた。プラエトルは市民の裁判を担当する高官である。こうして長年の相互不信が終わり、二つの身分は和解に至った。貴族と平民の和解は記念するに値する出来事だとと、元老院は考えた。「不滅の神々に感謝するのは今をおいてない」。
神々のために大競技会を開催することになり、これまで3日間だった日程が、4日間に延長された。ところが、平民のアエディリス(護民官の補佐官)が競技会の運営を拒否した。すると貴族の若者たちが一致して宣言した。「不滅の神々のために、我々は喜んでアエディリスに就任する用意がある」。
若い貴族の申し出により、競技会が中止されずに済んだので、ほとんどの市民が感謝した。貴族の中から二人のアエディリスを選ぶよう、独裁官が市民に頼んだ。元老院は新しく選ばれた政務官たちを承認した。「シビルの予言書」を保管する神官に5人の平民が選ばれ、執政官に平民が選ばれ、貴族がアエディリスに選ばれたことが正式に認められた。

ーーーー(日本訳注)ーーーーーー
⓵ 財政と裁判は本来執政官の権限であるが、下僚のクァエストルが代行してきた。42章で新たに裁判の権限も持つプラエトルが登場する。これ以後プラエトルが法務官となり、クァエストルは財務官となっていく。プラエトルはクァエストルより地位が上である。実は、クァエストルは臨時の政務官として以前から存在していたが、表舞台に登場すことがほとんどなかった。リヴィウスの建国史では一度しか登場していない。その時私は市政長官と訳した。プラエトルは臨時の政務官であるが、執政官代行であり、執政官と同格だった。二人の執政官がすでに出征しているいて、どうしても執政官がもう一人必要な時、プラエトルが任命されたのだった。プラエトルは三人目の執政官であり、裁判だけが任務ではなかった。時代が下って、プラエトルは法務官となるが、当初の地位の高さが維持された。クァエストルも最初から財務官だったのではなく、執政官の下僚として法務や財務などを担当した。クァエストルは後に財務官となるが、執政官より地位が低かったたため、プラエトルより地位が低い。ちなみに戦後の日本では、大蔵大臣は法務大臣より偉い。大蔵官僚の一人が「総理大臣は不要だ。日本で一番偉いのは大蔵省事務次官だ」と語っている。実際、日本の歴代総理大臣は大蔵省の事務次官と争うのを避けている。大蔵省が権力を持つのは、各省の予算を決めているからである。しかし外務省だけは大蔵省に頭を下げないので、大蔵省は苦々しく思っている。外務省は天皇の下て国家を代表する仕事をしているので、矜持がある。
② アエディリスは護民官の誕生と同時に新設された政務官であり、護民官を補佐した。アエディリスは造営、祝祭の管理なども担当した。後にアエディリスは造営官と呼ばれるようになる。共和制末期、造営官のアエディリスは財務官のクァエストルより上位だった。なぜ護民官の補佐官が執政官の下僚より上なのか。逆ではないか。実はアエディリスの職務の一つである祝祭の運営は高位な者の任務である。祝祭は神々に捧げる神聖な行事であり、本来神官の任務である。同時に、祝祭は全国民が参加するものなので、護民官の補佐官にすぎないアエディリスが神事を執り行う例外が生まれたのだろう。アエディリスは護民官と同様平民から選ばれていたが、紀元前367年、貴族から選ばれるアエディリスが誕生した。ーーーーーーーー(日本訳注終了)

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 6巻40ー41章 | トップ | リヴィウスのローマ史はどこ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

世界史」カテゴリの最新記事