工房 十一椿(toi tsubaki)

久留米絣や 大島紬など 着物を使って洋服やバッグなどの製作・販売を行っています。

うまれた年は・・?

2012年09月29日 | 日記
昨日 お着物をせっせと解いていたら

一緒に “新聞”が挟まってました。











日付は 偶然にも 私が・・産まれた年。


黄色く黄ばんだその新聞。

その色の黄ばみ具合に・・

自分と同じ年数の時間の経過を感じずにはいられません・・



自分の知らない時代

どんなことがあったんだろう?


興味津々で新聞を覗いてみると・・・






この頃の新聞の値段を発見!










一ヶ月・・600円。




この当時 お給料が 2万円からスタートだったと

洋装店の某スタッフが言っていたことを考えると・・・

ん・・・ちょっと 高いのかな?!







TV欄には?









NBCとKTNのみ。


子供の頃・・TVは 確かに2局でした。

そのため 見たことのない人気TV番組も多く

その上

常に



「“一部の地域”を除き そのまま放送を続けます・・」



の“一部の地域”に属していたため

番組は いつも途中で終わっていたことを思い出します・・





他に何か面白い記事ないかな?っと探してみると









岸恵子さんのフランスでの生活が特番で組まれていたり









沖縄返還の記事が載っていました。





この頃 まだ 沖縄は日本ではなかったんですね・・・。

(・・・歳・・バレバレですね・・・





新聞広告も 地元の老舗御菓子舗や












珍しいところでは 某有名メーカーの電卓など










キャッチコピーは



“・・手のひらに 宇宙の頭脳が いま着陸!”











お値段も・・¥84,800円っとかなりお高め・・・










・・のため












一年間の“盗難保険”がついてます!




今は クスっと笑ってしまうようなことも

当時は 大真面目だったんだろうなぁ















時代は 常に変化し

その変化・スピードについていけない昨今ですが

子供の頃

現実的にはありえないっと思っていたド○えもんの世界が

今 現実になりつつあり

便利になったこと 得たものをたくさんある・・一方で

多少 不便でも

変わって欲しくないもの

失いたくないもの・・次世代にちゃんと受け継いでいって欲しいものも

たくさんあるなぁと

この歳になり

感じることがたくさんあります。









黄ばんだ新聞紙を

シミジミ・・眺めながら

・・こんだけの年月が流れたのだから

自分にも

多少なりとでも

良くも悪くも

蓄積された“何か”はあるのだろう・・





と信じ



がんばれっ!がんばれっ!





っと 自分を鼓舞するのでありました・・・。
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