賢い人とは、物事を多角的に捉えて、的確な判断や最善の対処ができる人。ずるい人とは、自分の利益を得るために、要領よく振る舞う人のことである。
「ずるい人」には、行動や発言などに共通点がある。ずるい人には、すべての行動を損得ありきで行っている心理がある。人づき合いから仕事まで、好き嫌いなどの感情ではなく、自分が得をするにはどうすれば良いかを考えて行動しているのである。
今の世の中、ずるい人が何と多いことかと驚いている。ずるい人は、自分自身がずるいとは思っていないのであろうが・・・・・。厳しい世の中なのでずるくなることは仕方ないが、柔道の加納治五郎師範が言ったように、「精力善用」で生きたいものである。
私の知人に “三途の川”を渡ろうとした人がいる。彼は一度死んだような経験をしたから、本来の人間に戻ったのだろう。彼は官僚で賢い人であったが、50歳の時に脳出血を罹患しタダの人になった。
しかし、それからがすごい。彼は、障害者のためのリハビリ・スポーツに関する一般法人を作り講演活動を行なうなど、自分の役割を果たしている。人間の役割とは、ウソをつかず他人のために尽くすことだと思っている。
ただ、年配者を見ていて思うのであるが、現代人はウソが多くなったことは確かであり、自分自身を見つめなおすことが必要だろう。そのためには、“座禅”が良いと思っている。
生き方は各人各様であり、国々や宗教によっても違いがある。そのために、宗教のひとつである仏教について考えてみた。仏教は諸行無常・諸法無我が基本で、本来のありようを悟るように教える。
フランス人の思想家ジャック・アタリ が、『わたしたちは、利他的であることにより、全員が利益を得ることができる。それがコロナ危機の教訓のひとつなのだ』と書いていた。
”自利利他“は仏教の基本で、自利は自らの悟りのために修行し悟りを開くこと、利他とは他人のために尽くすことで、自らの努力により得たものを他人にも還元し、他人の為に動くことで自分も成長することでもある。
「十勝の活性化を考える会」会員
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