Landscape diary ランスケ・ ダイアリー

ランドスケープ ・ダイアリー。
山の風景、野の風景、街の風景そして心象風景…
視線の先にあるの風景の記憶を綴ります。

私たちの未来にむけた選択肢/「光の指で触れよ」

2011-03-31 | 
 昨夜からのインターネット閲覧や今朝の新聞を読むと国際社会の介入で、
 やっと福島第一原発の危機的状況にも、明るい兆しが見えて来始めました。

 それは発表されているような政府の要請というよりも、余りもの危機管理能力の無さに
 国際社会が痺れを切らし、事態収拾のために介入してきたというのが
 正解ではないでしょうか?

 特に3/30付けのロイターの記事が辛辣だ。

 アクシデント・マネジメント(過酷事故対策)が、まったく用意されていない
 日本の原発安全神話を厳しい筆致で告発している。
 
 福島第一原発1号機から4号機の廃炉が、やっと公式発表され、
 IEAE(国際原子力機関)による放射線測定も始まった。
 これで政府も、御用学者を並べて「問題ない」発言ばかりやってられなくなった。

 そして何よりも、原発事故を起こすと、その後始末や補償のために
 莫大な金額がかかり、会社の存続まで危うくなることを電力各社は痛感したはずだ。
 対リスク効果として原発は、まったく採算が合わない発電方式であることを露呈した
 だけでも大きな前進です。


 さて前振りが長くなりました。
 ここに一冊の本を紹介します。
 池澤夏樹の家族をテーマにした物語…「光の指で触れよ」中公文庫。

 3・11雪山にも持ってゆき下山後、読了。
 未曾有の大災害に対して、全く非力だった私たちの築き上げてきた文明…
 そんな現実世界の出来事とシンクロニシティするような幸福な読書体験。
 いつか、この本を紹介しようと思っていましたが、
 その後の原発事故の危機的状況を受けて、ずっと棚上げになっていました。
 
 決して安心できる状況ではないけれど、
 国際社会の介入によって、情報の透明性に突破口がひらけただけでも
 大きな前進です。
 ブログで書き続ける過程で、危機意識を煽るような記述があったことは認めます。
 それは、皆さんの無関心が怖かった…

 震災報道は眼に見える惨事ゆえに関心を繋ぎとめておける。
 でも原発による放射能汚染は眼に見えないだけに、
 情報を隠され安全報道が続くと、どんどん関心が薄れてゆく。
 報道の裏に隠されたモノを、私たちは想像してゆくしかない。
 そのためには、多少のレトリックもありだろう(苦笑)
 おかげで、ずっと高いアクセス数をキープしている。
 29日の記事「ついにプルトニウム検出」ではアクセス687を記録(ブログ開設以来最高数)
 皆さんの、この問題への関心の高さを数字が表している。

 さぁ、次は危機の先を見据えた未来への希望です。
 そのヒントが、この本には散りばめられています。
 本文中に地震や原発事故に言及するような場面は有りません。
 それでも、この本は充分に現在の状況に対して予言的なのです。
 私が、あれこれ書き連ねるより、本作末尾に書かれた角田光代の解説文を
 読む方が、ずっと本作を正しく理解出来るのですが…(笑)
 (角田光代の近作は良いですね…「八日目の蝉」「空中庭園」)
 とりあえず私の言葉で書いてみます。

 本作の登場人物…父、林太郎は風力発電の技術者で大手の電気会社で風車を設計。
 母、アユミは主婦であり、環境問題のニュースレターを編集。
 そして二人の子供、森介と可南子(通称キノコ)のキャラクターが
 それぞれ興味深く面白い。
 本作「光の指で触れよ」には天野一家の第一話「すばらしい新世界」がある。
 でも本作だけでも独立した物語なので充分に楽しめる。
 (ヒマラヤの秘境ムスタンを舞台にした前作も是非、手にとってほしい)

 前作「すばらしい新世界」で理想的な家族像と思われた天野一家が
 本作冒頭では家族離散の危機を迎えている。
 現代社会の家族の姿を描いた池澤夏樹の筆致は、冒険あり恋ありで
 読み物としても飽きさせない。

 ストーリーの紹介は、この際、置いておきましょう。
 本作には、行き詰まった現代社会への色んな提言が盛り込まれている。
 例えば、個人や地域で賄えるような小規模発電。
 土地にダメージを与えず、その地味に合わせた収穫をする自然本来の農業「パーマカルチャー」
 そのどれもが自己完結している。
 自分たちの暮らしの基盤は自分自身で確保するというスタイル。

 大災害の前では、私たちはライフラインの全てを失い為す術もなかった。
 大きな物流やシステムに身を任せていると、
 その復旧を待つまで、私たちは裸のサル同然の存在だった。

 例えば、自分たちでメンテナンス可能な小規模な太陽光や風力等の
 その土地の特性を生かした自然エネルギーによる発電方式。
 それぞれの家庭やコミュニティや会社が独立して
 自分の消費する電気を賄うようになれば…
 巨大な発電設備や遠大な送電設備は、もう要らない。
 電力事業を一部の企業に独占させるという発想から自由になれば、
 電力供給不足などという問題はなくなるのではないだろうか?
 メガ発電所も要らない。当然原発なんて全く要らない。

 まだ、それには乗り越えなければならない技術的課題も多いだろう。
 でも自分たちの生活基盤は自分たちで賄うという
 小さなコミュニティを単位とした社会を目指してゆけば、
 私たちは消費の奴隷から自由になれる。
 経済至上主義の巨大な物流のシステムよりも、
 地産地消の独立採算制の小さなコミュニティへの発想の転換は、
 3.11以降の未来を見据えたひとつの選択肢ではある。

 
光の指で触れよ (中公文庫)
池澤 夏樹
中央公論新社


 
すばらしい新世界 (中公文庫)
池澤 夏樹
中央公論新社


 

コメント (6)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ついにプルトニウム検出 | トップ | 今後の現実的対応 »

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
本紹介ありがとう (流れ星)
2011-03-31 21:21:50
池澤夏樹さんの本早速よむことにします

日本政府の危機管理能力がないことをしって助け舟が出されたことをしり、少しだけ安心しています。
でも、自然が元の姿に戻るのにどれだけかかるのでしょうかねえ。
宮城・福島の花・動物はどうなるのでしょう
近いうちに登りに行こうと思っていたんですが・・
返信する
やっと・・・・ (misa)
2011-03-31 23:37:57
何ともモドカシイ時間がどれほど経った事でしょうか
いつも心の頭のどこかで引っかかってて
こうしてある政党の選挙事務職に身を置く事に不思議な縁を感じます
越えなければならない山は計り知れず
無能な政府官僚や東電に対しては今更ですね

何気ない日常がこんなにも平和だと言う事を
かみしめた事も今までになかった事

残雪の中で、ゆっくりとお日様に向かって傾いていく福寿草の姿が殊のほか新鮮でした

ランスケさん、桜咲きそろい始めましたよ
不謹慎とは思わずに出かけませんか?

返信する
被災地の人たちの痛み (ランスケ)
2011-04-01 00:20:21
今夜のニュースを観て、憤りがおさまりません。
IEAEの飯舘村の放射線測定結果を受けて、
御用学者が「自分たちのデータが正確だ」そしてまた「問題ない安全だ」と強弁。

彼らにとって、人の安全や健康は、あまり意味がなさそうです。
水俣の公害認定でも広島の爆心地から遠く離れた被爆者の認定にしても、
御用学者たちは、ずっと科学的根拠がないと退けて来たのです。
人の痛みなど、この人たちの前では何の意味もなさそうです。

福島ばかりでなく、震災の被災者報道には胸が痛みます。
不眠不休で災害復旧にあたる市町村職員たち。
医師や看護師も限界ギリギリで増え続ける患者に対応。
多くの人が極限状況の中で心のケアを必要としています。

う~ん、私たちに出来ることは何なのでしょうね?

流れ星さん、池澤夏樹の家族の物語は、この危機的状況だからこそ
水が沁み入るように心の襞に響く読書体験ができる本です。
是非、御一読を。

返信する
花便り (ランスケ)
2011-04-01 00:30:06
misaさん、Eメールでの花便りありがとうございます。
送られてきた画像に、何時も慰められています。

う~ん、でも私自身は、まだ花に浮かれる気分になりません。
街に桜が一斉に花開けば、また少し気分が晴れるかもしれませんね。
返信する
危機管理 (鬼城)
2011-04-01 09:21:07
言葉では誰も言えるが、実行力を伴わないのは能力不足です。今回は科学者、国、電力会社が露呈した感じがします。言い訳は「想定外」でしょうね。毎日の報道は目を覆い、耳をふさぎたくなるようでたまりません。

とにかく新年度が始まりました。仕事に追われる毎日、自分の周りを見つめながら、このような社会を造っていった日本人の一人として反省していかねばなりません。今何ができるか?季節の花を見ながら考えていきます。

本の紹介ありがとうございます。早速、読んでみます。
返信する
海洋汚染 (ランスケ)
2011-04-01 20:18:14
鬼城さん、申し訳ありません。
耳を覆いたくなる話をさせてください。
どうしても、これを言っておかないと大変なことになります。

今一番深刻なのは海洋汚染です。
連日、とんでもない値の放射性物質が排水口付近で計測されています。
例によって彼らは「沖合に流されると薄まるので問題ない」と発言。
それは当たり前です。
でも一番肝心なことを、何時までたっても知らせようとはしません。

放射性物質は「生物濃縮」といって食物連鎖の過程で濃縮してゆくのです。
汚染したプランクトンから小魚へ、更にそれを食べる大きな魚という過程で
どんどん放射性濃度は上がってゆきます。
食物連鎖の頂点である人間まで来た時には、どれくらいの濃度になっているか?

さらに恐ろしいことがあります。
魚は同じ海域に留まっているわけではありません。
黒潮に乗って回遊する魚の行先を想像すると…

私たちに知らせなくてはならない一番肝心なことを隠し続けて、
「安全だ。問題ない。」と繰り返しても、
まったく信用出来ませんよね。
彼らが「安全だ」と発言するたびに「危険だ」としか聞こえてきません。
返信する

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事