花より団子・・・
大切な方を亡くすことのしんどさ。
でも、お参りしてくださる方々も皆そのしんどさを思い出しつつ喪主様を支えて下さる。
「分かるよ!大丈夫!オレがいるから、私がいるから・・・」そんなおはたらき。
温かいよな~・・・そう思いつつ、お一人お一人を見せていただきました。
そんな支えに出会える人生っていいですよね!
出会わなくても生きていけます、「おれが、わしが・・・生きてきた!」
そんな方おられますけど、あまりにも寂しいよな~って思ったりもします。
それはその方の人生で私がどうこう言うことでもなく、その方がそれで終わってもいいのであればそれでもいいのです。
でも、その涙に気付かないのか・・・残念で仕方がありません。
よくよくの縁いただいて、あなたが支えていて下さることに気付かせていた私は、本当によかった!あなたに出会えて本当によかった!そう思えるようにならせていただいたことです。
どこまでも自分可愛いは変わらないのですが、変わらんそのままで喜ばせていただいていることです。
「月影のいたらぬ里はなけれども 眺むる人の心にぞすむ」
中秋の名月が本堂の屋根の上に・・・
あなたに気付いて本当によかった!
離れることもなくず~っと寄り添い一緒にいて下さる。
ず~っと見つめ、ず~っと優しく、ず~っと涙して下さり抱きしめて下さる。
「名月」・・・その言葉のひびきが好きです。
「博多の名月」って妙好人がおられました。
祖父のお説教でよく聞かせていただいたお話・・・
切ない中にもご縁をいただいてお念仏に出会われます。
己が弾く三味線の音に「名月、来いよ!」の声を聞かれて行くのです。
あなたがいて下さることの喜び・・・
私の大好きな話です。
生かさせていただこう・・・大切に!
そんなことを思いつつ、息子と娘の3人でお月見をしたことです。
いち早く玄関の側で立っている息子、「花より団子!」
「じゃ、頂こうか!」ってお月さまを見上げながら家に入りました。
今日は、布教に出ている坊守に代り娘がお月見団子をこしらえて下さいました。
「美味しいね!」って遠く香川にいる坊守を思いながらいただいたことです。
たとえ、家の中に入り込もうとも、ここにおるよ!って包み込んでくださっているのですね。
お月見団子に心奪われている時であろうと・・・
ナンマンダブ・・・
香川常例布教二日目のご縁をいただきました、綾川町善福寺様です。
讃岐の長閑な風景をたのしみながらお参りさせていただきました。
残暑の厳しい日でしたが、外の暑さを忘れさせてくださるような涼やかなお花が、あちらこちらに生けてあり、その上つめたい讃岐のおうどんまでご用意してくださった坊守さまのお心遣いを感じさせていただきました。
ご法座が始まり、ご案内をいただくまでは「寿命が縮むかもしれない…」と思うほどに緊張しているのですが、
いざご本堂に立たせていただきますと、
前にはお同行さまがたの頷いたり、受け答えをしてくださるお姿があり、
後ろには阿弥陀様のお姿が…
「まなざしの中に…」という法話をしながら、阿弥陀様やみなさまのまなざしの中におらせていただいていたこのわたしでした。
夜座までの間に、ご住職様が《讃岐の妙好人・山地願船さん》について教えてくださいました。
不勉強なわたしは、願船さんというお方を存じ上げませんでした。ご住職様が『讃岐の妙好人願船さん』(千葉崇憲著・探求社刊)という本を貸して下さったので、一気に読み上げました。
願船さんを一言であらわすなら
「如来不思議の願船に悠々と遊びたまいし妙好の聖者」で
「わが家はつり天井に岡座敷月のちょうちん風の手ぼうき」と自らが詠うように、家も物も持たず、お同行の家々を法座をつとめながら日暮らしをされたお坊さんでした。
願船さんは、見るものが何でも菩薩様と言い、目に触れるものすべてが阿弥陀様のお徳であると感じている人でした。
昭和16年にご往生されましたので、現在も願船さんのことを知っておられる方も丸亀あたりにはいらっしゃるようです。
こうして、善福寺様のご住職様とのお出遇いから、願船さんとのお出遇いにもつながりましたことは、やはり有り難いご縁だなあと、慶ばせていただきました。
夜座は願船さんのお話も交えながらのお取次をさせていただきました。
お同行さまのおひとりが、「初めて出遇ったご縁に…」と、ジャズピアノのCDをくださいました。
ご縁がおわり、宿までの道のりに車の中で聴かせていただきました。
夜道にしっとりと…時に軽快に、ジャズもなかなかいいものですね~
このひと日を支えてくださったすべてのご恩にしみじみと感謝させていただきました。
善福寺様、ありがとうございました。