草むしり作「ヨモちゃんと僕」前10
(冬)おひげクルンクルン君①
お父さんとお母さんは毎日みかん山に出かけていきました。空っぽだった倉庫の中がみかんで一杯になったころ、山から冷たい風が吹いてきました。風は名残惜しそうに残っていた庭のモミジの葉を、全部散らしてしまいました。
「ただいま、寒かったでしょう。そろそろ入れてあげようね」
みかん山から帰って来たお母さんが、物置から箱のようなものを運んできました。
「わーい、ストーブだ」
ヨモちゃんは嬉しそうにお母さんの足元にまとわりついています。
「はい、はい。ヨモギの大好きストーブだね。ちょっとそこ邪魔、歩きにくいわ」
僕は椅子の下からようすをうかがっていました。本当はヨモちゃんみたいにお母さんの足元にじゃれつきたかったのですが、お母さんの抱えている箱のようなものが怖くて仕方なかったのです。お母さんが歩くたびに、箱がガタガタと聞いたことの無い音がするからです。
「ほらほら、分かったから。ヨモギ、ちょっとそこどいてよ」
お母さんはヨモちゃんを踏みつけないように気をつけながら、台所の隅に箱を置きました。ヨモちゃんは頬をぐりぐりと箱にこすりつけ始めました。
「ヨモギのストーブ、ヨモギのストーブ」
ヨモちゃんが嬉しそうに歌っています。あれはどうやらストーブトいう物らしい。ストーブの中には丸い筒があり、筒の後ろ側はキラキラと鏡のようなものが光っていました。それから筒の前には、金網が張られています。
「ほら、暖かいわよ」
お母さんが箱の下についているボタンを押すと、ポコポコと音がして筒が赤くなっていきました。つんと鼻を突く嫌なにおいがしましたが、部屋の中がすぐに暖かくなって、しだいに匂いも気にならなくなりました。
「ヨモちゃんの所が暖かそうだな」
僕は隠れていた椅子の下からソロリソロリとはい出して、ヨモちゃんの後ろに近づいていきました。ヨモちゃんはストーブの前に座って赤い筒をじっと見つめています。
「嫌い」
しまった、少し近づきすぎたようです。怒り声と一緒に僕の鼻先すれすれに、ヨモちゃんのパンチが炸裂しました。
「わー。ごめんなさい」
僕は仰向けに寝転がると、ヨモちゃんにお腹を見せて謝りました。でもヨモちゃんは僕のことなど全く無視して、ストーブを見ています。ストーブの芯はますます赤くなっていきました。
たかがパンチを食らったくらいでは僕は諦めません。仰向けになったままソロリソロリと前脚を伸ばし、ヨモちゃんの尻尾の先をチョンチョンとつつきました。
「嫌いって言ったでしょ」
ヨモちゃんは怒って、傍にあった椅子の上に飛び乗ってそっぽを向いてしまいました。どうしてもヨモちゃんを触りたくなってしまうのは、僕の悪い癖です。
「こらこら、フサオ。ストーブの前で暴れると危ないわよ」
ヨモちゃんに嫌われてしまったのは残念ですが、ストーブの前の特等席をゲットでたので嬉しいです。
僕は相変わらずヨモちゃんには嫌われていました。それでもこの頃では一緒にご飯を食べるようになりました。納戸と台所を網戸で仕切った当初は、ヨモちゃんはご飯さえ一緒に食べるのを嫌がっていました。
最初は網戸を挟んで納戸と台所に分かれてご飯を食べたのですが、慣れてくると今度は台所の端と端にお皿を離して置き、同じ部屋で食べるようになりました。それからご飯のたびに少しずつお母さんがヨモちゃんのお皿を僕のお皿に近づけていったのです。
気が付くと僕とヨモちゃんは、並んでご飯を食べるようになっていました。でもいたって小食のヨモちゃんは、カリカリどころか好物の缶詰さえも少ししか食べません。もともと少ししか食べなかったのに、僕と食べるようになってからもっと食べなくなったと、お母さんはヨモちゃんの心配ばかりしています。
でも僕の楽しみは、ヨモちゃんの残したご飯を食べることでした。とにかく大急ぎで自分の分を食べ終えると、ヨモちゃんのお皿に首を突っ込んで食べ始めるのでした。するとヨモちゃんはすぐに食べるのを止めてどこかに行ってしまいます。だからお母さんはヨモちゃんが食べ終わるまで、僕を押さえています。
ヨモちゃんの分までご飯を食べたせいか、僕はぐんぐん大きくなっていきました。この頃ではヨモちゃんと変わらないくらいに大きくなりました。
仕切っていた網戸もいつの間にか外され、家の中のどこにでも自由に回れるようになりました。ヨモちゃんには相変わらず嫌われていますが、それでもこの頃では体一つ分だけ空けると近づいても怒られなくなりました。