草むしりしながら

読書・料理・野菜つくりなど日々の想いをしたためます

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前25

2019-07-30 09:07:58 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前25

(春)イノシシ母さんとウリ坊たち⑤

 次の日から僕は納戸部屋から出してもらえませんでした。これは別にお仕置きをされているのではなくて、竹林に罠を仕掛けたので、間違えてぼくがそれに掛かると困るからです。

 イノシシ母さんは「三本脚の猪」と呼ばれ、人間の世界ではかなり有名なイノシシでした。親元から巣立ってすぐに罠にかかってしまい、ワイヤーにかかった後ろ脚を食いちぎって逃げたと伝えられています。以来どんなに巧妙に罠を仕掛けてもすぐに見破り、仕返しのように畑や田圃の作物を食い荒らすようになったと言われています。収穫前の作物を荒らされ、耕作を放棄した畑や田圃も少なくないそうです。

 イノシシ母さんは箱罠にかかるほどまぬけありません。でもウリ坊たちが母さんの言うことを聞かないで、箱罠の中に入ってしまうではないかと、僕はとても心配しました。

「イノシシが掛かった」とお父さんが竹林から戻って来たのは、それから三日経った日の朝でした。興奮気味に友達の猟師さんに電話をしています。僕はウリ坊たちが捕まったのではないか心配しました。でも電話口でお父さんが「若い雄の猪が二頭」と言っているのを聞いて安心しました。たぶん罠にかかったのは、イノシシ母さんの言っていたはぐれイノシシのことでしょう。

「三本脚の他にもイノシシの足跡があったからね。たぶんこいつらの足跡だと思うよ。三本脚の縄張りでも狙っていたのか、争った跡もあったよ。三本脚の足跡は最初の日にあっただけで、その後は見当たらないから、やって来たのは最初の日だけだろうな。どうやら奴さん小生意気な若造どもを、人間に始末させようって魂胆だったようだな。こっちもまんまとその手に乗ってしまったよ。今年もまた三本脚にしてやられたよ。」
 猟師さんそんなことを言うにだけど、その顔はちっとも悔しそうでは無く、むしろ嬉しそうでした。

「おや、キミが三本脚にさらわれた猫かい」
 部屋の隅からそっと様子を見ていた僕は、猟師さんに声を掛けられました。
「ぼくを保健所に連れていくの」
「キミは良い家に拾われてきたね。ここにはキミを保健所に連れて行く人間なんていないよ」
 挨拶をした僕に猟師さんは答えてくれました。
「どうだった、三本脚のイノシシは。優しくしてくれたかい」
「うん、僕の尻尾がフサフサできれいだって誉めてくれたよ」
「本当にキミの尻尾はフサフサできれいだね」
「どうもありがとう」
「もしかして、キミも罠の壊し方を習ったのかい」
「うん、習ったよ。それからね、いつも用心深く行動しなさいって教わったよ」
「そうかい。じゃあ三本脚やその子供たちは、もう罠にはかからないな」
猟師さんはそう言って帰っていきました。

 それから日増しに暖かくなり、竹林の中は次から次に筍が頭を出しましたが、お父さんはもう食べ飽きたようで、筍を掘って来なくなりました。おかげで筍はグングンと伸びていきました。

「母さんこれ、こないだの奴だよ」
 お父さんが新聞紙に、何かを包んで持って帰ってきました。
「あら嫌だ、どうしてこんなものを貰ってくるの」
 包みを開けてみたお母さんは、ちょっと困ったような顔をしています。

「命あるものから命をいただくのだ。命に感謝してその恵みをおいしくいただくのが、人の道ってものだ」
 お父さんの言葉にお母さんは素直に「はい」と答えました。お父さんが貰って来たのは猪肉のベーコンでした。お母さんはさっそくフライパンで焼き始めました。ジュウジュウと油の跳ねる音がして、台所に燻し肉の濃厚な匂いが漂ってきました。

「芳ばしくって、とってもおいしい」
 一口食べてお母さんが言いました。
「時生も食べるかしら」
「猪肉だろうと何だろうと、もりもり食べる子になってほしいな」
お父さんはそう言って、お皿の中のベーコンを頬張りました。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前24

2019-07-30 08:55:46 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前24

(春)イノシシ母さんとウリ坊たち④

 思ったよりも早く雨が降り始め、僕のつけておいた匂いを洗い流してしまいました。まっすぐな一本道だと思っていたのですが、ところどころに脇道があり、思ったよりも複雑で何度も道に迷いかけました。でも家にいるお母さんのことを考えると、脚が自然に家に向かっていきました。雨はしだいに激しくなり、家の明かりが見えたころには、僕は体の芯まで濡れて泥だらけになっていました。

「お母さん開けて」
 勝手口のドアが開いて、ヨモちゃんが飛び出してきました。
「あんた、いったいどこ行っていたの」
 いきなりヨモちゃんのパンチが鼻先をかすめました。
「おおっ、帰って来たか。なんだ、ずぶ濡れじゃなか。お母さん、タオル、タオル」
「ああ、フサオ、心配したのよ。泥だらけになって、いったいどこに行っていたの。わぁ、臭い。シャンプーしないとだめだわ」
「ああダメダメ。先になんか食わしてやろうよ。缶詰あっただろう」
「お父さん、ヨモギにも缶詰ちょうだい」
「でもこの子、臭いわよ。シャンプーが先よ」
「ああ、あぁ。ヨモギまで泥んこになっちゃった。シャンプーしてやらないと」
「ヨモギ、シャンプー嫌い」
 ヨモちゃんが逃げていきました。

 僕はお風呂でジャブジャブと洗われてしまいました。イノシシの親子の匂が消えてしまって残念でしたが、きれいになってとても気持ちがよくなりました。そのうえ缶詰はおいしいし、部屋の中はストーブが赤々燃えていてとても暖かでした。

「お父さん開けて」
 ヨモちゃんが勝手口のドアの前で、可愛い声で鳴きました。缶詰は半分しかまだ食べていないのに。もう外に行きたいようです。
「ヨモギ、今夜は雨が降っているから駄目だよ。それにほらさっき猟師さんが罠を仕掛けていっただろう。間違えて罠に掛かったら大変だろう。今夜はおとなしく家にいなさい」
「つまんないの」
「この缶詰食べないンだったら、ぼくが貰っていい」
「後で食べるから駄目」
「いただきます」
「また缶詰食べられた。カリカリの方も湿気ちゃったから食べていいわよ」
「やったー、いただきます」
「よくそんなの食べられるわね。クニャクニャしていておいしくないでしょうに」
「そのクニャクニャしたところがおいしんでしょう」
「あんたが来てから嫌なことばっかりだけど、湿気たカリカリ食べなくて済むから助かるわ」
 ヨモちゃんは皮肉っぽい言い方をして、二階に上がっていきました。
「僕がいなくて寂しかったって、正直に言えばいいのに」
「いいえ、せいせいしていました。バッカじゃないの」
 二階からヨモちゃんの声が聞こえました。

「バッカじゃないの。か……」女の子ってみんなああ言うんだなぁ。
「あらあら眠くなったのね。大冒険の後だもの、眠くもなるわ。ゆっくりお休みなさい」
 大きな欠伸をした僕を見て、お母さんはすぐに納戸部屋に連れて行ってくれました。納戸部屋の寝床の中はポカポカしていました。シャンプーの後なので、風邪をひかないようにとお母さんが湯たんぽを入れてくれたようです。

「お母さん、あのね……」
  お母さんにいっぱい話すことがあったのに、寝床の中に入ったとたんに急に意識が薄れていきました。「三本脚」「罠を壊された」断片的に聞こえていた父さんとお母さんの話声が、だんだんと遠くになり、僕はそのまま深い眠りに落ちていきました。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前23

2019-07-30 08:19:17 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前23
(春)ノシシ母さんとウリ坊たち③

 道はそれからますます細く険しくなっていきました。僕は木の根っこにつまずきそうになったり、湿った落ち葉で滑りそうになったりしました。でもその度にイノシシ母さんに助けてもらいました。崖に沿った細い道を上りつめると、突然アスファルト舗装の広い道路に出ました。深い山の中だと思っていたので、何だか拍子抜けしてしまいました。

 道路の向こう側には大きなため池があり、周囲にはクヌギ林が広がっていました。車がめったに通らない道路を横切って、池の土手からクヌギ林を抜けて、やっとイノシシ母さんの家に辿りつきました。それにしても随分高い所まで来てしまったものです。

 池の土手から見た景色は今でも目に焼きついています。山裾から田んぼが広がり、その先には海が広がっていました。海の向こうにぼんやりと小さな島が見え、海のそばにある飛行場から飛行機が飛び立っていきました。山の中腹にはみかん山が広がり、白いビニールのハウスが見えました。あれはお父さんのビニールハウスかも知れません。

 イノシシ母さんの家はクヌギ林を抜けた雑木林の中にありました。木の間に小さな枝を積み重ね、中には落ち葉を敷きつめた寝床もありました。ウリ坊たちにせがまれて、ぼくは南の国の象と尻尾のフサフサした猫の話をしました。本当は行ったことの無い南の国でしたが、さも見て来たように得意になって話しました。でもウリ坊たちは母さんのオッパイを頬張りながらすぐに眠ってしまい、けっきょくイノシシ母さんだけがぼくの話を最後まで聞いてくれました。

「お前の尻尾なら本当に風に乗って、南の国にだって行けるかもしれないね」
 イノシシ母さんはぼくの尻尾はフサフサで、とてもきれいだと誉めてくれました。
「風に乗ったら尻尾だけじゃなくて、脚も思い切って横に広げるといいかもしれないよ。ムササビはそうやって空を飛んでいるからね」
「ムササビって、空を飛ぶの。それって鳥の仲間なの」
「ムササビは翼が無いから鳥じゃないね。でも体の皮がダブダブでね、脚を広げるとそれが翼のようになって、高い木の上から空を飛ぶことができるのさ」
 翼が無くても空を飛ぶことができる奴が本当にいたなんて。ムササビってどんな奴なンだろ。
「うん。風に乗ったら、思いきり脚を広げてみるよ」
 話し疲れてぼくは大きな欠伸を一つしました。そしてそのまま深い眠りに落ちていきました。
 
 夕方イノシシ母さんに起こされるまで、ぼくはぐっすりと眠っていました。ウリ坊たちはとっくに目を覚ましていて、もう一日泊まって行くようにしきりに勧めます。一番小さなウリ坊には「もう、家の子になっちゃえば」と何度も誘われました。

「さあ、ここでお別れだよ」
ため池の土手の上でイノシシ母さんが言いました。ずっと一本道だと思っていたけもの道は、土手の途中で二本に分かれていました。一本は土手を下りて道路を横切って山を下って行く、ぼくが昨日通った道です。そしてもう一本は、土手の中央をまっすぐに走っていました。親子はその道を通って、隣の山にある椎茸の原木置き場に、カブトムシの幼虫を食べに行くといいました。

 カブトムシのサナギは甘くてトロリとして、とってもおいしいのだとウリ坊達はいいました。一緒に食べに行こうよと誘われました。そしてウリ坊たちは、僕がいないとつまらないと、口ぐちに言いました。そのくせ姉弟でふざけ合ったり、母さんに甘えたりしていました。そんなウリ坊たちを見ていた僕は、家にいるお母さんのことを思い出しました。

「こっちの道をまっすぐに降りて行くと、昨日の竹林に出るよ。もうじき雨になるから、寄り道しないで早くお帰り。ぐずぐずしていると、雨がお前の残した匂を洗い流してしまうよ」

 僕が途中の木や石に自分の匂をつけていたのを、イノシシ母さんは知っていたのです。イノシシ母さんはぼくが昨日この道を通ったことを、山の獣たちは皆知っていると言いました。

「でも、心配はいらないよ。イタチやタヌキは自分たちの食べ物を探すのに精いっぱいで、お前のことなどに構っていられないよ。シカは体が大きくて立派な角を持っているけれど、臆病者だよ。そのくせプライドだけは高くって、自分のことを山の王だと勝手に思いこんでいるンだ。だから本当はお前のことが怖くて仕方ないのに、お前などには興味が無いって顔をして遠くから見ているだけよ。でももし運悪くシカに出くわしたら、『王様、どうかこの哀れな迷いネコに道をお譲り下さい』って言うンだよ。シカは怖くて仕方ないくせに、知らん顔して道を譲ってくれるよ。すれ違う時に目さえ合わせなければ、何もしないからね。ただね、サルには気をつけるンだよ」
 
 イノシシ母さんはふっと一息つくと、また喋り始めました。
「サルは毛つくろいが大好きでね。だからお前の尻尾を見ると、もう毛繕いをしたくてたまらなくなるだろうからね。この子たちだって時々捕まって毛繕いされているよ。でもこの子たちの毛はブラシのように固くって思うようにいかないから、すぐに返してくれるけれどね。でもお前の尻尾はフサフサで、毛繕いにはおあつらえ向きだからね。捕まったら最後、すぐには帰してもらえないよ。」
 
 サルに呼ばれても返事をしないように。なるたけ尻尾は膨らまさないように。そしてもうじき雨になるので、なるたけ早く家に帰るようにと、イノシシ母さんは繰り返し言いました。

「もし帰り道が分からなくなったら、目を瞑って家で待っているお母さんのことを思い出してごらん。どっちに進めばいいかきっと分かるから」
 僕はイノシシ親子に別れを告げ、土手から飛び降りると道路を横切り、細い坂道を大急ぎで下って行きました。