草むしり作「ヨモちゃんと僕」前25
(春)イノシシ母さんとウリ坊たち⑤
次の日から僕は納戸部屋から出してもらえませんでした。これは別にお仕置きをされているのではなくて、竹林に罠を仕掛けたので、間違えてぼくがそれに掛かると困るからです。
イノシシ母さんは「三本脚の猪」と呼ばれ、人間の世界ではかなり有名なイノシシでした。親元から巣立ってすぐに罠にかかってしまい、ワイヤーにかかった後ろ脚を食いちぎって逃げたと伝えられています。以来どんなに巧妙に罠を仕掛けてもすぐに見破り、仕返しのように畑や田圃の作物を食い荒らすようになったと言われています。収穫前の作物を荒らされ、耕作を放棄した畑や田圃も少なくないそうです。
イノシシ母さんは箱罠にかかるほどまぬけありません。でもウリ坊たちが母さんの言うことを聞かないで、箱罠の中に入ってしまうではないかと、僕はとても心配しました。
「イノシシが掛かった」とお父さんが竹林から戻って来たのは、それから三日経った日の朝でした。興奮気味に友達の猟師さんに電話をしています。僕はウリ坊たちが捕まったのではないか心配しました。でも電話口でお父さんが「若い雄の猪が二頭」と言っているのを聞いて安心しました。たぶん罠にかかったのは、イノシシ母さんの言っていたはぐれイノシシのことでしょう。
「三本脚の他にもイノシシの足跡があったからね。たぶんこいつらの足跡だと思うよ。三本脚の縄張りでも狙っていたのか、争った跡もあったよ。三本脚の足跡は最初の日にあっただけで、その後は見当たらないから、やって来たのは最初の日だけだろうな。どうやら奴さん小生意気な若造どもを、人間に始末させようって魂胆だったようだな。こっちもまんまとその手に乗ってしまったよ。今年もまた三本脚にしてやられたよ。」
猟師さんそんなことを言うにだけど、その顔はちっとも悔しそうでは無く、むしろ嬉しそうでした。
「おや、キミが三本脚にさらわれた猫かい」
部屋の隅からそっと様子を見ていた僕は、猟師さんに声を掛けられました。
「ぼくを保健所に連れていくの」
「キミは良い家に拾われてきたね。ここにはキミを保健所に連れて行く人間なんていないよ」
挨拶をした僕に猟師さんは答えてくれました。
「どうだった、三本脚のイノシシは。優しくしてくれたかい」
「うん、僕の尻尾がフサフサできれいだって誉めてくれたよ」
「本当にキミの尻尾はフサフサできれいだね」
「どうもありがとう」
「もしかして、キミも罠の壊し方を習ったのかい」
「うん、習ったよ。それからね、いつも用心深く行動しなさいって教わったよ」
「そうかい。じゃあ三本脚やその子供たちは、もう罠にはかからないな」
猟師さんはそう言って帰っていきました。
それから日増しに暖かくなり、竹林の中は次から次に筍が頭を出しましたが、お父さんはもう食べ飽きたようで、筍を掘って来なくなりました。おかげで筍はグングンと伸びていきました。
「母さんこれ、こないだの奴だよ」
お父さんが新聞紙に、何かを包んで持って帰ってきました。
「あら嫌だ、どうしてこんなものを貰ってくるの」
包みを開けてみたお母さんは、ちょっと困ったような顔をしています。
「命あるものから命をいただくのだ。命に感謝してその恵みをおいしくいただくのが、人の道ってものだ」
お父さんの言葉にお母さんは素直に「はい」と答えました。お父さんが貰って来たのは猪肉のベーコンでした。お母さんはさっそくフライパンで焼き始めました。ジュウジュウと油の跳ねる音がして、台所に燻し肉の濃厚な匂いが漂ってきました。
「芳ばしくって、とってもおいしい」
一口食べてお母さんが言いました。
「時生も食べるかしら」
「猪肉だろうと何だろうと、もりもり食べる子になってほしいな」
お父さんはそう言って、お皿の中のベーコンを頬張りました。