草むしりしながら

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草むしり作「ヨモちゃんと僕」前22

2019-07-29 17:04:31 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前22 

(春)イノシシ母さんとウリ坊たち⓶

「早くおいで、人間に見つかってしまうよ」
 一斉にイノシシ母さんにの所に駆けていくウリ坊たち。僕一緒にも走って行きました。

「ねぇ、家に遊びにおいでよ」
「おいでよ、おいでよ」
 一番小さなウリ坊が言い出すと、他のウリ坊たちも言ました。
「じゃぁ、お邪魔しちゃおうかな」
 僕はその気になって、ネットの穴から外に出ました。

「さあ、早くおし。人間がやって来ると厄介だからね」
 イノシシ母さんはよほど急いでいるのか、最後に僕が穴から出たのも気がつかないようです。母さんの大きなお尻がユッサユッサと揺れて、ウリ坊たちの小さなお尻もユサユサ揺れています。  

 でもよく見るとイノシシ母さんのお尻の揺れ方が少し変です。後脚の片方を引きずって歩いています。若い雄との戦いで怪我でもしたのでしょうか。でも怪我をしている割にはけっこう早足です。ウリ坊たちに混じって僕も、尻尾をフリフリさせながらついていきました。

 ただ木や草が茂っているようなだけの山の中にも、山で暮らす動物たちの歩く道があります。それを人間は、けもの道と呼んでいます。けもの道には動物たちの足跡やフンが残っており、シカやイノシシは傍の木に牙や角で傷をつけたり、体に付いた泥をこすりつけたりしています。

「危ないよ」                                                                    
 イノシシ母さんが急に立ち止まったのは、崖に沿った細いけもの道を登っている時でした。恐ろしいはぐれイノシシも、母さんが居るから平気です。母さんが守ってくれるから、何も怖いものなどありません。のんきに遠足気分で母さんの後を歩いていた僕たちは、何が起こったのだろうと、慌てて立ち止まりました。

「この木を見てごらん」
 イノシシ母さんの前には木の枝がありました。枝はちょうど道を遮るような形で、落ちていました。道幅は動物一匹がやっと通れるくらいの細さで、落ちている枝を飛び越えなければ前に進むことができません。枝はたいした太さではなく、難なく飛び越えられそうです。

「道の真ん中を木が塞いでいて、前に進めないよね」
「母さん、こんな小さな木の枝、おいらたち簡単に飛び越えられるよ」 
 一番大きなウリ坊が、前に進み出て木を飛び越えようとしました。
「勝手なことをしてはいけないって、いつも言っているじゃないかい」
イノシシ母さんは前に出たウリ坊を、鼻先で押し返しました。

「いいかい思い出してごらん、今までに道の真ん中にこんな枝が落ちていたことがあったかい」
「うん、あったよ。母さんがその木に牙で目印を付けたじゃないか」
「でも、あれは道の真ん中には落ちていなかったよ」
「そうだよ、あの木は道の脇に生えていたよ」
「タヌキの溜め糞も端っこだったな」
「木の実のたくさん入ったイタチのフンも端っこだったよ」
「サルが捨てて行った木の実の食べかすは真ん中にあったよ」
「それは猿が木の上から落としたからじゃないの。猿は木登りが得意だから、こんな狭い道歩かないはずよ、枝から枝に飛び移って行きたいところに行けるのだから」
 女の子のウリ坊が言いました。
「でもあんなもの別に飛び越えなくたって、踏みつけて行けばいいンだよ」
 ウリ坊たちは道で見た物を次々に挙げていきました。ぼくはいろんな動物たちが、同じ道を利用しているのに驚きました。

「道を塞ぐようにして落ちていたことは無いだろう」
「うん。有りそうで、無いね」
「有りそうで、無いね」
 一番大きなウリ坊が言うと、他のウリ坊たちも一斉に同じことを言い出しました。
「そう。有りそうで、無いことだね。この木の枝は」
 イノシシ母さんは木の枝が子供たちに良く見えるように、道の端に体をずらしました。
「こんな時にはね、匂いを嗅ぐンだよ。お前たちの鼻は筍を掘るためにだけにあるのではないンだよ。匂いを嗅いでごらん、私たちイノシシの鼻は、こんな時のためにあるのだからね」
 ウリ坊たちは一斉に鼻を前に突き出し、クンクンと匂いを嗅ぎ始めました。

「あっ、鉄の臭いがする」
「鉄の臭いがする」
 誰かが言い出すと、すぐに他のウリ坊たちもいいだします。
「いいかい、見てごらん」
 イノシシ母さんはウリ坊たちを残して、今来た道を引き返していきました。どこに行ったのだろうかと思っていると、ガサガサと落ち葉を踏みしめる音がして、道の脇の崖の上から姿を現しました。

「危ないから後ろに下がっていなさい」
 いったい何が始まるのかと興味津々の子供たちを後ろに下がらせると、イノシシ母さんは鼻先で地面から石を掘りだして、枝に向かって落としていきました。ほとんどの石は谷に落ちてしまいましたが、その中の一つが枝の近くに転がり落ちた瞬間でした。ゴトリと音がした瞬間、キュンと何かがはじけるような音がして、地面に積もった落ち葉がパラパラと飛び散りました。

 何が起こったのでしょうか。恐る恐る石の落ちた辺りを見ると、地面から銀色に光るワイヤーが姿を現していました。ワイヤーの先は、近くの木の幹に結びつけられています。

 罠です。罠が仕掛けられていたのです。何も知らずに枝を飛び越えていたら、今頃は自分たちが罠に掛かっていたことでしょう。

「この針金は動物を捕まえるために、特別頑丈にできているのだよ。いくら噛んででもかみ切れないし、力任せに引っ張っても切れるものじゃないンだよ。母さんは若いころ、この罠に掛かってしまったンだよ。罠を外して逃げよとしたンだが、どうしても外すことが出来なくてね。逃げようとすればするほど巻き付いた針金が後ろ脚に食い込でくるンだよ。
 
 そうこうしているうちに人間の足音が近づいてきてね、これが最後だ、これでダメならもう諦めようと思って、罠に掛かった方の脚を思いっきり引っ張ってみたンだ。そしたら骨が砕けるような嫌な音がして、急に体が自由になったンだけどね…。

その時は逃げるのに夢中で何ともなかったけど、巣穴に帰ってからが大変だったよ。脚の先が無くなっているンだから。死んだほうがましなくらい痛かったよ。でもどうすることもできなくてね、巣穴の中でじっと痛さに耐えるしかなかったよ」

 イノシシ母さんは片方の後ろ脚を出して見せました。僕はてっきり、はぐれ猪を追い払った時に痛めたのだろと思っていたのですが、そんな理由があったなんて……。

脚は爪の部分が無くなっていましたが、分厚い肉が爪のように傷口を覆っていました。
「しばらくすると痛みは収まったけどね、無くしてしまった足はもとには戻らない。あの時どうしてもっと用心しなかったのかって、後悔したよ。」
「分かったよ、母さん。通り道に木が落ちていたら、上から石を落として罠を壊せばいいだろう」
「おいら、今から上に行って石を落としてみるよ。ぶっつけ本番よりも、石を落とす練習しておいた方がいいから」
「うん、そうだ。みんなで練習しようよ」

「バッカじゃないの、あんたたち。そうじゃないでしょう、母さんの言っていることは。」
 女の子のウリ坊が、呆れた口調で言いました。しかし女の子って、どうしてみんな「バッカじゃないの」って言うのでしょうか。僕には男の子たちが、そんなにバカなことを言っているとは思えないのですが。

「いつもと何か違うなと思ったら、まず匂を嗅いでみるのよ。ねぇ母さんそうでしょう」
 女の子のウリ坊は呆れたような顔をしています。
「そうだよ、お前たちの鼻は筍や石を掘り起こすだけじゃなくって、罠に残されたわずかな匂いだって、嗅ぎ取ることができるのだよ。いつもと違うと思ったら、すぐに匂いを嗅ぐのだよ。鉄やビニールの臭いがしたら、近くに必ず罠がある。だから臭いのする方をよけて通るのだよ」
「うん分かった、いつも注意して。罠があったらよければいいンだね」

 なるほどそういうことか、僕もてっきり罠を見つけ次第に壊してしまうのだと思っていた。だってその方がかっこいいモン。
「バッカじゃないの」
 どこからか聞き覚えのある声がしたようで、僕は慌ててあたりを見回しましたが、誰もいません。きっと気のせいでしょう。

「ところでお前は一体誰なんだい。竹林の中からずっとついてきているけれども」
 キョロキョロとあたりを見回している僕に、イノシシ母さんが言いました。母さんは知らん顔していたけど、僕のことに気づいていたンだ。
「僕は保健所には、行きたくないンだ」
「そんな所には行かなくていいよ。しょうのない子だね、黙ってついてきて。仕方ない一緒に来るかい」
「うん、行く」
僕はイノシシ母さんの後についていきました

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前21

2019-07-29 16:48:10 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前21

(春)イノシシ母さんとウリ坊たち⓵

 ぼんやりとした春の夜空に、まん丸なお月さまが昇りました。月の光は屋根の瓦を優しく照らし、庭の飛び石を白く浮き上がらせました。眠ってしまうのが惜しくって、僕はこっそり家を抜け出しました。   
 
 何か面白いことはないかと思いながら、僕はミモザの木の下にやってきました。ミモザの木は枝がたわんでしまうくらいに、黄色い小さなボンボンのような花を無数に咲かせています。昼間忙しそうに蜜を運んでいたミツバチたちも、今は疲れて眠っているのでしょう。月の光の下でミモザの花は金色に輝き、甘い蜜の香りを漂わせています。

「………」
 竹林の方から誰かがヒソヒソと話す声が聞こえてきました。
「お母さん、お腹すいたよ」
 目を凝らしてみると、暗がりの中にイノシシの親子がいました。大きな体の母さんの後ろには子供のたちがいます。子供たちは全部で五匹、体の大きさは僕と同じくらいで横に縞模様が走っています。お父さんが言っていたウリ坊って、この子たちのことだとすぐに分かりました。

 イノシシの親子は、お父さんの張ったネットの前で立ち止まったままです。きっとネットが邪魔をして中に入って行けないのでしょう。お父さんの喜ぶ顔が目に浮かびました。でもようすが少し変です。よく見ると母さんのイノシシがネットをくわえて、クチャクチャと口を動かしています。

「ほら、開いたよ。母さんは外で待っているから、自分たちで筍を掘ってごらん」
 イノシシ母さんはネットを食い破って、子供たちが入れるくらいの穴をあけてしまいました。食い破られたネットを見て、お父さんはきっと悔しがることでしょう。

「母さんは来ないの」
 最後に残った一番小さなウリ坊が聞きました。
「母さんはここで待っているからね、心配しないでお行き。お腹が空いただろう。母さんはさっき落ち葉の中のミミズをたくさん食べたからね、今はお腹がいっぱいなのだよ」
 小さなウリ坊が兄さんたちの方に走って行きました。

「あったぞー」
 一番大きなウリ坊が声をあげました。てんでに筍を探していたウリ坊たちが集まって、鼻先で土を掘り始めました。ウリ坊たちの丸いお尻の先の、小さな尻尾が楽しげに揺れています。

「ま―ぜーてー」
 僕は柿の木に登って、竹林の中を見ていました。でもウリ坊たちがあんまり楽しそうにしているものだから、思わず声を掛けてしまいました。

「いーいーよ」
 誰かが返事をしました。僕は嬉しくなって柿の木から飛び降りると、ウリ坊たちの中に入って行きました。一番小さなウリ坊が僕に気づいたのか尻尾を振っています。でも他のウリ坊たちは、僕のことなどまったく気付かないようです。

 「誰だ、お前」
一番大きなウリ坊が僕に気がついたのは、三本目の筍を食べ終わった時でした。
「僕は保健所にはいかないよ」
「おいらは罠にはかからないよ」
 僕たちは鼻と鼻をチョコンと合わせて挨拶をしました。
「おいらは罠にはかからいよ」
「あたいもかかったりしないよ」
「僕だってそうだよ」

 ウリ坊たちの挨拶が終わるころには、僕たちはもう友達でした。それから一緒になって筍を掘り始めました。土はとても固いのですが、ウリ坊たちは器用に鼻先で掘っていきます。僕はツバメの教えてくれた、象という大きな動物のことを思い出しました。

「あのね。南の国には、鼻が長くて体がとてつもなく大きな動物がいるンだよ」
 僕は知ったかぶりをして、ウリ坊たちに象の話を始めました。
「え、どれくらい鼻が長いの。体は母さんよりも大きいの。聞かせて、聞かせて」
 ウリ坊たちが目を輝かせて、僕の周りに集まってきました。
「象と言うのはね、南の国の生き物でね。大きな家の中に猫と一緒に住んでいるンだ」
 僕はツバメから聞いた話を、さも自分が見て来たように話し始めた時でした。

 その時でした。
「危ないよ、戻っておいで」
 暗闇の中から危険を知らせるイノシシ母さんの声が聞こえてきました。慌てて母さんの所に戻って行くウリ坊の後について、僕もイノシシ母さんの所に行きました。

「静かにおし。若い雄が二匹、近くをうろついているよ。母さんがこれから追っ払って来るから、お前たちは見つからないように隠れているのだよ。あいつらは腹を空かせたはぐれイノシシだよ。欲しいのはおいしい食べ物と、自分の縄張りだ。そのためにはお前たちが邪魔で仕方がないのさ。あいつらに見つかったら、お前たちは殺されてしまう。だからしっかり隠れているンだよ。それから人間に見つかってもいけないよ。鉄砲で撃たれてしまうかね」
 
 イノシシ母さんはそう言い残して、暗闇の中に消えて行きました。僕たちは竹林の外れの藪椿の木の下で、体を寄せ合って隠れました。息を殺して暗い竹林の中で、イノシシ母さんを待っていました。

「母さん、遅いね」
 一番小さなウリ坊がポツリと呟きました。ぼくは前にどこかで、同じような気持ちになったことがあると思いました。でもそれがどこだったのか、どうしてそんな気持ちになったのかは、思い出せませんでした。でもとても不安だったことだけは覚えていました。

「心配いらないよ、母さんはきっと帰っくるよ」
 僕は今にも泣きだしそうなウリ坊を抱きしめて、毛繕いを始めました。
「そうだね、心配いらないね」
 ウリ坊はやがて小さな寝息を立て始めました。

 遠くで争うような声が聞こえ、体を激しくぶつけあう音がしました。数匹の動物の入り乱れた足音が遠のくと、暗い林の中は不気味なほど静かになりました。

 頭の上からポトリと何かが落ちてきました。僕は驚いて目が覚めました。いつの間にか僕は眠ってしまったようです。体を寄せ合って眠っているウリ坊たちの上に、赤い花が一つ落ちていました。
「椿の花か……」
 僕は藪椿の木を見上げました。藪椿の枝先の緑色の葉っぱが揺れて、赤い花がもう一つ落ちてきました。

「何かいる」
僕はそっと起き上がると、地面に伏せてもう一度枝先が揺れるのを待ちました。
「さあ、家に帰るよ」
微かに枝先が揺れた瞬間、突然イノシシ母さんの声が聞こえてきました。ウリ坊たちが起き上がったとたん、赤い椿の花がポトリとまた落ちてきて、枝の間から鳥が飛び立ちました。ヒヨドリが椿の蜜を吸いに来たのでしょう。気が付くと辺りはすっかり明るくなっていました。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前20

2019-07-29 14:46:00 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前20

(春)春ってなぁに⑥

「あら、やけに鳥たちが騒がしいと思ったら、ツバメが帰って来たのね。ツバメも帰って来たばかりで疲れているのかしら、鳴き声がなんか変だわ」
 お母さんは頭にかぶった帽子を脱いで、鳥たちの鳴き声を聞いています。ヨモちゃんはとっくに車の下から出ると、草むしりするお母さんの足元に寝ころんでいます。近くには黄色い糸水仙の花が咲いており、辺りに甘い香りを漂わせております。

「あいつらバッカじゃないの」
 ヨモちゃんは空を見上げて言いました。
「私たちは忙しくてね。馬鹿なカラスの相手なんてしている暇など無いよ」
 ツバメたちは軒下を出たり入ったりしながら、巣をつくり始めました。カラスもいつの間にかどこかに飛んで行ったようです。

 ヨモちゃんがお母さんの傍で甘えているものだから、僕は少し悔しくなりました。ソロリソロリとヨモちゃんの後ろから近づいていきました。
「来ないでよ」
 僕に気づいたヨモちゃんは、ピョンピョンと庭石の上を飛びはねながら、梅の木に飛び上がりました。

「お母さん、来たよ」
 僕はしばらくお母さんの足元に居たのですが、お母さんは草むしりばかりをしていて、遊んではくれそうにありません。

「ヨモちゃん、遊ぼう」
 退屈した僕は、ヨモちゃんが登っている梅の木の下に行きました。梅の木は所々に棘のようにとがった枝があり、登るには難儀します。でも木登りの特訓をした甲斐があり、僕は素早く登っていきました。

「何よ、あんたここまで来られるの」
 ヨモちゃんはどんどんと上にと登って、ついにテッペンの枝先まで上がっていきました。もう後がありません。あと少しで、でヨモちゃんに手が届きそうです。

「バイバイ」
 ヨモちゃんが突然空に向かってジャンプしました。大きく後ろ足で空中を蹴って、離れの屋根に飛び移りました。
「その手があったか」
 なるほど、梅の木は離れの部屋の屋根の近くまで枝を伸ばしております。ヨモちゃんの身軽さならば、飛び移ることも可能な距離です。

「やーい、ここまでおいで」
ヨモちゃんが屋根の上で囃し立てています。忙しそうに軒下に出入りしていたツバメたちも電線に止まって、ことの成り行きを見ています。この分だとカラスもどこかで見ていることでしょう。でもお母さんだけは下を向いたまま、草むしりに余念がありません。

「行ってやるよ。そこまで」
 もうこうなったら後には引けません。梅の木の一番テッペンから 僕は枝を力いっぱい蹴って、屋根に向かって飛んだつもりだったのですが……。「残念」前脚が屋根に届きません。「落ちる」と思った瞬間、僕は思いきり尻尾を膨らませました。
「えーい」
体が空中で一瞬止まり、僕はふわりと地面に着地しました。

「今の何」
 ヨモちゃんが屋根の上から覗いています。ツバメは何もかったように、電線から飛び立っていきました。遠くで聞き覚えのある鳥の羽ばたく音が聞こえました。

「そろそろお昼ね。今日はお父さんの好きなカレーうどんよ、フサオもおいで」
 気が付いていないのはお母さんだけです。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前19

2019-07-29 11:35:12 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前19
 
(春)春ってなぁに⑤

 庭の草むしりをしているお母さんの横に、ヨモちゃんがいます。お母さんのお手伝をしているつもりかな。
「僕もお母さんのお手伝いしようと」
「あっち、行こうっと」
ああ、せっかく一緒にお手伝いしようとおもったのに、ヨモちゃん車庫の前に行っちゃった。それでもいいか、お母さんと一緒だもの。雨あがりの濡れた地面からは、モワモワと白い水蒸気が立ち昇って、ほんのりと甘い土の香りがしてきました。

 いつの間にか眠ってしまった僕は、空から騒がしい声がするので目が覚めました。
「帰ったよ、帰ったよ」
 見たことの無い黒い小鳥が、すごいスピードでヨモちゃんめがけて急降下してきました。
「えーい」
 ヨモちゃんは大きくジャンプして、小鳥を捕まえようとしました。でも小鳥はヨモちゃんの前脚をさっとかわして、空高く舞い上がりました。

 ヨモちゃんをからかうように、小鳥は何度も飛んできます。その度にヨモちゃんは大きくジャンプします。でも小鳥の飛ぶスピードはずば抜けて早く、さすがのヨモちゃんもこれにはお手上げのようです。

「まったく、あんなうるさい奴ら、帰って来なくていいに。もう、止めた」
 いいかげん疲れたのか、ヨモちゃんは車庫の中の車の下に潜りこんでしまいました。なるほど車の下ならば、小鳥たちも空から攻撃できません。

「あはは、お間抜けさん。今年もまたここで子育てをするからね。子供たちを捕って食べたりしたら承知しないよ」
小鳥は車庫の上をクルクル回りながら飛んでいます。

「なんだ、お前たち帰って来たのか」
騒ぎを聞きつけてカラスがやって来ました。
「なんだよ、帰って来て悪いかい」
小鳥たちは、今度はカラスめがけて攻撃を開始しました。
「なんだよ、帰って来た早々。もう喧嘩を吹きかけてくるのかい」
「どうせお前は、私たちの子供を狙っているのだろう。あっちにお行き。子供を襲ったりしたら承知しないよ」
「帰って来たばかりで巣も出来ていないのに、子供なんかいる訳ないじゃないか。それより聞かせておくれよ。南の国の話を。お前たちが冬になると渡って行く国は、どんな所なんだい。そこにはおいらたちみたいなカラスはいるのかい。おいらが行っても暮らしていけるかい」
「お前みたいなカラスがいるかって。さぁ、どうだったかな。お前と同じような黒い羽をした鳥はいたけど、カラスだったかは分からないなぁ」

「じゃぁ、猫はいないの」
僕は思わず聞いてしまいました。
「おや、君は誰だい」
小鳥たちは僕の頭の上をグルグルと回り始めました。

「ああ、こいつは新入りだよ。去年の台風の日に死にかけていた所を、ここの奥さんに助けられたンだ。おいらこいつが死んだら食ってやろうと思っていたのに、生き返っちまって。いつの間にかこんなに大きくなっちまった。今さら食ったってまずいだろうな。早く食っとけばよかった」
「じゃぁ君は、ここの家の猫だね。怖がらなくてもいいよ。カラスの奴は口が悪いが、そんな悪い奴じゃないよ。ちょっと食いしん坊で、なんでも食べたがるところがあるけどね。それにしても君の尻尾はフサフサだね」
「うん。ここのお父さんはぼくのことを、尻尾フサフサ君って呼ぶよ」
「フサフサ君か、いい名前だね。いいかいフサフサ君、私たちはこれから軒下に巣をつくって、卵をかえすからね。卵からかえった雛たちを、捕って食べたら承知しないからね」
「こいつはそんなこと出来やしないよ。まだネズミだって捕ったことが無いンだぜ。この間やっと蝶々を捕まえたくらいだからな。それも冬眠から覚めたばかりの、まだ寝ぼけているような蝶々をやっとだぜ。」

 何度も逃げられてやっと蝶々を捕まえた所を、カラスに見られていたなんて。
「言ったな。今にネズミだって捕れるようになってやるよ。でも約束するよ。決してあなた達の子どもは捕ったりはしないと。だから教えておくれ。その南の国って所にも、猫はいるの」
「猫はたくさん見かけたよ。黒猫に白猫、三毛にキジにトラ猫。何処に行っても猫はいたよ。象の住んでいる小屋には君みたいなフサフサ君がいたな」
「象って、何」
「象っていうのはね、南の国に棲んでいる、鼻が長くてとてつもなく体が大きな動物のことだよ。そこに停まっている車なんか、片足で踏みつぶしてしまうくらいに大きくて力が強いンだ。だから小屋って言っても、大きな象が暮らす小屋だよ。ここの家の倉庫よりももっと大きい建物だよ。

 象はもともと森に棲んでいる野生動物でね。それを人間が捕まえてきて仕事をさせているンだ。昔は伐採した木材を運んだりしていたが、今では観光客を乗せて森の中を案内して回っているよ。何といっても南の国の森に中は、サイやヒョウが潜んでいるからね。川辺だってニシキヘビやワニが待ち伏せしているしね。象の背中なら観光客も安心して森の中を見て回れるだろう。

 小屋の中には象が何頭も居て、大量の干し草を食べているンだ。猫はその小屋に住み着いていてね。象とはとても仲がいいンだ。毎朝象の鼻先に自分の鼻先をコッツンとくっ付けてね、朝の挨拶をしているよ。

朝の挨拶が終わると、今度は小屋の中を散歩するンだ。象の足の下敷きになったらペッタンコになってしまうだろうに。でもあいつは怖がるようすもなく、勝手気ままに象の足の下を歩き回るのさ。もちろん象もあいつのことを踏みつけてしまわないように、気をつけてはいるけどね」

「おい、そこにはカラスはいないのかい」
「さーねー。忘れちゃったなぁ」
「南の国では、猫と象は仲良しなの」
「まあ、そんなところかな」
「ねぇ、僕も南の国に行けるかな」
「無理、無理。第一お前には羽が無いだろう」
カラスは電線に止まって、羽を大きく広げて見せました。
「いくら羽を持っていたってお前の羽じゃ、海は渡れないよ」
「なんだって、どうして渡れないンだい」
カラスはむきになって聞きました。
「ただ、羽をバタバタさせれば良いってものでもないンだ。風に乗るのさ」
「風に乗る」
僕とカラスは同時につぶやきました。

「この空の上には気流って言う風の流れがあるのさ。ぐんぐん空に羽ばたいて行って、一気に風の流れに乗るンだ。すると体が浮いたままで、羽を動かさずに遠くまで飛んでいけるのさ」
「羽が無いと気流には乗れないの」
「うん、残念だけどね。でももし君が空の上に昇って行くことがあったなら、その尻尾を思いっきり膨らませてごらんよ。もしかした気流に乗ることができるかもしれないよ」
「じゃぁ、おいらはどうすれば気流に乗れるのかい」
「あっ、思い出したよ。南の国にはカラスなんていなかったよ。だってカアカアなんて変な鳥の鳴き声は、南の国では聞いたことが無かったよ」
「何だと、変な鳴き声だって。お前たちよりマシじゃないか。お前たちこそ、泥食って、虫喰って、口渋い。なんて愚痴りながら鳴いているじゃないか」
「なんだって、もう一度言ってみろよ。ただ置かないからな」
小鳥たちはカラスへの攻撃を再開しました

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前18

2019-07-29 11:21:54 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前18

(春)春ってなぁに④

 暖かな日が続いた後にはまた寒さがぶり返し、台所のストーブもまだまだ活躍しています。それでもお日さまは朝早くから顔を出し、夕方には名残惜しそうに西の空にいます。

 お父さんの努力の甲斐があり、竹林の中はウリ坊に荒らされることも無くなり、しばらくすると筍が頭を出し始めました。食卓には毎日筍料理が並ぶようになりました。

 あれからというもの、僕はヨモちゃんの登った柿の木に、毎日登っています。最初は爪を木の皮に立ててどうにかテッペンまでよじ登ったものの、半回転して体の向きを変えることができませんでした。困って木の上で鳴いていると、お父さんが来て助けてくれました。それでも懲りずに登るものだから、そのうち放っておかれるようになりました。

 その日は朝からずっと登ったままでした。どうしても体の向きを変えることができなかったのです。やがて夕方になってあたりが暗くなってきました。お腹は空くし寒くはなるし、僕は思い切って体の向きを変えてみました。

「よっ、ほっ、怖えー。できた」
慎重に木の幹を降りていき、途中で竹林の中に飛び降りた時には、脚ががくがく震えていました。でも自分で竹林の中に入って行ことが出来ました。
喜んだのも、つかの間。今度はネットの目の中を飛び抜けることが、どうしても怖くてできません。暗くなって僕を探しに来たお父さんに助けられるまで、ずっと竹林の中で鳴いていました。

「すごいじゃないかフサオ、ヨモギみたいに木の枝から飛び降りたのかい」
 お父さんが僕を誉めてくれましたが、ネットから出られなかったことは一言も言いません。
「お父さん好き」
「そうか、心細かったのか」
 お父さんは僕を抱っこして家に帰りました。お父さんの腕の中はとても暖かでした。ぼくがつけた父さんの頬の引っ掻き傷は、もうほとんど分からなくなっていました。僕は早くヨモちゃんみたいになりたいと思いました。