草むしり作「わらじ猫」後2
大奥のお局さま②若君は風呂嫌い2
外はうっすらと明るくなっていた。水汲みでもしているのだろうか。桶を重そうに持った、お端下(はした)の姿が木々の間からチラチラと見え隠れしている。
二月も半ばに入ったとはいえ、朝の空気はまだまだ冷たく、身震いをするほどだった。それでも饐えたような臭いがする部屋の中にいるよりは気持ちがいい。大きく息を吸い込んむと冷たい空気が体中を駆け巡り、思わず身震いしたが、すがすがしい気持ちになった。
―おや、もう花が咲いている。
何気なく目をやった梅の木の蕾が大きく膨らみ、ちらほらと花を咲かし芳しい香りを漂わせている。このところ若君のことで頭が一杯で気づきもしなかったが、いつの間にか春が来ていた。
―今年も無事に花を咲かしているだろうか。
お局様さまは池の端の梅の木に目をやった。この古い梅の木は上様がお生まれになったときから、すでにこの大きさだったような気がする。幼い頃の上様は寝起きが悪く、目が覚めるとしばらくはぐずぐずと泣いていたものだった。そんな幼い上様を抱いては、この木の下でよくあやしたものだった。
ねじれあがった根元の幹はすでに朽ち果て樹皮のみを残している。そのわずかに残った樹皮から養分を吸い上げ、花を咲かせ実を付ける。毎年実った梅の実はお局さま手ずから塩漬けにし、三日三晩土用干しにした後上様の朝食に添えられる。
―あんなところに猫がいる
池の水面に張り出した梅の枝先が不自然に揺れている。何だろうと思って庭に出たお局さまは、枝の先に一匹の猫が登っているのに気がついた。中が朽ちて洞(うろ)になってしまった幹は、枝をささえきれずに大きく水面にかしいでいる。倒れないように添え木が当てられ、なんとか枝が折れずに済んでいるのだが。猫はやっと持ちこたえている枝の上に止まっている。
―このままでは枝が折れてしまう。
そう思った時だった、猫はお局さまに気づいたのだろうか。枝から池の中に置かれた飛び石の上に狙いを定めて飛び降りた。そしてそのままピョンピョンと飛び石を渡ってお局さまのほうに一目散に走って来た。まるで助けを求めるような走り方で、あっというまお局様の後ろに走り去った。
「………」
猫は一匹ではなかった。逃げていった猫を追いかけるように、梅の木の根元から二匹の猫が飛び出してきた。先に逃げた猫に比べるとずいぶんと体が大きい。二匹は尻尾を膨らませ体を弓なりにしてそろりそろりと近づいてくる。大きく見開いた目がこちらを見据えている。
お局さまの背後でも猫の唸り声が聞こえてきた。さっきの猫であろう。それに負けずと二匹の猫の唸り声も凄みを帯びてきた。
ひときわ大きく唸り声がしたときだった。空を切るような音とともに薪が飛んできた。薪は狙いを定めたように猫の鼻先をかすめ、地面に乾いた音を立てて落ちた。とたんに二匹の猫は驚いて逃げ出していった。
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