草むしりしながら

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草むしり作「わらじ猫」前9

2020-01-23 07:07:05 | 草むしり作「わらじ猫」
草むしり作「わらじ猫」前9 

㈡吉田屋のおかみさん④

 次の日おかみんは貸し本屋から、御伽草子を借りてきた。おなつの桃太郎も悪くは無かったが、信二があれを本当の桃太郎の話思い込んでしまっては困ると思ったからだ。

 ためしにおなつに読ませてみた。一年ほど手習いに通ったと聞いたが、抑揚を付けた読み方は感心するほど上手だった。これは意外と見込みがあるかも知れない。丁稚たちと一緒にそろばんを仕込んでみようかと思った。

―それにしてもおかしい、帳尻が合わない。
 何度そろばんを置き直しても、やはり合わない。おなつのことどころでは無くなった。

 貸本を両手に抱え、信二はおなつが台所の片づけが終わるのを待っている。やっと鍋を洗い終えたころ、お関が手習いに行ったお糸の迎えを言いつけた。
「坊ちゃん帰ったら読みますからね」
おなつは慌てて表に飛び出していった。

 けっきょく信二が新しく借りた御伽草子を読んでもらえたのは、昼間の八つのころだった、その時間は店の奉公人たちも一休みする。おなつは信二にせがまれるままお茶の支度を終えると、いつものように縁側の踏み石の上に腰掛けて本を読み始めた。ふと誰かに見られている気がして顔を上げた。丁稚たちが遠巻きにおなつの読んでいる本の話に聞き入っていた。それからは毎日八つの休憩時間は、おなつが本を読む時間になった。

 おなつが奉公に上がったばかりの頃、丁稚たちは「おなつ大木、一本松。七月八日の大嵐、雷落ちて真っ黒け、鍋の底よりまだ黒い。」などと節をつけてはやしたてていた。だがこの頃ではそんなこともしなくなった。おまけに八つには休憩できるように仕事の手際も良くなった。そのおかげでだんなの機嫌がすこぶるいい。

 体が弱く内気だったお糸は、手習いのほうも休みがちだった。しかし年下のおなつが自分よりも上手に本が読めるのに発奮したのか、手習いに進んで行くようになった。タマのおかげで鼠もほとんどいなくなったようだ。おかげでお糸が咳き込むこともなくなった。

 おかみさんは相変わらず帳場でパチパチとそろばんをはじいている。何度も置きなおしては考えこんでいる。
「お前さんちょっとこれを見ておくれでないかい」
 タマを膝に乗せてお茶を飲みながら、おなつが本を読んでいるのを聞くとは無しに聞いていた、だんなに声をかけた。
 
「毎度、魚屋でございます」            
 太助はおなつが吉田屋に奉公に上がると、時折顔を見せるようになった。「出入りの魚屋があるからと」初めのうちこそ太助を追い返していたお関だったが、愛想のいい太助とはすぐに打ち解けた。おまけに太助は包丁などを気安く研ぐので、この頃ではワカメや煮干などの乾物は太助から仕入れるようになっていた。

「お関さん、上物のワカメが手にはいったよ。それから烏賊(いか)が大漁でね、塩辛を作ってみたんだけど」
 太助はお関に頼まれていたワカメの包みと一緒に、塩辛を包んだ小さな包みも渡した。

 何か口実を付けてお関にちょっとしたものを持って来ては、そのついでに包丁研ぎも請け負う。いつもおなつの顔をちょっと見ると安心したように帰っていく。帰りしなに長屋の家族の話をほんの少しだけして行く。

「おとっつぁんの足はだいぶ良くなって、借金は棟梁が肩代わりしてくれたそうだ。」

 お関は太助の気持ちは分からなくもないが、厳しく仕込むのが本人のためだと思っていた。それでなくてもこの頃だんなやおかみさんは、おなつに甘くなっている。
おなつが奉公に上がってもうじき三ツ月になる。最初のころはお関に布団をはがされないと起きられなかったが、今ではお関が起きた頃には飯が炊き上がっている。
 
 お関にはおなつを一人前に仕込もうとするあまり、少し度がすぎて厳しいところがあった。歳の割には体が大きく肉づきのいいおなつは、見方によっては愚鈍に見えるときがある。頭ではまだ九つだと分かっているのだが、こんな大きななりをして、これくらい事が出来ないのかと思うこともある。それが何度か続くとイライラしてしまい。罰に夕飯を食べさせなかったりもした。

 しかしそんなときに限ってタマが特大の鼠を捕ってきて、だんなの部屋の前に置いておく。だんなは大喜びで小僧に片付させると、おなつに褒美の饅頭を食べさせる。タマは汁かけ飯しか食わないので、代わりにおなつに褒美をやるのだった。

「不思議な猫だねぇ。いいかいあたしはね、おなつが憎くって叱るわけじゃないんだよ」
汁かけ飯を旨そうに食うタマにお関が話しかけた。


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