uparupapapa 日記

今の日本の政治が嫌いです。
だからblogで訴えます。


中国の変わり身の早さは世界最速ーインドネシア高速鉄道起工式から明日で2カ月、工事開始はまだ

2016-03-21 05:03:38 | 日記
2016年3月19日、インドネシアの高速鉄道の工事が未だに着工しない。

1月21日にはジョコ大統領や中国の国務委員らが出席しての起工式が行われてから

明日で2カ月になる。

3月16日に事業契約書が手交され、インドネシア政府の負担を求めない旨が、

記載されたという。

月内の着工を目指しており、

近日中に国土交通省が建設許可を出すとの見通しも伝えらている。

2019年開業予定で昨年9月にインドネシア政府が

中国に発注を決めたジャカルタ―バンドン間・約140Kmの高速鉄道は、

最初からツマズキ通し。

完成に漕ぎ着けることが出来るのか注目されている。


二転三転は当たり前で中国の当初提案では、

インドネシア政府に債務保証は求めず、

インドネシア政府は、一切財政負担をしないとの内容だったが、

途中からインドネシア政府の保証を求めてきた経緯もあった。

一方、インドネシア政府は、中国に対して、

ルートには活断層が3つあるため、地震対策を求め、

早期地震検知警報システムの導入も必須要件としている。

事業契約書の詳細は明らかにされておらず、

契約書の効力についての不信感も強い。
.

世界各地で、中国の場当たり的な対処営業に非難が集中している。

ライバルの提案よりも数段画期的な好条件を笑顔で提示するものの、

提案の根拠はなく、思い付きレベル。

受注が決まると態度が豹変、高圧的で自信満々の姿に早変わりする。

変わり身の早さは世界最速だ。
.

起工式とは、何のセレモニーだったのかと疑問の声も上がり、

ジャカルタの地下鉄工事のように

信頼度の高い国(日本)に依頼すべきだったと、反省の声も聞こえる。

【編集:kyo】


-Global News Asia 3月19日(土)0時48分配信 -






≪中国に騙された! ずさんすぎる高速鉄道計画に大きな後悔ーインドネシア≫



2016年1月31日、インドネシアの高速鉄道の工事が未だに着工しない。

建設許可はクリアされていないものの、

21日にはジョコ大統領や中国の国務委員らが出席しての起工式が行われたことから、

建設許可の見通しがあり、一両日中に許可が出ると見られていたが、

とんだ誤算の起工式になってしまった。


地元メディアによると、中国から提出されていない必要書類が多く、

また一部提出された書類は、中国語だけの記載がほとんどで、

インドネシア語や英語ではないため、

審査担当者は読むことも出来ず審査が進まない。

許可を出した区間はわずか5Kmだけ。

中国は高速鉄道を建設する意欲が、

中国の国内問題を背景に下がっており、

中止に持ち込みたいのではないかと疑心暗鬼になっている関係者もいる。


スタート前からこれほどトラブルの連続になるとは

インドネシア政府の関係者も思っていなかったようで、

期待を裏切られ騙されたのではないかと、後悔する声が強まっている。



また、現政権の面子を保つために無理を押して起工式に漕ぎ着けた格好だったが、

1月中に着工出来なかったことで、

インドネシア国内でも不安を口にする見識者が増加。
 
2019年開業予定で、昨年9月にインドネシア政府が中国に発注を決めた

ジャカルタ―バンドン間・約140Kmの高速鉄道が

当初計画通りに開業する可能性は、限りなく低い。

インドネシア国土交通省は、中国政府に対して

「工事期間中にトラブルが生じてもインドネシア政府は一切責任は持てないので、

中国政府の保証が必須だ」と伝え、

「工事が完成できなかった場合、中国が原状回復の責任を持つ」

と契約書に追加してほしいと迫った。

フィリピン・マニラ郊外での鉄道建設(南北通勤鉄道計画)を

中国が途中で投げ出し撤退、

その後日本のODAで工事を続行することになったことも、影響しているようだ。
 

当初は、日本の新幹線方式の導入が有力だったが、

中国は破格の条件で受注競争に勝利した。
 

2015年8月にインドネシア政府に提出した中国の提案書には、

日本の提案書を元に作成されたと思われる痕跡があった。

日本は、ボーリング調査を行なうなどして

地質調査や需要の予測などを数年かけてまとめて、

途中駅の入ったルート図を含む提案書を

インドネシア政府に提出していたが、

中国が提出した提案書にも同じデータが入っていた。

またルート上の地点で中国がボーリング調査を行なったことは無く、

日本の提案情報が何らしかのルートで

中国に流れていたのではないかと見られていた。

中国の海外での鉄道建設についてのトラブルは、

比較的多いと言われており、提出資料の完成度がずさんだったり、

金利や建設費用の負担額が当初の予定より増えることもある。

なかなか信頼関係を構築するのは難しい。

【編集:kyo】

-Global News Asia -





記事の内容が重複しているのは、

下の記事は2016年1月31日にアップされたもので、

上の記事が 3月19日のものと、

同じ人が書いた記事を、時系列を逆にして紹介したからだ。


上の記事だけでは事情を理解するには不足していると思ったから

補足のつもりで過去のニュースを付け足した。




インドネシアの高速鉄道の発注に

横槍を入れるように割り込んできて

強引に奪い去るような芸当を目の当たりにさせられ、

茫然自失になっていた日本。



極めて悪質で、悪意に満ちた営業妨害だった。


そして、契約を奪い去った後の中国の無責任さと

豹変する変わり身の早さは、

今度はインドネシア国民が茫然自失とさせられた。



今更日本と契約すれば良かったと後悔されても

早くから地道にコツコツと現地調査を進め、

受注のための努力をまじめに取り組んできた日本の姿を

インドネシア政府は見ていたはずだ。

そんな努力の結晶であるデータも後から参入してきた

中国のデータが同一、または酷似していたことを知った時点で

あれは盗み取られたもので、

邪まな中国の悪意あるやり口であると気づいていたはず。


それでも破格な条件に目が眩み、

日本に対する裏切り行為に等しい選択をしたのは

当のインドネシア政府である。

ハッキリ言って自業自得だ。

今さら後悔されても後の祭りだと云いたい。


でもこういう生き馬の目を抜くようなこともあるのが

ビジネスの世界。



日本は政府も企業も痛い教訓となったろう。


しかし気になるのはフィリピン・マニラ郊外での

鉄道建設の対応だ。


中国が投げ出したあと、日本のODAが工事を受け継ぎ

続行させたのは、悪しき先例となった。


そりゃあフィリピンからは感謝されたろう。


でもあまりにもムシが良すぎる話だし、

受けた日本もお人よし過ぎる。


そんなことがあっての今回のインドネシア。

「途中で中国が投げ出しても

日本が尻拭いしてくれるさ。」

的な発想で契約相手を鞍替えされても

日本は中国の下請けでも、おこぼれ頂戴国家でもない。




「今恩を売っておけば、次回以降は

日本に回帰してくれるさ」とでも思っているのだろうか?


だとしたら甘い!!


中国は同じ手口で何度も日本から仕事を奪い

何度も相手国はだまされるだろう。


目の前に破格な条件を提示され、

「あの時と今の中国は違う。信用してくれ」

と言われたら、コロッとだまされるのだ。




それにしても2000年以降急激に触手を伸ばしてきた中国。

あまりに強引過ぎる行動は目に余るものがある。


その原点となる歴史的準拠は

1405年の第1回から1430年の第7回に及ぶ

「鄭和の南海遠征」にある。

当時としては考えられないほどの大規模な艦隊

(二〇〇余隻とも考えられている)を率いて、

東南アジアから中東・アフリカに至る侵略行為を含む

朝見強要外交が発想の出発点だ。



習近平は明のそうした先例に習い、

強い大帝国の復活を目論んでいる。


そしてそんな中国が一番敵視している国が日本だ。


今後日本がとれる選択肢は

それほど多くない。

どんなに裏切られても、東南アジア諸国に手を差し伸べ

連携・関係強化を図り、中国と対峙してゆく他ないだろう。


前言と矛盾するが、それしかないのだ。

どんなに甘くとも、お人よしでも

その道を進むしかない。




今まで日本は中国に多大な貢献をしてきた。

何度も謝り、援助もしてきた。

それでも中国の対応はこの通りだ。


どんなに中国人が日本で観光旅行をして、曝買いしても

日本が敵国であり、憎むべき民族なのは

永久に変わらないと心すべきだと思う。



関係改善を模索するより

どうしたら「やられないか」を最優先事項として考えるべきだ。



仮に中国との協力・協調関係を再構築ができても

それは中国にとってはうわべだけ。

日本から搾れるだけ搾り取り、力をつけた分、

日本攻撃に使うのだ。

結果、利敵行為になるだけなのは目に見えている。




AIIBにすり寄ろうとする日本の対応に

大きな懸念を持つオヤジが一句。




金を出す 人が一番 誰だって




お粗末。




























































































大アクビに携帯ピコピコ、答弁者の横で堂々読書 国会映像大ヒンシュク・松島元法相が読んでいた本とは

2016-03-20 03:38:12 | 日記
豪快にアクビをし、ウツラウツラと舟をこぐ。

目を覚ましたかと思えば、

携帯電話をピコピコいじり、読書にふける――。

元法相で自民党の松島みどり衆院議員(59)

の審議中の態度があまりに「ひどすぎる」として

ネット上で批判が相次いでいる。



携帯をいじる様子や読書する様子はこちらから

http://www.j-cast.com/2016/03/18261806.html?photo=2





松島氏は事務所を通じて

「弁解の余地もございません。深く反省しております」

との謝罪コメントを出した。


■「喫茶店で暇つぶししとるオバハン」「税金払いたくない」


問題となったのは、2016年3月9日の衆院外務委員会だ。

席は岸田文雄外相(58)の隣。

松島氏の姿は、岸田氏が答弁に立つたび

国会のネット中継のカメラにしっかりと映ることになった。



松島氏は開始直後から眠たそうな表情を浮かべ、

5分後にはウトウトし始めた。

疲労が溜まっていたのか、

朝8時30分という開始時間が早すぎたのか。

口を手で隠すこともなく、

大きなアクビをすることも何度かあった。


起きていても審議内容は上の空。

約30分後には携帯電話を取り出して、

ボタンをカタカタカタ...。

ピンク色のガラケーはその後も度々登場し、

よく見えないのか、

時おり画面にじっと目を凝らす場面もあった。



開始から1時間経った頃には、なんと本を読み始めた。

岸田氏が真横で真剣に答弁しているにもかかわらず、

背もたれに寄りかかりながら読書にふける。

途中、熟睡状態に陥ったり、

ボーっとしたりすることもあったが、

「読書タイム」は中継に映っていただけでも20分以上はあったようだ。



ネット中継には、

ウトウトしたり携帯電話をいじったりする議員は他にも映っていたが、

松島氏は、その中でもズバ抜けて「やりたい放題」だった。

そのためか、この審議動画は

「あまりにひどい」としてネットにあっというまに拡散。

「こんな奴らが税金で生活してるかと思うと本当に払いたくない」

「やる気ないのは判りましたので即刻議員辞めてください」
  
「喫茶店で暇つぶししとるオバハンか!」

などと批判が相次いだ。

また、周囲が松島氏に注意しないことに対しても

疑問の声が少なくなかった。

13日には「日刊ゲンダイ」が本人に直撃したが、

ネット上の批判について質問すると

「知らない。見たことないわ」と答えたきり、

無言を貫いたという(15日付紙面より)。


J-CASTニュースが18日に取材を申し込むと、

松島氏は国会事務所を通じて

「今回の衆議院外務委員会での私の所作につきましては、

弁解の余地もございません。深く反省しております」

とコメントした。


松島氏は2014年に法務大臣として初入閣。

しかし、選挙区内の祭りで自身のイラストなどが描かれた

「うちわ」を配っていたことが

「寄付行為を禁じる公選法に違反するのではないか」

と野党から追及され、2か月たらずで辞任した。


なお、17日放送の「白熱ライブ ビビット」(TBS系)では、

松島氏がどんな本を読んでいたのか映像をもとに独自に分析。

16年2月に刊行された文春新書「世界最強の女帝 メルケルの謎」

(佐藤伸行著)とみられる――と結論づけた。


コメンテーターの千原ジュニアさん(41)は

「ちょっと恥ずかしいですね。

芸人が『爆笑王チャップリンになる術』みたいのを

読んでるみたいなことでしょ?」と皮肉っていた。


-J-CASTニュース 3月18日(金)18時51分配信-






またまた議員批判の日記となった。

特に議員を批判することが好きなわけではないが、

日記のネタにし易いのだ。

国の行く末にも関わることでもあるし、

政治に対し、一般の国民もきちんと声を上げることが

民主主義社会において必要だと考えていると

行政に対する監視の過程で

どうしても議員のアラが見えてくる。


松島みどり衆院議員の

2014年に法務大臣として初入閣した当時の

選挙区内の祭りで自身のイラストなどが描かれた

「うちわ」配布事件に対しては、

正直どうでもいいと云う感想しかなかった。


うちわなんて、街頭のテッシュ配り程度の行為っであり、

寄付行為を禁じる公職選挙法に違反すると云っても

辞任の必要まであるのか疑問に思っていた。

まあ、法律に違反する行為なのは間違いないので

処罰は当たり前なのだが、少々重すぎはしないかと

思いながらも、やはりどうでもよかった。



しかし、今回の問題の様子は、

どうにも看過できる問題とは言えないようだ。


「朝8時30分からの開始時間が早すぎたのか」

と書かれているが、その時間帯はもう

学校や会社は始まる頃でしょう。

世間の一般常識からしても、決して早すぎる時間ではない。


審議に入る前から、下準備が必要で早起きする場合もあるが、

それだって一般も同様。

会社の朝礼時や仕事中、堂々と大あくびをしていたら

上司にたしなめられるのが普通だ。


ましてや携帯や本など、

「もってのほか」とは思わなかったのか?


国会審議の中継を観ていたら

確かにつまらない。

眠くなるのは分かるし、退屈なのも分かる。

しかしそこは国会の場。

あなたたちは自ら立候補し、

他の候補者たちを蹴落として得た立場であり、身分なのだ。

また、選挙で票を投じた人たちの

負託と期待に答えなければならないことも分かっていたはず。


審議中、ただ黙って座っているだけなのは辛いが

それもあなたの仕事です。


世界が注目している国【日本】。

その中にあって、決して高くない評価しか受けられない政治の分野。

少しは恥ずかしいと思ってほしい。


タダでさえ日本の仮想敵国である中国、韓国、北朝鮮、ロシアは

いずれも日本との領土問題を抱え、弱体化しつつあるこの国の隙を

虎視眈々と狙っている。



北朝鮮については直接の領土問題は存在しないが、

韓国の竹島問題では同じ朝鮮として見解が一致すると考えられる。

潜在的に領土問題を含有する国なのだ。

まあそれ以前に、北朝鮮と云う存在自体が反人類的犯罪国家なので

敵国なのは言うまでもない。


そんな周辺地域の危機を思ったら

もっと緊張感をもって『仕事』にあたるべきだ。



周辺地域からの外圧や侵略の危機に晒されていた1800年代。

現在と少し状況が似ているように思える。

とりわけ明治維新以降の新政府の持つ危機感は非常に大きかった。

それに対し、今のこの国の状態は・・・。

政府のかじ取りに大きく関わる国会議員や元閣僚が

この状態なのは如何なものか?


明治政府のその後の戦争に突き進むかじ取りの仕方に対する評価は

人によって未だ別れるところであるが、

ここで云いたいのは、政治に対し

もっと緊張感をもって欲しいということだ。


こんな記事を眼にするたび、

情けなく、悲しくなってくるのは私だけだろうか?


国会中継が趣味の悪いジョークにしか見えないオヤジが一句。


議員さん 一度は見たい いい仕事



お粗末。



































現役ヤクザたちの嘆き「家も駐車場も借りられない。クルマはコンビニに停めている」

2016-03-19 04:54:36 | 日記
排除条例施行に暴対法の改正と、

ここ数年ヤクザを取り巻く環境は一変。

社会に背を向けられた現役極道たちの壮絶すぎる生活とは――


◆住居

今回、取材したヤクザから最も声があがったのが住居問題であった。

「はっきり言ってヤクザは自分の名義で家を借りられない。

今は家族や実の兄弟名義でもうるさくなっていて、

ヤクザと言わずに黙って住めば逮捕される可能性もある。

暴排条例が施行する前に借りたボロい部屋に

今でも住んでいるヤクザも多くいる。

引っ越したくても引っ越せないのが本音」(40代・3次団体組員)


それに付随するのが駐車場だ。

「駐車場も住居同様に個人の名義で借りられないから、

クルマを停めるスペースがない。

仕方なくコンビニに停めているヤクザもいる」(30代・3次団体組員)


そんな極道たちにとって唯一の安息地が組事務所である。

若い衆となれば「部屋住み」として働く者もいるが、生活はカツカツだ。


「組によって違うが、部屋住みは5万~10万円が月の手当。

雑用をやって堅気のバイト代と一緒だ」(40代・3次団体組員)


しかし、本家の部屋住みとなれば懐に入るカネは段違いだ。

「本家の部屋住みになれば出世コースに乗ったことになる。

手当だって月に20万円はもらえるし、

それとは別に毎月10万円の貯金がされている。

部屋住みは2年縛りで時がたてば卒業となる。

だが、カネに溺れて卒業しないヤツも多い。

かつてはお年玉として100万円ぐらいは普通にもらえたりして、

何百万円と貯金ができた。

自分の組の親分と兄弟分の親分がいれば

チップだけで10万円もくれたいい時代もあった」(同)


かつて組がやっていけたのは

“スポンサー”だったと語るのは60代の2次団体組員だ。


「親分衆が食べられたのはスポンサーがいたから。

ヤクザは人気商売だから相撲部屋みたいなものだ。

名が通ればそれだけスポンサーが集まってくるし、

どの位置にいるかで人の集まりも違う。

スポンサーが離れれば組も解散。

今? 組を訪れてカネを出してくれるようなスポンサーなんていないよ」

「昔は良かった」。

聞こえてくるのは往時の栄華ばかり。

ヤクザは映画の中の世界になりにけり。

― ヤクザの主張「俺たちに人権はないのか」 ―


-週刊SPA! 3月14日(月)9時21分配信 -






「俺たちに人権はないのか」?

そんなものは無い!!


人権とは、人々の集合体である『社会』の中で、

人としての責務を果たす人、又は果たそうと努力する人、

果たしたくても病気やケガなどの理由で果たせないでいる人など、

人間社会において、前向きに生きている人に与えられる権利だ。





そんな人権に関する解釈は、何の根拠もない

私が勝手に考えている定義だ。


自分勝手で独善的な解釈であるのは勿論分かっている。

私にそんなことを決める権利も無いことも。

人権とは本来、人として持って生まれた固有の権利であり、

基本的人権を憲法も保証している。


だから「ヤクザに人権など無い」と云うのは

言い過ぎであると承知しているが、

ヤクザが反社会的団体であり、

社会に害を成すために存在しているのも確かだ。

麻薬、売春、各種詐欺、恐喝、理不尽な暴力行為・・・。

そういった事件の背後には、

いつもヤクザの存在が見え隠れしている。



まじめに働き、社会に貢献しようとは

かけらも考えていないのだろう。



私の身内も以前、チンピラの恐喝を受けた経験がある。

その時の記憶は、今思い出しても全身が震える思いがするほどだ。


そんな風に、悪事ばかりはたらくヤクザ・チンピラの存在が

なぜいつまで経っても無くならないのか?

その方が疑問である。

ヤクザ=犯罪組織であり、

誰もが知る衆目の事実なのだ。



警察はなかなか手を出せない?

手を出すのが難しいのではなく、

その気が無いのでしょうと疑ってしまう。



ヤクザは必要悪でも何でもない。

タダの社会悪だ。


もしこの世の中から

ヤクザなど存在しない社会が実現したなら・・・。


そんな風には誰も考えないのか?


私はヤクザとの平和共存など嫌だ。

犯罪者はいつまでも塀の中で暮らしていて欲しいと

本気で思っている。

そういった観点から見て、

今の公安関係機関などの行政は

「対策が甘い、甘すぎる」と強く指摘したい。


『指定暴力団』ではなく、

『既存の暴力団』すべてを取り締まりの対象とし、

厳しく取り締まってほしいと願うオヤジが一句





犯罪を すると分かって 何故放置?




お粗末。


今日は極論過ぎたかなぁ?  いつものことか。




































































「『保育園落ちた日本死ね』は便所の落書き」田中裕太郎・杉並区議のブログに批判続出【全文】

2016-03-18 03:42:01 | 日記
「保育園落ちた日本死ね」などと書いた匿名ブログについて、

東京都杉並区の田中裕太郎区議(40)が、自身のブログに

「便所の落書き」と書いたことに批判が続出している。

田中区議は自民党員で現在2期目、1人会派「美しい杉並」に所属する。

田中区議は3月13日、

「震災犠牲者に恥じない日本を」と題した文章をブログに掲載した。

前日に訪れた千葉県の九十九里浜の海岸で、

東日本大震災の被災者に思いを馳せる中で

「私達は、彼らに恥ずかしくない生き方を出来ているかどうか」

と自問自答したとして、次のように記述した。


巷では、インターネット上に「日本死ね」などと書き込む不心得者や、
そんな便所の落書きをおだてる愚かなマスコミ、
便所の落書きにいちいち振り回される愚かな政治家があとをたちません。

事情はどうあれ、「死ね」というほど日本が嫌なら、
日本に住まなければ良いのです。

たった5年前の震災で
2万人近くの方が無念のうちに命を落とされたにもかかわらず、
よくも「日本死ね」などという暴言を思いつくものです。
右往左往する票乞食たちもみっともない。
無視すればいいだけの話ではありませんか。

だいたい、イクメン議員をもてはやした連中と、
「日本死ね」を持ち上げている連中は、面子がほぼ同じです。
このことがすべてを物語っています。

(田中ゆうたろうブログ「震災犠牲者に恥じない日本を」 より)

田中区議の記述について、コメント欄では

「震災と子育てを関連付けて論じるとかどうかしてる」

「あんたのブログこそ便所の落書き」などの意見が続出。

Twitterでも批判が広がっている。


産経ニュースの取材に対して、

田中区議は

「東日本大震災では生きたくても生きられなかった人が何万人もいる。

(日本死ねと)ブログで書くのは自由だが、

倫理観が問われる」と話し、

ネット上で批判を受けて削除などはしない方針を明らかにしたという。


-The Huffington Post - | 執筆者: 安藤健二




『保育園落ちた日本死ね』に関連する記事は

3月5日、6日の2回にわたってアップしていたが、

今回で3回目となる。

もう触れることは無いと思っていたが、

しつこいのを承知でまた取り上げたい。



田中ゆうたろう氏のブログ

http://blog.tanakayutaro.net/





このブログを読むなら、

記事のタイトルの中の『全文』と云うのが嘘だと分かる。

問題の部分は、記事で問題になっている日のブログの最後に書かれていた。

もしも記事を書くのなら、『全文』ではなく、

『ブログの中の問題の部分』とするべきだろう。


まあ、それはともかく、

この記事のそうした報道する者たちへの不信感から

田中ゆうたろう氏の人となりを自分の目で確かめよと

彼のブログを直接開いてみた。


他の日のブログを読んでみる限り、

彼は私の持つ常識の範疇を超える意見の持ち主のようだ。



問題のブログは2016年03月13日にアップされているものだが、

直近では他にも2016年02月21日、2016年02月14日にアップされていた。

それらの日以外にも読んでみたが、

時々「これはちょっと・・・」と思える内容の意見が目についた。


私の読んだ中で特に気になったのは、

2015年12月24日と2016年02月14日のブログ。

たまたまマスコミのスクープの餌食にはされなかったが、

同じくらいの問題発言をしている。


このような吾人が、地方議会とは言え、

議員をやっていることに対し、暗澹たる思いに打ちひしがれる。


問題の内容は興味のある方は自らの目で確かめてほしい。

私にとって「問題発言だ」と思っても、他の人には

「何処が問題なの?私は彼の考え方に賛成するよ」

と云う人もいるだろうから。


ここではテーマが拡散し、雑然としてしまうので

敢えて触れないでおく。


ただはっきり言って彼は

人としての資質を問われるレベルの人間であり、

区議会議員としては、全く恥ずかしい存在だと思う。


今回の問題を『日本死ね!』の記事に対する発言に絞ると、

この『日本死ね!』をアップしたブログの主は、

行政に対する不満をぶつけたのである。

『日本死ね!』との過激な言葉に対する反発は分かるが、

それと行政に対する批判を分けて考えるべきだろう。

議員である自らの立場として考えたなら、

自分のやって来た仕事、やるべき仕事

に対する結果の至らなさを猛省すべきではないのか?

え?担当する部会・委員会が違うから関係ないですか?

でも、民意で選ばれた議員である以上、

区民の負託には何でも答えるべき立場でしょう?



しかるに彼からは欠片もそのような様子は見られず、

育児に対する偏った持論を展開し、

決めつけと暴言による批判を展開している。



「日本に住まなければ良いのです。」

行政に対し不満を持つものは、日本に住むなと?

どんなに辛くとも、理不尽でも、政治に批判などせず、

黙って我慢して、息をひそめて暮らせと云うのですか?

そんなことが云えるあなたは、

この国に暮らすのが許される特権階級の人ですか?


「右往左往する票乞食」とは誰の事?

だいたい乞食って・・・・。



日本は戦後の反省に立って、

民主主義の道を歩むことを決意し、

「主権在民」を憲法で定めました。


あなたの発言は、

その民主主義と主権在民を踏みにじることになるのですよ。




ああ、そういえばあなたの所属する自民党は

現憲法を改正し、主権在君に戻し、

民主主義を圧殺する『自主憲法』制定を目指しているのだっけ。

つまり自民党にとってそれが標準的な考えであって

何の問題も無いわけね。

「保育所なんて誰が作ってやるか!

お前たちのような国家の家畜は

一生社会の底辺で這いつくばりながら、我慢して働き続けろ!」

ということですか?



彼の言葉に全面的に賛成し、

擁護する考えを持つ人も、多く存在するのを知っている。



ただ私は、そういう彼らに対し、

嫌悪の気持ちを捨て去ることができない。



この国は本来、

「和をもって尊しとなす」を目指すべきだったのでは?

皆が幸せになれる方法を探し、努力し続けるのが

(議員を含め)為政者のあるべき姿だと私は思うのだが。

自らの職務怠慢と、責任放棄して、

必死になって働こうとする人達を足蹴にするよな行為と発言を

私は許すことができない。


この次の選挙で、一体誰に投票すれば良いと云うのか

頭を抱えるオヤジが一句。



票乞食 ばかりが占める  議会かな




お粗末。



















































































































































今すぐやめた方がいい、不幸になると科学的に証明されている5つの行動

2016-03-17 03:56:39 | 日記
Inc.:今よりも幸せになるためには、転職や別れ、

長年苦しめられてきた過去のトラウマの解消など、

大きな変化が必要なこともあります。

この記事で言いたいのは、そのような大きな変化についてではありません。

今回は、比較的簡単に変えられるライフスタイルの変化でも、

驚くほどすぐに幸せになるという科学的根拠についてです。

生活における一見些細な変化でも桁外れに気分が良くなると、

数々の研究で証明されています。

些細なことで大きな変化が起こるとわかったら、

幸せな気分を壊すと科学的に証明されているものは、

今すぐ日々の生活から排除していきましょう。


1. やたらとSNSを見る


Facebookは科学と仲良くありません。

SNSのフィードをやみくもにスクロールすると、孤独や妬み、

自分の生活や人生に対する不満を感じることが多いと、

研究でも裏付けられています。

最近の研究でも、SNSをやめるとより幸せを感じることが証明されました。

このような研究のほとんどが、

SNSのようなサイトの能動的な利用

(実生活で集まるための計画をする、など)と、

オンラインで見せるために選りすぐられた

他人の生活を受動的に消費することを区別しています。

友だちと集まるのは一般的に気分を上げることなので、

前者のような使い方はいいですが、

後者のような使い方は落ち込むことが多いです。

後者のような使い方は今すぐやめましょう。

大好きなSNS無しで生きていくなんて怖くてできないと思う場合は、

「Pick the Brain」に載っていた方法を使えば、

安心して新しい生活に入っていけます。

「SNSをいきなりやめる必要はありません。

まずはスマホのSNSのアプリを削除してみましょう。

そうすれば、外出先ではSNSから解放されます」。


2. 屋内に1日中いる



人間は、会社の居室に座るように進化していないので、

自然の中で幸せを感じるのは何の不思議もありません。

緑のあるところを40秒間見るだけでも、生産性は上がります。

職場に観葉植物の鉢植えを置くような小さな変化でも、

職場全体のパフォーマンスはよくなります。

実際に会社の外に出るともっとパワフルです。

研究によると、自然の中で過ごすと、

自制心が高まり、気分も上向き、

イノベーションや新しいひらめきを促し、

当然ながら身体的な健康にも良いです。

今週はどれくらい外に出ていましたか?




3. 物質主義的になる



家賃や光熱費の支払いを心配しなければならないのは悲惨です。

したがって、基本的な生活費を支払ったあとは、

大きな幸せが買えると思うかもしれません。

しかし、科学的にはそうではありません。

研究によると、基本的な生活に必要なものが満たされると、

物質的に過剰に良いものを手に入れようするのは、

まっしぐらに不幸に向かう道の1つだと証明されています。

では、もっと良いものが欲しいと思った時は、

一体どうすればいいのでしょう?

自分の価値観を意識的に見直す、

広告があまり目にはいらないようにする、

物質的な物ではなく経験にお金を払うようにするなど、

研究によって裏付けられたTIPSはたくさんあります。

最新のテレビを買えば1週間は幸せな気分になれるでしょうが、

コスタリカのリゾートに旅行に行けば、

何年も思い出しては幸せな気分になれます。



4. いつも忙しくする



人間は、何もしないことの重要性を本能的に低く見積もっていると、

神経科学的に証明されています。

「Scientific American」の最近の記事ではこのように報告されていました。


多くの精神的に重要なプロセスには、

日中の休憩や息抜きが必要だと言われています。

休憩をすることで、脳に注意力ややる気が蓄えられ、

生産性や創造性が促されます。

毎日最高レベルのパフォーマンスをするためにも、

単に記憶を安定させるためにも、休息は不可欠です。

つまり、常に忙しくしているのは脳に良くない上に、

不幸になるということです。

(中長期的に見て生産性が下がるのは言うまでもありません)

ちょっとひと息つくために机を離れられないほど忙しい人は、

自分に優しくしていないのと同じです。

罪悪感を感じずに、時々は休憩をしましょう!


5. 創造性を押し殺す



ベストセラー作家のエリザベス・ギルバートは

「生き生きとしている人はクリエイティブだ」と言っています。

誰にでもクリエイティブなひらめきはあります。

ただ、そのようなひらめきを無視していると、

悲しくなったり、満足感が得られなかったりします。

また、心身共に不健康にもなります。

ブログ「Buffer」ではこのように説明しています。


創造的に自分を表現することで、

病気になるリスクが減ると同時に、

健康になったり、幸福を感じるようになります。

たとえばハーバード公衆衛生大学院の研究によると、

芸術はストレスや不安を軽減し、

前向きな気持ちを増進させるので、

うつ病のような症状を軽減するほか、

多くのメリットがあると証明されています。

ピカソのように創造力を鍛える必要はありません。

ただ、恐怖心を乗り越えて、クリエイティブな趣味に没頭したり、

自分の心を自由に羽ばたかせてみましょう。

料理でも、編み物でも、ギターを弾くのでも、

何でもいいです。

自分の創造性を完全に無視するのはやめてください。

Stop Doing These 5 Things to Be Happier Today, Says Science|Inc.

Jessica Stillman(訳:的野裕子)


-Lifehacker-







「 Facebookは科学と仲良くありません。」

PCとタブレットに依存している私にとって

いきなりのカウンターパンチだったが、

確かにあの情報の押しつけがましさに

不快になることは多々あった。


本能的に感じていた。



自らの寂しさを埋め、他人とのつながりを求め

人はSNSに浸ろうとするのかもしれないが、

そこから得られるものの虚しさを。


ただし、全面否定するつもりもない。

確かにかけがえのない人との出会いや

親しい人との日常の通信手段として

とても便利なツールでもあるのだから。


過多な情報に接することによって生じる、ヤッカミや疎外感。

それらをうまくコントロールしながら除外できないのであれば、

SNSを全くやらないか、ほどほどにすべきだと考える。




『3.物質主義的になる』についても、

大半の人たちは気づいているはずだ。

でも欲しいと云う欲求が強く、抑えが効かない人も確かにいる。

分かっていても目の前の物欲から逃れられないのだ。

そういう状態の中にいることを仏教用語で

『餓鬼界』と云うらしい。

ちょっとだけ聞き齧っただけなので、

私の理解が正しいかどうかは解らないが、

もし解釈が正しいとしたら、

餓鬼界にも2種類あると思う。


生存が脅かされている状況の中で餓鬼界にいるのと、

ある程度満たされている中での餓鬼界。


時々神社を参拝する程度の信仰心しかない私だが、

悲しい現実として、餓鬼界の中にいる人を直接、

またはテレビなどで間接的に見てきた。


世界中の国・地域に中には、

生存が厳しいところがたくさんある。

そんな中で暮らし、毎日飢餓に苦しむ人たちが多く存在するのは悲しい。

そんな人たちの中でさえ、人としてちゃんと暮らす人、

餓鬼界の中で苦しむ人がいるのはどうしたものか?


ましてやこの国のように、

飢餓とは無縁の生活ができる環境で暮らしているのに

餓鬼界にいる人。



『足るを知る』ことが大切なのだと、改めて思った。

どんな環境で暮らそうと、不満を持ち続けて生きるのと

幸せを探しながら生きる人の違いか。




コスタリカには行きたいとは思わないが、

いつも温泉に行き、おいしいものを食べ、

好きなビールを飲み三昧の生活がしてみたいという

餓鬼界の中にいるオヤジが一句。





ああモテたい 飲みたい食いたい  遊びたい

  (字余り)



お粗末。