先日のこと、N県今井町(中世の自治都市)の北側の伊勢街道を西へと歩いていると、石でできた道標が目に入った。
年に何度も車で通る道ではあるが、歩いてみるといつもと違うものが発見できる。
こんな所に江戸時代の道標が・・・と思ってよく見ると
“蘇我入鹿”という文字が刻まれているではないか!
興味が湧いてきて示す方に歩くと木立の中に“入鹿神社”があった。
勿論、“蘇我入鹿”をお祀りしているとのこと。
今まで、“入鹿”と聞くと、100%悪者のイメージで捉えてしまっていたのでが、よく考えてみると特に悪いところが見つかる訳ではない・・・
伊勢街道の近くに祀られているのだから、 江戸時代、京や大阪からお伊勢さんにお参りした多くの人たちも、
この神社で“入鹿”に手を合わせたに違いない。
何故その日、私が車に乗らずに歩いていたのか?・・・それは忘年会に行くため。
その日の酒は妙な酒・・・
入鹿と鎌足が交互に出てきてどっちが悪者かを言い合いしていた。
年に何度も車で通る道ではあるが、歩いてみるといつもと違うものが発見できる。
こんな所に江戸時代の道標が・・・と思ってよく見ると
“蘇我入鹿”という文字が刻まれているではないか!
興味が湧いてきて示す方に歩くと木立の中に“入鹿神社”があった。
勿論、“蘇我入鹿”をお祀りしているとのこと。
今まで、“入鹿”と聞くと、100%悪者のイメージで捉えてしまっていたのでが、よく考えてみると特に悪いところが見つかる訳ではない・・・
伊勢街道の近くに祀られているのだから、 江戸時代、京や大阪からお伊勢さんにお参りした多くの人たちも、
この神社で“入鹿”に手を合わせたに違いない。
何故その日、私が車に乗らずに歩いていたのか?・・・それは忘年会に行くため。
その日の酒は妙な酒・・・
入鹿と鎌足が交互に出てきてどっちが悪者かを言い合いしていた。
忘年会へとブラブラ歩いていて入鹿に会うのですから、大和暮らしは止められませんなぁ~
入鹿神社にもいかなくちゃ。。。