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2009年11月9日配信
記事の紹介(抄出)です。
沖ノ鳥島に「港」-カギはレアメタルと制海権
埜口興平2009/11/10
(Source: 産経新聞2009/11/7 沖ノ鳥島に「港」建設へ 中国の「岩」主張に対抗)
■ 沖ノ鳥島の重要性
沖ノ鳥島の価値は、海洋法に関する国際連合条約(United Nations Convention on the Law of the Sea:UNCLOS)によって排他的経済水域(Exclusive Economic Zone:EEZ)が設定されたことによって高まり、この島を巡る問題もここから始まりました。EEZとは、自国領海の外側の幅200海里(約 370km<1海里=1852m>)の水域を指し、沿岸国がその水域全ての資源の探査・開発・保存・管理および同水域のその他の経済的活動について排他的な管轄権をもつ水域です。1994年のUNCLOS発効後、各国ともこの規定に基づいて自国周辺の水産資源や海底鉱物資源の保護を図り始めます。なお、日本では「領海法」と「排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律(漁業主権法)」がEEZの法的根拠となっています。
沖ノ鳥島のEEZは広大です。日本の国土面積が約38万平方km(世界第60位)ですが、沖ノ鳥島を中心とする半径200海里(370.4km)のEEZは約40万平方kmというもので、日本の領土・領海とEEZを合計した総面積は約485万平方km(世界第9位)となります。この、広大なEEZがもたらす海洋権益については多くの説明を要するまでもなく、特にレアメタルの存在は注目されています。
■ なぜ中国との間で問題になるのか
では、なぜこの沖ノ鳥島に関して中国が強力な関心を持ち、日本政府の主張に異議を唱えているのでしょうか。前提として、尖閣諸島の問題とは異なり、沖ノ鳥島は領土問題ではありません。沖ノ鳥島が日本の領土であり、沖ノ鳥島周辺の12海里の領海については中国政府も認めています。争点となっているのはEEZです。それではなぜ、沖ノ鳥島のEEZが中国にとって問題なのか。大別してポイントは2つあります。
1点目は、前述したレアメタル等の海底資源の存在です。レアメタルは、今日我々の生活には欠くことのできない携帯電話の液晶パネルや半導体の素材なのです。世界的にもレアメタルの価格は高騰傾向にあり、石油と同様に戦略的資源になりつつあります。レアメタルの産出地の多くが中国であることから(例えばレア・アースやタングステンは埋蔵量の90%以上が中国)、中国はこのレアメタルに戦略的価値を見出し、自国産業に必要なレアメタルを確保するために輸出制限に踏みきっています。こうした中国の姿勢に対しては、米、EU、メキシコとの軋轢を生み、ついにはWTOを巻き込んだ貿易紛争と化しています。
沖ノ鳥島周辺のEEZ内にはこうしたレアメタルが豊富に埋蔵していると見積もられ、日本のEEZであることを認めてしまえば、中国はそこで自由な調査・開発等をすることができません。
2つ目のポイントは、軍事的理由です。沖ノ鳥島の存在する水域は、中国東海艦隊司令部のある寧波から宮古~久米島間を通過してグアムに向かうちょうど中間にあり、台湾有事の際にはグアムに駐留する米国の原子力潜水艦が通過するルートでもあります。現代の海軍戦力で潜水艦は非常に重要な地位を占めており、この水域での潜水艦活動は、中国が東シナ海の制海権を確保する上で戦略上必要不可欠なのです。
ところが、沖ノ鳥島の周りに日本のEEZが存在すると、中国は自由に海洋調査ができません。 UNCLOSに基づいて日本に申請をしなければならないからです。海洋調査が出来なければ、潜水艦活動に必要な海水温分布や塩分濃度、潮流、海底地形といったデータ収集が行えません。こうした綿密な調査に基づくデータを持たないことは制海権の喪失につながるとの判断から、中国は沖ノ鳥島のEEZを認めず、近年この水域で海洋調査をしているのです。
■ なぜ「島」か「岩」かが争点なのか
次に、沖ノ鳥島が「島」か「岩」かということが重要な争点となります。鳩山政権が今回沖ノ鳥島に港湾施設を設置することも、もとはと言えば中国の「沖ノ鳥島は『岩』である」という主張に対する措置です。国際法上、「島」と認められれば領海とEEZを持つことが認められますが、「島」でないとすると、領海は認められてもEEZは付随しません。日本政府は沖ノ鳥島の周囲にEEZを主張していますが、もし沖ノ鳥島が国際法上「島」ではない、ということになると、この主張が崩れてしまいます。
この、「島」であるか「岩」であるかを判断する法基準としてはUNCLOS第121条があります。第121条 島の制度
1 An island is a naturally formed area of land, surrounded by water, which is above water at high tide.
(島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。)
2 Except as provided for in paragraph 3, the territorial sea, the contiguous zone, the exclusive economic zone and the continental shelf of an island are determined in accordance with the provisions of this Convention applicable to other land territory.
(3に定める場合を除くほか、島の領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚は、他の領土に適用されるこの条約の規定に従って決定される。)
3 Rocks which cannot sustain human habitation or economic life of their own shall have no exclusive economic zone or continental shelf.
(人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない。)沖ノ鳥島は満潮時にわずかではありますが水面上に出ている部分があるために、第1項だけを見れば、「島」の定義を満たしているということになります。これにより、沖ノ鳥島はEEZを有する資格があると言えるのです。一方で、第3項の定義するところでは、人が住めないような島(岩)は、領海を持つことはできるが、EEZを持つことはできない、ということになります。沖ノ鳥島はこの条項に該当します。満潮時に水面上に残るのが小さな露岩2つだけというのでは、物理的に人間が居住できるわけありません。例えば、ジョン・ヴァン・ダイク教授(海洋法)は、「沖ノ鳥島は、独自の経済的生活を維持することのできない居住不可能な岩、という記述に間違いなく当てはまる。従ってそれは、200海里排他的経済水域を生み出す資格を与えられない」と主張しています(Jon Van Dyke, "Speck in the Ocean Meets Law of the Sea", The New York Times, January 21, 1988, A26. 「沖ノ鳥島補強しても経済水域保てない/米学者が主張」『読売新聞』1988年1月22日)。
[注意が必要なのですが、ダイク教授は知韓派学者として知られ、竹島問題では専門である法理論ではなくその実効支配を重視し、韓国が有利であると主張しています(Source:Source: 毎日経済新聞(韓国紙)2008/11/19「独島領有権問題、韓日交渉通じて解決すべき」)。沖ノ鳥島が「岩」であり、EEZを持つ資格がないという主張の権威づけとして引用されることの多いダイク教授ですが、大韓海運株式会社イ・ジンパン会長が寄託した海洋法発展基金からダイク教授に研究費が出される(Source: Source:ハンギョレ新聞 2008/5/9 「独島領有権韓国が勝つ可能性が大きくて」
)など、国際法の“権威”というにはやや中立性に欠ける言動が見受けられます。]いずれにしても、第3項に「岩」に言及しておきながら別途に「岩」の定義がなされていないことが、日中双方の主張を平行線にさせる原因の一つとなっています(UNCLOSにはこうした“不備”が散見されます。例:第74条のEEZ境界画定に関する問題)。
ただし、第3項で「『人間の居住又は独自の経済的生活を維持できない岩』は、排他的経済水域や大陸棚を持つことができない」と書いてあるのですが、この第3項には『人間の居住又は独自の経済的生活を維持できる岩』の存在の可能性やその場合の解釈に触れていません。ここで、「居住」や「経済的生活」が可能かどうかについての判断がどれほどのウェイトがあるのかが焦点になりますが、人が住んでいない島や現実に経済活動が不可能な島であっても、 EEZが設定されている例があります。
メキシコ沖にあるクリッパートン島(仏領)は、直径3km~4kmの円形の環礁で、沖ノ鳥島とは異なる面積を持ちますが、無人で経済生活が営まれていない点では同じです。しかし、クリッパートン島にはEEZが設定されています。このような無人島であっても、外部からの補給による小集団の居住や、一時的な中継基地として使用された実績などがあれば、「島」であると主張することは可能という実例と言えます。(前述のダイク教授はこのクリッパートン島事件に関する著作:Uninhabited islands and the ocean's resources : The Clipperton Island case(1982)があるのですが、残念ながら沖ノ鳥島問題との関連についてどのような定見を持っているのかについては調べられませんでした。)
■ 中国は「島」を造る
沖ノ鳥島は「岩」であり、EEZは認められないと主張する中国ですが、その中国は自らの権益を確保する際には「岩」とさえ言えないサンゴ礁や岩礁の領有権を主張し(「島」でなければ領有権も発生しないはず)、「島」であるための法的環境を“人工的”に造成し、そこで経済活動を行い、結果的にその水域でのEEZの存在を既成事実化しています。その例としてスプラトリー諸島(南沙諸島)が最もよく知られているので、ここで短く紹介します。
1980年代後半から、中国はスプラトリー諸島のサンゴ環礁(Johnson South Reef:中国名・赤瓜礁)に海洋観測所と称して鉄パイプとアンペラを材料とした高脚屋という小屋を建設しました。次に、組み立て式の建物を建設し、さらに数年後には永久施設を建設し、さらにそのうちの一ヵ所を人工島に改造しました。
本来、ここのサンゴ礁は満潮時には海中に没してしまうものでした(ただし、これはベトナムが報道しているだけで第3者の調査・報告はありません)。もし、これが事実であれば、中国は国際法を無視して、それらの岩を人工島に改造したり人工構築物を設置したりしたことになります。サンゴ礁が満潮時に水没しないという客観的なデータがない限り、満潮時であっても水没しないことが明確な沖ノ鳥島のEEZを中国が否定することはできません。UNCLOS 第13条には、「自然に形成された陸地であって、低潮時には水面上にあるが、高潮時には水中に没する」ものは「低潮高地」と呼ばれ、「その全部が本土または島から領海の幅を越える距離にある場合には、それ自体の領海を有しない」と規定されています。言うまでもなく、「低潮高地」、すなわち満潮時に海中に没してしまうサンゴ礁はEEZを主張することは出来ません。
(Source: Digital Gazetteer of the Spratly Islands■ 実績の積み重ねを
このように、スプラトリー諸島における中国の行動は、沖ノ鳥島の問題が実際には「島」であるか「岩」であるか、または「人間の居住」や「経済的生活」が可能であるかといった点にはないことが分かります。沖ノ鳥島周辺水域で自由に調査・開発ができるかどうかが中国にとって重要なのです。例え沖ノ鳥島にEEZがあろうとも、中国の経済・軍事活動に支障がないのであれば間違いなくなんの異議も唱えはしないはずです。彼らは学術的に沖ノ鳥島が「島」か「岩」であるかを追求しているわけではないのですから。日本にとっては迷惑なことかもしれませんが、中国の主張は国益を追求するという点においてはむしろ健全な姿勢であり、リアリズムの観点からは非難されるべきものではありません。日本も中国と同様に自らの主張を相手に伝え、今回の日本政府の港湾施設建設決定のように粛々と主権国家としての国益を追求すればよいだけの話です。いずれ双方の利害が衝突するポイントに至れば国際司法裁判所など交渉の場を活用すればよいのです(実効力・拘束力の問題はありますが)。
“友愛”思想で過剰に譲歩する必要はなく、逆にすぐハード・セキュリティの話を持ち出すこともないでしょう。国家の国益がぶつかれば即武力衝突というのは短絡に過ぎます。「対等な日中関係」はお互いの国益を尊重し、かつ主張しあわなければ構築できないことは、鳩山政権が日米関係で実践している通りです。
沖ノ鳥島が法的境界線上にある繊細な問題であることは否めません。しかし、EEZを失うことは、貴重な海洋資源を失うことにつながり、軍事戦略面でも決して好ましい状況はもたらしません。
現在海上保安庁が灯台や電波反射板を設けていますが、基本的に無人であるこの「島」に、港湾施設建設とレアメタルなどの調査採掘の拠点として要員の常駐化を図り、実効支配と既成事実をつくることが、日本政府が現在取るべき姿勢として最適なものではないでしょうか。
記事の紹介(抄出)終わりです。