昨日
船に乗れなかったとメール連絡を受けていたので
今度は空振りに終わらないでと祈る気持ちで待っていた。
団体のお客さんがぞろぞろ降りてくるのに
なかなかそれらしき姿が見えないのでやきもきしているなかで、
見つけることができ、
彼が近づいてきて声をかけてくれた。
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言葉が通じることで安心した。
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もづくそばで昼食をとりながらウーフの取り決め事項を
お互いに確認する。
問題の食事の件も分かってもらい、二人で自炊をしながら
孫たちとの同居のことも了解してもらった。
自宅での面談、
オリエンテーションのあとは自由時間にして
遺跡調査に出かけた。
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記録されてないお墓(ジシ)の場所などを確認し、
新しい場所での遺物の採取等、
予想以上の成果に喜びの一日を過ごすことができた。
夕食は初めてのお店、
タキヤに入った。
迎えてくれたお店の方がなんと親戚ではないか。
イヤハヤ・・・・。
それは 郷土研究に本腰を入れさせてくれたのが
瀧家の古文書調査からのこと。
タキヤの瀧・・・・。
山下ウメの娘です」
と挨拶に来られた。
偶然ですね・・・、
今日、遺物調査でナータイジレーのお墓(山下家が管理)を案内してきました。
私が与論町誌(バンブー竹の与論今昔)で紹介したことがあったので、
綺麗に管理され、
保存されていたのが確認できてうれしかったので、
お礼を申し上げたかった。
このお店にも縁がついていたのかと。
ウンジャミとシニグ祭りの調査を私にせよと、
神が下していたとしか思えない。
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もしかしたら
アルゼンチンから来た彼が
もう一人の助っ人を遣わすかもしれない。
そんな気がしてきた。
与論島に引き寄せられくる不思議な出会い人。
琉球と奄美が結ばれる。
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与論先史の記録が変わるときを迎えている。
私はもしかしたら
キイマンかもしれない。
森瑤子の「アイランド」の舞台。
ヤドカリの落ちた井戸を背景に
ミュージカルが展開する。
私の現実である。
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文化人村構想が蘇る。
遺跡の保存と合わせて国立公園の景観を保全する一体、一帯。
与論幻想・・・。
夢は叶う 叶えるまで頑張る。
もう 始まっている。