第四部 Generalist in 古都編

Generalist大学教員.湘南、城東、マヒドン、出雲、Harvard、Michiganを経て現在古都で奮闘中

しまねからこんにちは Vol2

2019-02-11 11:26:17 | 診断エラー学

みなさま こんにちわ。早いもので、もう2月。

寒いです。毎日何かに追われているので、春がきたらバンコクに旅行に行きたいと(PC、メール、携帯全てOFFで)と切望しております。

さて、2月号のドクターズマガジンが出てましたので、こちらで原案を載せておきます。

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冬の出雲。地名はまさにその地の空気を表しているとはよく言ったもので、かなりお天気が悪いです。僕の基本スペックはオツムが少し弱く、ノー天気、極端な南国男の気質なので、この時期は春が音を立てて訪れるのをじっと待つ修行的季節です。さて、前回は診断エラー学の話で、周囲からもこの読者数○万という最大級の医師向け雑誌でついに陸の孤島しまねという地方からニッポンの何かに対して発破をかけ始めたと、勇気もらえるコメントを頂きました。ですので、今回はすべての医師が日常的に遭遇する診断エラー(診断の遅れDelay、診断の誤りWrong、診断の見逃しMiss)1と認知バイアスについて踏み込んで見ましょう。

臨床を頑張れば頑張る医師ほど必ず遭遇する診断エラーですが、できるだけ遭遇したくないですね。そう一番簡単な克服方法は、臨床から完全撤退すること!(ゴメンなさい!事実です)。現実的なレベルでは、自分の苦手な領域には一切手を出さないこと!がしかし、これもまた円滑な医療を提供するために、臨床を続ける以上は非常に難しい問題であります。しまねの様な日本の最先端を走る高齢化トップリーディングエリアでは遠く離れた場所まで高齢の患者さん達を紹介しまくるのも実質不可能で費用対効果が悪すぎます。

 

勉強したらいいではないか?!正論ではそうなのかもしれないのですが、それは表の診断学。それだけでは済まないのですね。そう、ここは裏側の診断である診断エラー学を学んでみるのが重要です。

 

何事も克服するためには原因を知ることから始まりますね。では、診断エラーに遭遇する原因をどのように考えたら良いでしょうか?一つの例として、3つの要因が絡み合って影響しているという考え方があります。これは医師のストレス、診療の時間帯、勤務形態、設備や人手などが原因であるとされる状況要因。次に過少(ないし過度も)の病歴・検査・診察などから得られる情報の収集過程とその解釈が問題があるとされる情報収集要因。最後に統合要因といって認知バイアスという直観(直感)が医師に与える強烈な負の影響などが複雑に相互作用していると考えられています2。特に最後の認知バイアス、これはもう今の時代 Must Knowです。これは2002年にダニエル・カーネマンが応⽤してノーベル経済学賞の受賞に結びついた「Thinking, Fast and Slow」の考え⽅が、近年臨床医の思考過程と診断プロセスを説明するのに応⽤されているものです3。速い思考のSystem 1=直観的診断と遅い思考のSystem 2=分析的診断がお互いに相補的に使い分けられながら的確な診断に結びついているのではないかと考えられています。例えば「突然発症の人生で一番の激しい頭痛」とくれば、クモ膜下出血を想起しますね。ベテラン医が瞬間的に下すこの直観的診断は⾮常に芸術的であるだけでなく費⽤対効果が極めて⾼いのでが、欠点として一度認知の歪みが発生するともはやその思考パターンは修正が難しく、その時の喜怒哀楽などの感情や、忙しさや疲労、環境要因などに強烈に影響を受けるために診断エラーに直結しやすいことがわかっています。このようにエラーに至る場合の直観を特に認知バイアス4と呼んでいるのです。これをお読みになっている先生方も臨床をやっている以上は、毎⽇この認知バイアスに多⼤な影響を受けているはずです。

 我が国の医療安全の歴史を見ると、患者取り違え事件や消毒液混入などシステムエラーなどが熱心に取り上げられ対策の検討がされてきました。しかし僕が行なっている診断エラーの研究の一つ「本邦の医療訴訟3200判例の解析からみる診断エラー」5では、医療訴訟判例の多くで医師の診断エラーが関与しており、それらが与える社会的インパクトは極めて大きい事も分かってきました。それにも関わらずこれまであまり着目されてこなかったことからも伺えるように、なんとなく医療の臭いところに蓋がされて熟成するまで放置してきていたような気がしております。

誰しも自分のネガティブなところをなるべく見たくないと思いますが。自分がどのような時にその認知バイアスに影響を受けてしまうのか?自分はどのような時に診断エラーに遭遇しやすいかについて意識しながら臨床と対峙することはとても重要です。カッコ良くは無いですが、どうすればそれらを防ぎ克服することができるかについて内省するウラ診断学を学ぶのも、なかなか楽しく、実臨床に直結していて有用だなぁと感じています。

 

■参考文献

1) Graber ML, Franklin N, Gordon R. Diagnostic Error in Internal Medicine. Arch Intern Med. 2005;165(13):1493–1499. doi:10.1001/archinte.165.13.1493

2) Kahneman, Daniel (2011). Thinking, fast and slow (1st ed.). New York: Farrar,Straus and Giroux.

3) Bordage G. Why did I miss the diagnosis? Some cognitive explanations and educational implications.Acad Med. 1999 Oct;74(10 Suppl):S138-43.

4) Croskerry P, Singhal G, Mamede S. Cognitive debiasing 1: origins of bias and theory of debiasing. BMJ Qual Saf. 2013;22 Suppl 2:ii58-ii64.

5) Watari T, et al Malpractice Claims Related to Diagnostic Errors in Japan. 11th International Conference, New Orleans, USA. 10/8-11, 2018