衣居の麓から馬で上がれる所まで上がると二人は馬を降りた。
帰りは姫を連れ返る手筈でいる。
政勝は頭陀袋に鞍や鐙をひと揃え押しこんで来ている。
それを木に括り付けると馬も繋いだ。
「判るか?」
政勝が悪童丸の棲家を尋ねると澄明が先に立って歩き出した。
「しかし、機敏な奴だ」
澄明は黙って聞いている。
「しかし、思うたほど、背いは高くなかったの。身体も小振りに思える」
「悪童丸の父の光来童子もそう、大きくない鬼ときいております」
「光来童子?あの、大台ケ原の光来童子?それがてて親か?」
「はい」
「ふううむ。しかし、あの姿が本物か?三条殿の姿ではなかったのは、判ったが、ひどく美しゅう見えたが?」
「はい。光来童子もかなり美しいときいております。(その上に加えてかなえの美貌である)無理なかりましょう。一説に光来童子は外つ国の女御との間に産まれたとも聞いております」
「なるほど、その血を引いたか。切り及んだ時、あやつの目の色がちと違うときがついておった。鼠色の中に薄い萌黄色が混ざりこんだような不思議な色をしていた。するとあの髪の色もそうなのだな?」
茶けた髪が山野ぐらしのせいなのであろうと思っていた。
にしては、日に焼けたより髪が荒れ果ててはいなかった。
「なるほどの。が、しかし、あの、姿であらば、むしろ、三条殿より美しいかもしれぬ。何故三条の姿を借り受けたのか?」
「悪童丸も三条殿の所に嫁ぐ事を望んでおるのです。その前に、存念を晴らしたかっただけです」
「まさか????」
「いえ。本意です。だからこそ、討っては成りませぬ」
「どうすれと・・・」
「姫を取り返せば、後は、私が因果を含めて」
「話し合うと?甘いわ!!」
「何卒、短気は」
「・・・」
澄明の足がとまった。
滝を背に小さな社がある。
その後ろの崖をぐるりと廻ると眼下深く切り立つ谷がある。
その下をさらに覗くとがけの途中に洞穴があるのだろう。
僅かな火がもれてぼんやり、入り口が明るく見える。
「あれか?」
「はい」
降り立つ事ができぬわけではない。が、一歩足を踏み外せば、谷底に落ちるだろう。
言わんや、そうなれば、命はない。
「ままよ。のう、このまま、姫を連れ帰れねば、どの道、死んでお詫びするしかない」
「我らはかまいませぬ。されど、姫を上げる手だてを、考えておかねば」
馬の要具を揃えて姫を連れ返る手筈を整えていた政勝の周到振りを思うと、更に、先を考えさせられる澄明であった。
政勝が降りる道筋を探すように屈み込んで岩肌の強さを確かめている。
澄明は巻き込んだ晒しを素早く解くと側の榛の木に括り付けた。
『榛の木。この木に助くられるか』
榛の木は雌雄同体である。
勢姫と悪童丸の血の因縁を顕すような木がそこに誂えたようににはえているのを、澄明は不思議な面持ちで見詰めていた。
澄明が晒しの端を榛の木にくくりつけ、谷に投げ落とすと同時に
「ここから降りる。行くぞ」
政勝は言うより早く、一足を踏みしめていた。
せり出した洞窟の入り口の岩に降り立つと二人は中に忍んで行った。
かがり火が焚かれ、中は明るく、火の勢いでかなり温かかった。
更に深く進むと、その光が勢姫と悪童丸の影を洞窟の壁に映し出すのが見えた。
影を作る火の元をゆっくり追い求めて行くとかがり火の向こう側に勢姫と悪童丸の姿があった。
見れば鬼は先ほどの姿のまま姫の裸身をかき擁いていた。
政勝もこうなれば覚悟がついている。
ぐうと近寄って行くが、快い逢瀬に身も心も浸りこんでいる悪童丸も、眼を閉じて切なげな声を上げている勢姫も政勝に気がつく様子ではなかった。
やにわに政勝の忍び寄る足が早まった。
見れば、悪童丸の陰茎がこんもりと盛り上がるとぐうと大きなこぶのような物が現われうねり始めている。
「いかん!」
悪童丸の物がまさに勢姫のほとの中に精を吐き出そうとしている。
政勝はいきなり走り寄ると、てすさびの荒神丸で悪童丸の男根めがけて切りつけた。
「ぐわああ・・ああ・・あ」
悪童丸の胴が自身の男根と離れてゆく。
「覇沙羅、怨退、覇侘裏、鴛我」
聞いた事もない九字を唱えながら、澄明が悪童丸の元に走りこみ暴れ狂う悪童丸の顔を抑える。
持っていた小束を悪童丸の口に入れ込むと斜に引き裂いた。
「あうあうあうあう」
澄明が悪童丸に印を唱えさせぬ為に舌を切裂いたのだと判った。
「政勝殿、手印を切ります。早く」
見れば、悪童丸が手を翳し今にも印を切ろうとしている。
政勝は荒神丸で悪童丸の指を払った。
ばさばさと血がしたたり落ちるより先に何本か悪童丸のそがれた指が落ちると地面で蠢めいた。
「悪鬼退散 今霊沙、沙破菩提、諮.因.捧、解、樺、沙、断」
「おやめなさい」
因を唱える澄明のそばに勢姫の声が近く聞こえたかと思うと
「悪童丸。お逃げ」
いつの間にか忍び寄った裸身の勢姫が政勝の前に立ちはだかった。
血に塗れた悪童丸の男根を手に持っていた。
が、それを政勝の目の前にぐいと押し出すと叫んだ。
「政勝、気がすんだであろう。悪童丸の命までとりては、勢は鬼と化すより他。澄明。お止めなさい。縁者の封印を解きなさい」
頭の奥を除きこむような目付きで何か考えていた澄明だったが、黙って印を解いた。
印を解くと澄明は勢姫のうち捨てられた着物を拾い上げると姫に打ちかけた。
袖を通しながら、勢姫は切り落とされた指を拾い上げると、悪童丸に陽根もろとも差出そうとした。
「姫、それは成りませぬ」
「赦してたもれ」
「なりませぬ。そを渡せば、また肉内にくつけおきましょう」
蘇生するのは判っている。蘇生が叶わぬように縁者に封印を唱えた澄明である。
が、今は勢姫の言うとおりに印を解いている。
澄明はもう一度、九字を切る手刀を見せた。
そを渡せば、たちまちの内に澄明が、縁者の印を唱えるのが判ると勢姫は頷いた。
「それでは、指だけでも渡してこの場を立ち去らせます。もう二度とそが無ければ悪童丸も勢との契りはありえませぬ。さあ、お行き」
言うよりも早く悪童丸が勢姫から指を受取ると姿をくらました。
姫はものうく政勝を見ると向こうの物陰に隠れて着物を直しだした。
澄明の所作を逐一見ていた政勝が怒鳴りあげた。
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