輝♪の作品をつづけてあげた。
輝の作品の中にR指定にあたるものがある。
でも、憂生はこの作品を、ただのR指定じゃないとおもっている。
輝のいくつかの作品の中に、
恋人が亡くなったという、設定がある。
実際、輝は恋人を亡くしている。
HARUSAKOから、輝に名前を変えたのも
作品を書き始めた頃からだとおもう。
おそらく、で、あるが、恋人の名前だったのではないだろうか。
同じ字かどうかは、わからないが、
「あきら」と読むんだといっていた。
事故で恋人を亡くし、彼女も同乗していたのかもしれない。
入院していたということを聞いたことがある。
その彼女が亡くなった彼氏への追慕(悲しみ)からたちあがりかけているところで
憂生と知り合った。
そして、彼女は作品を書き始めた。
「永遠の愛」
それは、まさに彼女の投影だろう。
憂生は、心の中から、投影を吐き出し始める彼女にほっとした部分があった。
悲しみにひしがれていたら、とても、客観視はできない。
PDSTともいうべき状態を超えていく方法に認知療法というものがあるらしいけど、
フラッシュバックや解離性障害をおこすと、事実をいっさい認識しようとしない。
こういう状態を考えると、自分に起きたことを認知していく。
うけいれていけるというところに一歩すすんでいけたように思えた。
過去、あめだきさんの時にも、同じ状況があった。
身内を交通事故でなくしてしまった彼女はそれが引き金になったんだろう。
心をとざしたまま、20年ちかい歳月をすごしていた。
あめだきさんが、憂生のブロー・ザ・ウィンドを読んだあたりから、
心がすこし、ひらきだしていったんだろう。
身内の事故のことなどを日記にあげるようになった。
それまでの彼女は追憶の中にいたようで、
亡くなった人の好きだった歌とか・・そんな日記をあげていた。
それが、突然、心の中の「しこり」をときはなつかのように、
事故のことも日記にあげはじめた。
良かった。正直、そうおもった。
話せるようになるってことは、文字通り、はなせる=離せる。
そういうことだとおもったから。
それとおなじように、輝が自分と恋人をおきかえていながらでも、
離しはじめている。
そして、輝はいろんなことを書き始めた。
童話もかいてる。これは、輝の願望だったのか?
それとも、現実に子供がいたのか?
そこのところは判らないことだけど、
なにか、護る。心を・・愛情を傾けていく・・・。
そっち側の輝に立ったように思えて、それも嬉しかった。
そして、R指定・・・。
これも、どこか、紡ぐことができなかった恋人との時間をなぞることで、
輝の心を癒していく、擬似体験でもあり、
一方で、憂生がいうところの基本路線。
「性は心が生きる」という側面で、
慰めという欲求でなく、
現実世界で
心と身体をかさねあわせて生きていきたいという
根本的な希求であるともおもった。
だから、こういう「欲求」についても、輝の内部でなにかがかわりはじめているように思えた。
ブロー・ザ・ウィンドについて、憂生は、
別の女性に対して(やはり、恋人を亡くしている)
いつか、なくなった恋人への思いがあてどないものになり、
現実世界で自分を預けられる相手をもとめる。
それを亡くなった恋人も祈っているとおもう。
こう言う風なことを言った。
輝の状況がまさにその過程ではなかったのだろうか。
輝は不調をうったえて、休養にはいったけど、
それは、大きな決別を受け止める戦いにはいったんだと憂生はおもっている。
そして、今、もう、「輝」じゃなくなった「彼女」としていきている。
だから、もう、輝を脱却していった、この場所にはかえってこない。
輝のまま、かえってきたとしたら、
それは、脱却してないってことだろう。
だから、もしかすると、もう、全然違う生き方を掴んだ「彼女」が
輝とは、わかりえないものとして、ここにもう一度あらわれてくれることがあるかもしれない。
でも、もう、憂生は良い意味で輝を葬りたいとおもう。
ブロー・ザ・ウィンドの中でも、似た科白をかいた。
「貴女の中で彼は死ねていない。
貴女がおもっているのは、ゾンビのティオなんだ」
憂生がおもっている輝ももう、ゾンビのはずだ。
だから、葬る。
そして、きっと、彼女はどこかの空の下で新しい人生を掴んでいる。
そうおもいたい。
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