渦夜の文章の上手さは、おそらく、時代物調のほうが、際立っている。 こっそり、続きに1編/ショートをいれたけど、 こっちのPCに保存した月日をみると、/つまり、もっと以前にかかれたもの・・。 16才くらいで、かいている。と、いう事になる。 この年齢という事がこちらの頭から、どうしても、離れない。
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哀しくなる程痩せた体に、陽(はる)は流行りの伊達紋様のきもの を羽織らせた。
煙管を手に取ってみたものの、煙草を切らせていたのを思い出し、枕元へと押し戻す。
手持ち無沙汰になった陽は床を出ると、からり障子戸を開け放った。
正月最中の冬の夜は、人人人で、賑やかで、けれども、陽の想いは寒さで白濁した息の様うら寂しい。
「陽様、そんな格好では冷えますよ。ささ、障子を閉めておくんなさい…」
茶と菓子 を運んで来た園(その)は、陽の薄着を咎めるが、彼の襟からのぞく胸板は、骨の浮き出る痛々しさ。
思わずとも、目を伏せさせられる。
「構わないだろ…何とか迎えられた正月だ」
医者からはこの冬が山と、陽は云い渡されたている。
いつ逝ってもおかしくない身だ。
「それなら尚更ですよ。せっかくのお正月 、寝て過したくありませんでしょ?」
「…そうだな」
陽は閉める障子の隙間から、ちらちら降り始めた雪を捉える。
地に触れ、消え行く雪は、庭を斑に染めて行く。
ぴったり閉めた障子の向こう、明日には真っ白に姿を変えているだろう。
「園、一つ頼まれてくれないか?」
「なんでしょう?」
上座へ坐すると、陽は伏し目がちに、袂から檜扇を取り出した。
「これをな…」
差し出された扇を園は両手で受け取る。
「竜庵(りょうあん)先生の娘さんに届けるのですか?」
園の早合点に、陽は苦笑う。
掛医竜安の娘は、細面の陽に熱を上げている。
幾度か、その情にほだされかけたが、先のないこの男は、寡婦にすると判っていて、妻帯する気は毛頭なかった。
陽は従来、篤実に出来ている。
「いや…」
そして、ある女との約束があった。
「竜安先生の所へ行く道すがらに、小さなお稲荷さんがあるだろ」
小さいと云えど、りっぱなお稲荷であるが、屋根欲しさに、浮浪者が住みついている。
「女のお前に頼むのは気が引けるが…」
陽は済まなさ気に微笑んだ。
病身が、ほとほと嫌になる。
「判ってますよ。陽様の頼れる相手は園ただ一人ですもの。それで、扇をどうしたら良いのですか?」
「…お供え 、して来て貰いたい」
園はきょとんとする。
誰かに渡すものと、思っていた。
「あの、お稲荷様にですか?」
「去年の正月頃に、あそこで人が死んだのを覚えているだろ…」
その夜は冬一番の冷え込みを見せた日で、屋根のない物乞いが、朝になって凍え死んでいるのが見つかった。 「あの中に、俺の女がいた…」
園は返事に窮した。
陽に、そんな相手が居たとは知らなかったし、卑賎の女である事にも、驚かされた。
「いい娘だったんだ。あの日、とうとう借家を追い出されて…稲荷の屋根を借りたんだ…。どうして俺を頼らなかったのか、いや…頼れない自分を見せてた事を、悔やんだよ」
陽は目を瞑る。
「まだ、あの頃俺も元気だったし…父を説得して、夫婦にして貰うつもりだった」
ふっと溜息を吐き出し、茶をすする。
園の煎れた茶は、まだ仄かに暖かみを残していた。
「こんな話、詰まらかっただろ…そうだ。やぶ入りには園も実家へ帰るんだろ?着物を新調して貰えるよう、頼んでおくから…明後日にでも、また来なさい」
哀し気な微笑。
園は畳に手を付き頭を下げる。
「ありがとうございます」
少しでも、あの悲痛な顔から、園は逃れたかった…。
あのまま話を続けられていたら、押し込めたはずの慕情が、関を切って流れ出しそうで。
ただ、ただ、園は、深く頭を下げた…。
やぶ入りに、実家へ戻っていた園に、陽が亡くなったと知らせが入った。
思いだけは帰り支度を忙ぐのだが、その手は遅々として進まない。
心に留めた恋心は、行き場を失い、さ迷い続ける。
園は、陽から貰った着物を見やった。
まだ、折り目正しく、畳まれている…。
そっと手に取ると、陽の着物に焚きしめられた香と、同じ匂いがする。
「園も…」
着物を持つ腕が、声が、震える。
「陽様が、好きだったんですよ…」
涙がぽろり落ち、着物に暗い染みを作らせた。
ぽつりぽつり、その染みは増えて行く。
「好き、だったんです…」
失って、やっとその思いに従順になれた。
やっと、言葉に出来た。
「でも、貴方はもういない…」
枯れる事を忘れたかの様に、ぼろぼろと涙は止まらない。
ほんの少し、勇気が足りなかったばかりに、こんなにも辛く、悲しい。
「もう、この思いを、伝えられない…」
園は、着物を抱き締め、泣き崩れる。
白壇(びゃくだん)の香りだけが、園を、包んでいた…。
『残り香』終わりm(__)m
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