やっと、ここに戻ってきた。
ー悪童丸ー 10 白蛇抄第2話
確かに姫の側を離れる鬼を見た気がしたのである。
「おらぬ」
「政勝殿」
澄明が姫の打掛が掛けられた鴨居のほうを見上げると天上に張りつくようにして悪童丸の姿があった。
その澄明の目線を追って、政勝が刀の柄に手をかけこいくちを切り掛けるのをみると、さすがの澄明も政勝を引き止める事も叶わぬと察して九字を唱え始めた。
澄明にとっては政勝の命の方が大事である。
唱えたくない縁者の因を悪童丸に与えねば致し方なかった。
「怨 婆沙羅」
が、澄明は九字を唱え終わると
「悪童丸。逃げやれ。そして、もう、現れるでない」
澄明の必死の叫びが悪童丸に届いたのか政勝の刃をすいっと避けた悪童丸の姿が掻き消えた。
「いでよ」
政勝の怒涛のような声が響き渡る。
その政勝の後ろに又も、悪童丸の姿が現れた。
殺気をけどってたちどころに政勝が振向くと狭い居室の中である。
青眼の構えが不利とわかると政勝はこてを返して地擦り八双の構えに変えた。
下から思いきり切り上げようというのであろう。
が、切下げる力と切り上げる力では下げる力の方ならまだしも切り上げる力で鬼の力に適う筈がない。
それでも、政勝は矢継ぎ早に突きを入れるように刀を閃かせた。
繰り返される刃の閃きを悪童丸が皮一枚で見事に交わしながらもじりじりと部屋の隅に追い詰められていった。
隅まで追い詰めると政勝は再び上段に構え、やああと気合もろとも刀を振り下ろした。
懺と刀が食い込む筈の先の悪童丸の姿が刃の落ちるより先にふと消えた。
「卑怯だぞ」
政勝が叫ぶ声が大きく響き渡ると、悪童丸の姿が再び闇の中から現れ勢姫を横抱きにだかえると勢姫も悪童丸の首をがっしりと掴んだ。
途端、打掛に手を延ばす様によこっとびにはねあがると打掛を引っ掴み
「はあっ」
と、いう声もろとも悪童丸が窓をけたぐると二人の姿が宙に舞った。
「南無参」
慌てて政勝が駈け寄って窓の下を見たが確かにこの窓より踊り出た二人の姿は地べたに叩き付けられる事もなく、何処かに掻き消えていた。
「衣居山でしょう」
「ゆくか」
月明かりが恐ろしく冴え渡っている。
ー悪童丸ー 11 白蛇抄第2話
「しかし、思うたほど、背いは高くなかったの。身体も小振りに思える」
「悪童丸の父の光来童子もそう、大きくない鬼ときいております」
「光来童子?あの、大台ケ原の光来童子?それがてて親か?」
「はい」
「ふううむ。しかし、あの姿が本物か?三条殿の姿ではなかったのは、判ったが、ひどく美しゅう見えたが?」
「はい。光来童子もかなり美しいときいております。(その上に加えてかなえの美貌である)無理なかりましょう。一説に光来童子は外つ国の女御との間に産まれたとも聞いております」
「なるほど、その血を引いたか。切り及んだ時、あやつの目の色がちと違うときがついておった。鼠色の中に薄い萌黄色が混ざりこんだような不思議な色をしていた。するとあの髪の色もそうなのだな?」
茶けた髪が山野ぐらしのせいなのであろうと思っていた。
にしては、日に焼けたより髪が荒れ果ててはいなかった。
「なるほどの。が、しかし、あの、姿であらば、むしろ、三条殿より美しいかもしれぬ。何故三条の姿を借り受けたのか?」
「悪童丸も三条殿の所に嫁ぐ事を望んでおるのです。その前に、存念を晴らしたかっただけです」
「まさか????」
「いえ。本意です。だからこそ、討っては成りませぬ」
「どうすれと・・・」
「姫を取り返せば、後は、私が因果を含めて」
「話し合うと?甘いわ!!」
「何卒、短気は」
「・・・」
澄明の足がとまった。
悪童丸の物がまさに勢姫のほとの中に精を吐き出そうとしている。
政勝はいきなり走り寄ると、てすさびの荒神丸で悪童丸の男根めがけて切りつけた。
「ぐわああ・・ああ・・あ」
悪童丸の胴が自身の男根と離れてゆく。
「覇沙羅、怨退、覇侘裏、鴛我」
聞いた事もない九字を唱えながら、澄明が悪童丸の元に走りこみ暴れ狂う悪童丸の顔を抑える。
持っていた小束を悪童丸の口に入れ込むと斜に引き裂いた。
「あうあうあうあう」
澄明が悪童丸に印を唱えさせぬ為に舌を切裂いたのだと判った。
「政勝殿、手印を切ります。早く」
見れば、悪童丸が手を翳し今にも印を切ろうとしている。
政勝は荒神丸で悪童丸の指を払った。
ばさばさと血がしたたり落ちるより先に何本か悪童丸のそがれた指が落ちると地面で蠢めいた。
「悪鬼退散 今霊沙、沙破菩提、諮.因.捧、解、樺、沙、断」
「おやめなさい」
因を唱える澄明のそばに勢姫の声が近く聞こえたかと思うと
「悪童丸。お逃げ」
いつの間にか忍び寄った裸身の勢姫が政勝の前に立ちはだかった。
血に塗れた悪童丸の男根を手に持っていた。
が、それを政勝の目の前にぐいと押し出すと叫んだ。
「政勝、気がすんだであろう。悪童丸の命までとりては、勢は鬼と化すより他。澄明。お止めなさい。縁者の封印を解きなさい」
頭の奥を除きこむような目付きで何か考えていた澄明だったが、黙って印を解いた。
印を解くと澄明は勢姫のうち捨てられた着物を拾い上げると姫に打ちかけた。
袖を通しながら、勢姫は切り落とされた指を拾い上げると、悪童丸に陽根もろとも差出そうとした。
「姫、それは成りませぬ」
「赦してたもれ」
「なりませぬ。そを渡せば、また肉内にくつけおきましょう」
蘇生するのは判っている。蘇生が叶わぬように縁者に封印を唱えた澄明である。
が、今は勢姫の言うとおりに印を解いている。
澄明はもう一度、九字を切る手刀を見せた。
そを渡せば、たちまちの内に澄明が、縁者の印を唱えるのが判ると勢姫は頷いた。
「それでは、指だけでも渡してこの場を立ち去らせます。もう二度とそが無ければ悪童丸も勢との契りはありえませぬ。さあ、お行き」
言うよりも早く悪童丸が勢姫から指を受取ると姿をくらました。
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