―勢がある―
あの勢いで恋を生き抜く。
はらむだろう。
はらむにきまっておる。
はらまずにおくものか。
あの鬼恋しさで何もかもを受け止め
己の生き路をつかみとるはげしさで、
悪童丸との運命を切り開こうとする。
その誠に天が乗る。
自然を、人を生み出した天が乗る。
なるにきまっております。
決まっておる事なぞ口にだすまい。
三条の哀れが主膳に重なって見えた。
姫。貴方がそこまで、彼らに愛される方だという事を
しっておいてほしかった。
なぜなら、やはり、主膳と三条の悲しい瞳が浮かぶ。
土に返す身体もない。
幾日も勢の遺体を求め、夕間暮れてきた堀を捜す二人の姿がみえる。
涙を流せば堀の水さえ眼に映らぬ。
浮かばせた船の上から涙を堪え水面を凝らす。
流せぬ涙が一気にあふれ勢の姿をみつけたくはない。
涙が堀の水におちた。
波紋が小さく広がり
見付からぬ勢を思い、肩を落とした
夫と父親の姿が夕闇の中の点景になる。
影を濃くした景色にやっと月がのぼりはじめた。
澄明の見る景色は物憂い。
だが、一方で勢姫の嬌声がきこえる。
―澄明。天がわらわに与えた人ぞ―
朧の月に舞った姫はさながら天に帰る天乙女。
その手に帰り来た天乙女を抱きとめるは、
青磁の瞳を持つ紅の髪の異邦人。
去り行く姿を幸いとなす乙女はあられもなく鬼の首に手をまわす。
―澄明。わらわは鬼ぞ―
幸い被る姫のかむりには角こそはえておらぬが、
勢は確かに
おんの子に生まれた事を
楼上を飛んだかなえさながら、
舞いおどってみせた。
喜びという緋扇をはためかせて・・・・。
(おしまい)
最後に付け加えておく事にする。
かなえが天守閣をとんで死んだと聞いた是紀はにたりとわろうた。
「やりおったな・・」
かなえのはかりと読んだ。
そして、あの鬼がかなえを死なせるはずが無い。
是紀は信じている。
信じた自分を疑いもせぬ男は更なる勢の死にざまをしらされて、
もっと、わらった。
同じ死にざまにいや、生き様というべきかも知れない。
気がついた事は勢が光来童子の子であったということである。
ましてや、あのかなえの子である。
ならば、鬼を求めるにきまっておる。
勢めも鬼を呼んで、とびすさったな。
かんらからからとわらい、
恋をまっとうする女の血が誰から継がれたかと妻、豊をふりむいた。
ひたむきに是紀を慕う豊の血なのであろう。
一生会うこともなくなった娘と孫であろう。
が、よいわ。わしにはおまえがおる。
かなえも勢もいきておると信じさせるおまえの恋がある。
老妻の手をひきよせ、是紀はわれこそが幸いものだと思った。
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