少彦名
『古事記』によれば、スクナビコナは、大国主の国造りに際し、天乃羅摩船(アメノカガミノフネ=ガガイモの実とされる)に乗り、鵝(ヒムシ=ガとされる)の皮の着物を着て波の彼方より来訪し、神産巣日神の命によって義兄弟の関係となって国造りに参加した。
少彦名が、乗ってきた船
天乃羅摩船
天乃羅馬船とも、書かれている。
ローマとかいて、変換をかけると 羅馬になる。
天乃羅馬船に乗ってきた 少彦名
と、なると、
さては、外人か? ズバリ ローマ人か?と、
思ってしまう。
あながち、嘘でもない気がするのが
因幡の白兎とか・・・
(白人のことではないか?あるいは、アルビノ)
天皇家の系図の中 (仲哀天皇近辺だったか)
清明天皇???(記憶薄い)は、アルビノだったという。
大国主命(オオクニヌシノミコト)には、
八十神(やそがみ) と呼ばれる大勢の兄神がいました。
これも、八十神も、耶蘇(キリスト教徒)神におもえてしまって、
この辺りも、外人?
などと、おもってしまうwww
が、色々、調べていくと、
キリスト以前の信仰
ヤハウェとか・・・
旧約聖書あたりの信仰とか
色々、入り込んでるのが判る。
ーこの話も‥いずれー
なので、少彦名が外人(渡来人)という考えも
あり得る。
で、話し戻して、
天乃羅馬船
ローマ船 羅馬船 と、かいて、
ーかがみぶねーと読む。
こうなると、字ずらで考えたくなる。
にぎはやひ 奴奈宣破姫・・9
でも、扱ったが
船のへさきに、鏡を掲げ、
敵意は無い・・という印にしたという考え方。
漢字で考えると
羅馬は、馬を連ねる。ということ。
船に馬をのせて、かがませて連れてきたか?
屈み馬・・・かがみ船・・・
こういう考え方をするのは、
万葉集による。
刺す竹の (大宮人、に掛かる言葉)
これを、万葉集の原文で読むと
佐須太気能 ー大宮人ーとなる。
音が当てはまる文字を選んでいるだけでなく
意味がちゃんとある。
佐(精神)須(清い)太(太っ腹の太)気(気質・気持ち)能(はたらく、持っている)
つづめると、
清く正しい心をお持ちの―大宮人
ところが、刺す竹の・・の意味を考え
歌の内容を考えると
刺す竹は
時代劇などで、木や竹に訴状を挟んで代官(お上)などに差し出す道具・様
こうなると、
刺す竹は ご意見申し上げたい という意味になる
これが、枕詞になる大宮人
大宮人は、清く正しい心をお持ちの―大宮人のはずである。
で、あるのに
ご意見申し上げたい・・・
で、歌の内容は
今も大宮人は、人をいびって喜んでるのだろうか?とか、
ロクでもないことが多い。
すると、意味が通じてくる。
刺す竹(ご意見申し上げたい)
佐須太気能(大宮人は、清く正しい心をお持ち)
場面に応じて、刺す竹の意味合いが変わるが
佐須太気能 は、、同じ。
別の場面では
刺す竹がご意見申し上げたい
では、なく
しもじもが、直接手渡しできず 竹に刺して渡すほどの身分
と、いう意味の
佐須太気能と刺す竹になってくる。
こういうややこしいことをいわなくても
似たようなことは、今もある。
大熊猫 と、書いて ジャイアントパンダ
と、読ませたり・・・
漢字の意味合いと
文字の意味合いと
実際の呼び名
が、
大熊猫の文字になっている。
なので、
羅馬船 という漢字と
かがみ船という音と
かなり、範囲をひろげて考える余地が出来てしまう。
言い出せば
瓊瓊杵尊
邇邇芸命
も、同じ音でありながら
字面が違うことで
瓊瓊杵尊は、
大分になるか?臼杵地方
邇邇芸命は 日向とか、福岡地方
かつ、王の舞や神楽に見られる赤色の面をかぶって
芸をする(語弊があるが)ものに共通する。
ーウガヤフキアエズ
ーくにとこたち
ーさるたひこ
他・・の王の舞の面は赤い(王朝の意味合いも考えさせられる)
(邇邇芸命 邇邇は、赤赤という意味らしい)
など、
字面からも、なにか、違いがあるのが判る。
八上姫だったか
八 ヤは、
ヤハウェに通じるし
八坂神社
弥彦神社
ヘブライの紋章とか、(ダビデ紋)
祭りの仕方とか
ーいやさかーに通じるところがある。
すると、八上姫あたりは、
ヘブライ人?かもしれず
白兎も、白人系 ヘブライ人ととると
大国主命って、なに人?
八十(耶蘇)神にいじめられていたのは、
人種差別?宗教争?
(勢力分布による)
まあ、不比等くんが、
いろいろ、改ざんしてくれてるおかげで
ー南ユダ王たちの名前が、ウガヤフキアエズの本名
ひこ なぎさたけ うがやふきあえず の みこと
に、おりこまれているー
かなり、見えてきたところがある。
あとは、どこまで、ヘブライ人が
かかわっていたか・・・
あるいは、
不比等君が
かかわったことにしたか・・
なかなか、探しきれない。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます