憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

白い朝に・・26

2022-09-09 13:55:16 | 白い朝に・・・(執筆中)

ドアを開けると瞳子が私にむしゃぶりついてきた。

「もう一度、お仕事に行きますよ」

帰宅ではないことを告げ、夫人を呼んだ。

「どうなさいました?」

早い時間の来訪を夫人はいぶかしく問い直してきた。

「クリニックに行ってきました。瞳子の治療に催眠療法があると解かって、

クリニックから同意書を貰ってきたのですが、教授が同意してくれません」

夫人は私にもぶりつく瞳子を見つめていた。

瞳子の様子が夫人の思いを揺さぶっていた。

「主人が同意しなかったのですよね」

夫人は教授が同意しなかったわけを考えているようだった。

「不安なのだと思います。もしかしたら、もっと悪くなるかもしれないとお考えのようでした。

ですが、この療法は表面的には、なんの変化もおきません。

そして、最大の目的は瞳子の深層意識に入って発症の根本原因を探すということなのです。

根本原因をお母様は夫婦のことを瞳子さんが目撃したことにあるかもしれないとお考えになったようですが、

医者の話からすると、なにか、別に原因があるようです。そのあたりのことをはっきりさせないと本当の治療に結びつかないのです」

夫人は瞳子をじっと見つめていた。

「その根本原因を催眠療法で引きだすだけなのです。

瞳子は自分が何を話したかさえ覚えていないように暗示をかけますから、この療法がきっかけで悪くなることはありません」

「私たちのことが・・瞳子の発症の原因ではない・・。それとは別になにかあるというのですね?」

夫人はやはり呵責を持っていた。

「確かに・・辛いことを言いますが、要因には、なっていたと思います。

ですが、そのことで、瞳子が「このままのほうがよい」と診断されるのはおかしいと思うのですよ。

医者はもっと深い原因があると考えているようです」

私は卑怯だと思う。婦人の呵責をついて、同意をもとめている。

夫人にすれば、自分たちのせいだと自分を責める枷をとかれるだろう。

そして、目の前の瞳子の私を頼りきった姿と私が瞳子の回復のために走り回る姿。

「主人はなぜ、同意しなかったのでしょう・・」

夫人は小さな責めをこぼすと、教授の名前を同意書に書き、判を突いてくれた。

私は教授への説得の薄さを省みた。

「私もうまく説明できなかったのですよ。

それにとくに教授は「おじさま」と呼ばれたり、最初の頃は恐れられていたのでしょう?

そのショックからまだまだ回復できていないと思いますよ。

不安で仕方が無いのは、教授も精神的にまいっているせいなのですから」

夫人は静かにうなづいた。

それは、また夫人も疲労しているせいなのだが、それでも、教授への理解が薄かったと自分を振り返っているように見えた。

私は瞳子に

「お仕事にいってくるよ」と、告げ、不安げな色をみせた瞳子に「ちゃんと、夕方には帰ってくるから」と夫人のうなづく顔を確認しながら瞳子をなだめた。

外に出ると私は一目散にクリニックにむかった。


大急ぎでクリニックに飛び込んだのは閉院まぎわの様子が見えたからだ。

「同意書をもってきました」

と、受付の女史に渡すと、しばらくお待ちくださいと待合室の椅子をすすめられた。

女史は同意書を診察室にもっていてくれた。

私は椅子に座るとやっとあたりを見渡す余裕が出来てきた。

まだ3人ほど、診察を待っている人間がいた。

この人たちの診察が終わるのを待つしかない。

今、診察室の中から、薄い水色のハンカチで目頭を押さえながら一人出てきた。

入れ替わり名前を呼ばれた50過ぎの婦人が暗い顔で、診察室の中に入っていった。

あとふたり。椅子にもたれなおすと、私はあとのふたりを見た。

どこか疲れた顔、無表情のまま、一点を擬視しているのは、共通項だ。

私もあるいは、同じ顔をしているのかもしれない。

こうやって、一人で通院してくるということは、まだ、軽度と言えるのかもしれない。

いや、あるいは、患者本人でなく患者の家族かもしれない。

私は瞳子を思い浮かべている。

不調だとか、苦しいとか、何らかの症状を自覚できるのなら、薬やセラピーなどで簡単に治せるかもしれない。

もちろん、本人にとって、簡単に、は、心外であろうが、

まだ、こうやって一人で通院できるなら軽度とおもってしまう「瞳子」の状況が思い浮かび、

私は待合室の中でいいようのない孤独につかまってしまった。

唯一、頼りにする女医との接見をあてどに、私は孤独に耐える。

その時間がひどく長く感じた。

待ち続ける間、新たな来院者が来ないことを私はひそかに願っていた。

願いが聞き取られたのか、幸いなことに私が最後の来院者になった。

受付女史がクローズドの小さな札をもち、今日の診察終了を扉にかけ終えると、もう一人残っていた患者(だと思う)が、診察室に消えていった。

いれかわりに出てきた患者たちは処方箋を貰うとクリニックの近くの薬局を指示されていた。

待合室のポスターや卒業した精神医学科から寄贈された白い彫像がやっと私の目に入ってきた。

その彫像の横に小さなぶっくすたんどがあり、いくつかのパンフレットや薄い冊子があることに私は始めて気がついた。

冊子を手に取り、表紙を眺めてみた。

鬱病の兆候。PTSDの発症とその要因。などの文字が読み取れ、私はページを開いた。



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