小さな設問コーナーがあり、鬱病は薬では完治しないと聞きましたが本当ですか?と、問われていた。
私は薬で治る病気もあるし、薬だけじゃ治らない病気もあるだろうと、思いながら回答を読み進んでいった。
回答は通り一遍のもので、ちょっと調子が良くなってきたと思っても、
自分の判断で薬をやめたり、減らしたりすると、ダイエットと同じで薬をやめると却って、
リバウンド作用がおきるので必ず医者に相談することと書かれていた。
副作用の心配についても薬の仕組みが書かれていた。
鬱病などは、何らかの環境の変化が原因で起こりやすいものだが、
環境の改善を図ることが出来ない場合、薬で症状をおさえることができるようで、
その薬の作用について、説明されていた。
鬱病の発症に付随してくる感情の一つに倦怠感ややる気のなさが挙げられる。
これは、実はドーパミンという活力をつかさどるホルモンが脳下垂体から分泌されるのであるが、
この分泌量が激減するために起きるのだという。
何故、ストレスやアクシデントによりドーパミンが激減してしまうのか、その原因は解明されていないが、治療方法としては解決を得た。
ドーパミンを補充してやれば良い。
女性が閉経などでホルモンバランスを崩したりした時にホルモン注射をしたり、
糖尿病でのインシュリンの補充をしたりするのと同じ考え方なので、副作用の心配は無い。
人間の体が水分を取るのと同じように分泌しなくなったものを補充するだけであり、
むしろ、分泌しなくなったことの副作用が鬱病などの様相を示す。
確か瞳子は安定剤を処方されていたと聞いた。
安定剤は?
ページをくろうとしたとき、私の名前が呼ばれた。
診察室に入ると、女医は例のテーブルにすわり、私を待ち受けていた。
だが?
この前と違って、女医は私に女医の正面の座席を勧めるためだろう、あえて、先に、向かい正面を陣取っていた。
それが、やけに私に威圧感と緊張感を与えてくる。
この前の時に思ったように、お互いが座る場所によって、座のもつ空気が変わる。
女医がこういう座席の配置を選んだところ、私はこの時、かすかな不安といやな予感を感じていた。
座った私の前に同意書が押し出された。
「これは、瞳子さんの御父さんのサインじゃありませんね」
問診票か?なにかに教授が以前にかいたものとつきあわせたのか?
あるいは、夫人がなにか、書いたものとつきあわせたのか、よくわからないが
女医は判までついてある同意書のサインが教授のものか、どうか、確認をしたということになる。
なんのためにそこまで、確認するのか、一瞬、疑問が掠めた。だが、女医の質問に答えるほうが先立った。
「ええ。確かに教授、いや、父親のサインじゃありません。
これは、教授が忙しくて手が離せなかったので、夫人に代筆するように、手配してくれたものです。ですから、判もちゃんと・・」
押してあるでしょうと、説明する私に女医は首を振った。
「だめなんですよ。家族の了承とはいうものの、一家の長という考え方がまかり通るのですよ。
とくに篠崎さんの場合、ご主人が生計を立ててらっしゃる。この方が本当に同意したという証拠として本人の直筆が必要なのです」
私の勘が妙だと反応していた。
「ちょっと、待ってください。
事前の説明では家族の同意ということで、サインをもらえればよいということだったじゃないですか。
教授が手がはなせなくて、家族である夫人に代筆を頼んだものが認められないというのなら、
何故、はじめに家長自らのサインが必要だとおっしゃってくれなかったのですか?
貴女は・・・まるで、」
私の中に沸いてきた思いは「この女医は、ぬらりくらりと逃げている」と、いうものだった。
だが、事実、教授の同意を得てない私は自分が作った方便が見破られないようしなければいけない。
教授の直筆が必要であるなら、取り直してきます。
そういう言い方が通常だろう。
教授の同意を得ていないのに夫人に代筆させたというのは、女医の理論にかかると詐欺行為にさえなってしまう。
ところが、女医は私の言葉を聞き流さなかった。
「貴女?はなんでしょう?」
私は腹をわるしかないと思った。
「貴女ははじめから、そうだった。
どうしても、治療しようとしない。
やっと、催眠療法をという段になっても、、なにか、なんくせをつけて、断ろうとしているように見える」
女医はかすかに笑った。
それは、ダダをこねる子供にむけるものに相通じていた。
「貴方の行為は医者に対する詐欺行為ですよ」
思ったとおりのことを女医が言い出してきた。
「医は仁術ともいいますよね。
家族の意志が同意しているという明らかな証拠があるのに、なぜ、紙切れ一枚にこだわるのですか?
あれほど家族のサポートや環境と家族の意思を重要視する貴女が、歴然とした証拠をまえに、拒否してくるのですか?
私には解からない。
それとも、貴女に治療技術がなくて、出来ないからそんなことを言い訳ににげているのですか?」
大きく息を吸いなおした女医の肩がすとんと落ちた。
「それならば、そうだとはっきり言ってください。
そして、きちんと対処できるほかの医者を・・」
この女医が本当に技術がないのなら、この女医に紹介された医者だってあてになるわけがない。
と、私は言葉をとめた。
だが、他の医者・・これはこの前もそうだったが、他の医者という言葉をだすと、とたんに女医の態度が変わり始める。
それは、他の医者にいかせないための女医が対応をかえてくるように思える。
他の医者にいかせたくもなく、治療ものらりくらりと逃げる。
やはり、女医は「このままでよい」を通そうとしているように思える。
「このままでよい」を通そうとしているのは、女医だけじゃない。
教授も消極的で、なにかしら、積極的な治療を避けたがる。
私の頭の中に夫人の一言が一瞬、浮かび上がった。
『どうして、同意してくれなかったのか』
「そうじゃないんですよ。篠崎さんが・・」
女医の言葉に私は我にかえった。
「教授が・・?」
女医は黙った。胸の奥に秘めていることをはなそうか話すまいか迷っているようにも見えた。
「篠崎さんが同意しないとおもったんですよ」
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