宗門の戸を潜り抜けると、春がそこまで来ていた。
かなえの四十九日に墓所に骨を埋める事はできなかった。
荼毘に付す身体もなく、惹ききれた内掛けに包んだ
僅かな手の残骸だけを土に埋めると、親子は弔いを終えた。
それから、二月ちかく。
かなえの無残な死にざまが、主膳をすっかり面やつれさせていた。
「父さま」
勢が主膳を呼んだ。
かなえの死が一番応えている人に、
かなえの死のわけなぞ聞けるわけがない。
「桜が咲きかけておりまする」
せめて主膳の心をすこしでも浮き立たせてやりたい勢でしかなかった。
「あ、あああ」
主膳の眼に映った桜は満開の桜に見えた。
その満開の桜の下に敷き詰められた緋毛氈の上で、かなえは茶をたてた。
「父さま?」
「あ」
勢が主膳を覗き込んだ。
勢はなんと、かなえににておることであろう。
「元気をだしてくださりませ」
かなえがそういっている。そんなきがした。
わずか十の子が母を失った悲しみを堪え、父をはげまそうとしている。
「一穂もうまれましたに・・ないてなぞおられませんに」
大人びた口調で父親をそっと諭す口調が
やはりかなえを思い起こさせられる。
「そうじゃな」
先年のことである。
主膳は嫡男が生まれぬと重臣に詰め寄られた。
勢が生まれたが、後のないかなえであった。
「じきに・・じきに・・次が・・」
子は宿ると信じていた主膳は家臣をなだめてきていた。
そのじきにが七年八年となってきたとき、
かなえへの寵愛を判っていすぎる家臣も腹をくくった。
「殿。側女をもたれよ」
頭を下げる重臣を前に主膳は頷くしかなかった。
かなえとの間に睦事がないわけではない。
が、どうしたわけか。
勢の後。主膳の胤は、かなえに根をおろそうとしなかった。
「なにが・・いかぬのじゃろうか?」
と、考えた時もあった。
が、主膳はかなえを世継ぎを生ませしめるために
伊勢から貰い受けたのではない。
共に居たい。側におってほしい。
たった、それだけの心根でしかなかった。
恋しくて恋しくて。
たった、それだけであった。
だが、一国一城の主の身の上は、
主膳を一途な男としてだけの幸せに浸りこませる事を赦さなかった。
―わしには、かなえがおるのに・・・―
この憂いを拭い去ったのがほかならぬかなえであった。
「八重さまの所にわたらせくださりませ」
かなえの口から側女に据え置かれた八重の名前まで言われた。
―誰がかなえにいらぬことをいうた―
かなえがどんな思いで八重の事を口に出したか。
いや、八重の登城がなんのためであるか。
八重の存在がなんであるか。
其れを知らされた時かなえはどんなにか己をせめたであろう。
男子を成せない。いや子すらも孕めない。
自分を責めたかなえは主膳が進退きわまったのをさっしたのである。
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