憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―鬼の子(おんのこ)― 1 白蛇抄第14話

2022-09-06 07:09:51 | ―おんの子(鬼の子)―  白蛇抄第14話

伽羅は、悪童丸がどこに出かけ、

誰に会いに行っていたかを知っていたが何も聞こうとしなかった。

もうふたと瀬もすると悪童丸は十二になる。

鬼の男子は十二になると、一人立ちをする。

自分で居を構え、自分独りで

生きるための糧を手に入れて生きてゆかなければならない。

辛く厳しい生活ではあるが、そのかわり何をしようと

どう生きようと、誰にも束縛されることはない大人としても認められる。

そうなったら、例え親であっても独り立ちをした

おのこを拘束する事はできない。

そのときが近づいてきている。

親でもない伽羅であるが、

いずこの母鬼でも潜り抜けなければならない別離に

確固たる心を構えようとしていたのである。

だから、今は伽羅の手元にいる悪童丸であっても、

悪童丸の独立と自由を認めてしまわなければならない。

誰のものでもない。

悪童丸は悪童丸自身のものである。

そう考えてきた伽羅は、

悪童丸の生い立ちを包み隠さず話し聞かせてきていた。

ゆえに悪童丸は伽羅が母親でない事も知っているし、

自分が鬼と人との間に生まれ半妖の血を宿している事も理解していた。

 

「勢という名前はの、母様の在所の伊勢からもろうたそうじゃ」

くったくなく、一点のかげりさえない性質は

かなえそのままであることを悪童丸は知る由もない。

勢から聞かされた母親の話はもとより、

姉である勢の些細な話も悪童丸は伽羅に話している。

「姉さまはほんに、きれいなお人じゃ。母様にようにておるんじゃ」

「そうかえ」

伽羅は黙って頷いて見せた。

悪童丸を拾ったときのことを伽羅は思いだしている。

上等の絹にくるまれながら、

悪童丸は生まれてすぐに衣居山にすてられた。

伽羅には海老名の行動を予測できている事であったので、

片時も目を離さずに海老名の動向をみつめていたのである。

生まれ来る子は主膳の子か?

童子の子か?

海老名の行動がそれを明らかにする事であろう。

おそらくは、十中八九、童子の子である。

童子が居を大台ケ原から

かなえの住む長浜に近い息吹山に変えた事からでも、

それは図らずも暗目のうちに

童子の子であろう所業の果てを言い表していたようにも

伽羅には思えていた。

何度、童子に尋ねた事であろう。

「かなえを連れにゆかぬのか?何故ゆかぬ?もう、かまわぬでないか?」

伽羅の言葉に童子は首を振った。

「ならば、何故ここに来た。大台ケ原にすもうとればよいでないか?」

「せんないことを・・・」

童子の瞳から大きなしずくが音も立てずに流れてゆくのを見ると

伽羅は黙った。

「お前?生まれた子がお前の子であらば、その子はどうする?

その子はどうなる?」

大きな瞳が空の色を吸い込むかと思うほどに見開かれると瞳は海になる。

「のぞんではいかぬことじゃに」

「馬鹿な。見殺しにする気でおるというか?」

主膳の子であることをのみ信じ込もうとしている童子に

刺す様な言葉で童子の深淵を抉り出そうとする事が

どんなにむごいことであるか。

「あれは、幸せでおるはずじゃ。主膳は良い人じゃ。

かなえを真に思うておる。子をなくし去ったとしても

それを乗り越えて、主膳に添い遂げてよかったとおもうてくれる」

童子の子であらば

あるいは海老名がその生をついえることもありえると童子はふんでいる。が、死産と称してでも、主膳の子であった

と、海老名はいいつのってみせることであろう。

「お前・・子をしなせてもよいというか?」

「主膳のお子じゃ」

かむりをふって童子は己の中の事実をふさぎこもうとしている。

何もかも前世。今生の事ではない。

諦念を託った童子がわびている事は

かなえと過ごした七日七夜の日々である。

どうにもならぬ激情に魂も心も身体も解け流す事を許し、

結ばれたかなえをどうあきらめる事が出来る?

「いきていとうない・・なれど・・」

あの七日七夜が一生だった。

だが、それを誰よりも判っている己が死んだら、

かなえの七日七夜は誰が抱いてやれる?

たった七日の日々を誰がいとしんでやれる?

童子の苦しみをこれ以上、見ていられるわけもなく

伽羅はそっとその場を立ち去った。

 



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