が、悪童丸の言葉を聞く伽羅はほんの少し暗い眼をしていた。
悪童丸が目ざとく伽羅の顔色に気が付くと
「?伽羅・・なんぞ」
「いや、なんでもない」
「いや、というかおではないわ。いうてしまえ」
「う・・む」
伽羅には一つだけきがかりがある。
「お前。妖術をおさめにゆけ」
「なん?どうして、また、急に?」
「血がこわいのじゃ。
童子のてて親が人と通じて童子をうましめた事は
はなしてあったかの?」
「いや・・きいておらぬ」
神妙な顔になる悪童丸である。
光来童子のてて親は如月童子である。
***「七日七夜」においてほんの冒頭にしか登場していない鬼である。***
「光来童子は如月童子が外つ国の女子にうませたこじゃ」
「それで・・」
それで、悪童丸も其の血を引いて異形の姿をしているのである。
「うん。だがな見目形などどうでもよいことじゃ。
今のお前に言うてもわからぬことであろうが・・・」
「いうてもみんで、わかるものかや?」
「そこじゃげな。言うても、判らんじゃろうが
言うて置かねばなるまいと思うておるに・・」
「うむ」
先行きの事であるのだと察しは付いているが、
伽羅が何を言い出すのかよく判らない。
が、聡明なこゆえ、伽羅の話を
しっかりと聞こうという顔つきになっていた。
「つまり、光来童子は人の子であり鬼の子である」
「あいのこじゃな?」
「そうじゃ。じゃが、そんな事なぞ他にない話ではない。
阿部清明という陰陽師なぞは狐と人のとのあいの子じゃといわれておる。人の中においても姿が人を留めておれば人のなかにすもうておる・・」
「うん」
「じゃがな。気になる事はそんなことでない。
お前もいずれ、どこぞの女子をすきになるときがくる」
「わしがか?女子なぞめんどうじゃに。だいいいち、口煩そうて・・」
伽羅の事をいってもいるのだと気が付くと、
悪童丸はぺろりと舌を出して黙った。
伽羅はとがめる様子も見せず
「そのように、今のお前には判らぬ事なのだ。
生きているものであらば、おおよその
男も女子も心の中に自分ではどうしようもない、
今までと違う心が生じて来る」
「其の心が、女子なぞを好きにさせるということかや?ありえぬわ」
「其れはの、ほたえというての。
その身体から、其の心から、其の血から
勝手に湧いてくるものであるから
一旦湧き出したらもう自分の考えの及びつかぬほどに
歯止めがかからぬものなのじゃ」
「ふうん?」
「じゃがの。皆同じほたえをむかうることであれば
其れもどうでも良いことじゃ」
「なんじゃ?伽羅の話はどうでもよいことばかりではないかや?」
伽羅は首を振って見せた。
「ここから話さねば今のおまえにはわからぬ」
「ふううん。すると、これからが本当のはなしということかや?
其れが妖術をおさめろということになるかや?」
よくわからぬ血の話とほたえが
何故に妖術にむすびつくことになるのか?
興深い話を聞くかのように悪童丸の瞳がくるりとうごめいた。
「ほたえは身を焦がす。それほど狂おしいものでな。
時にそのほたえのせいで、命を落とす事とてある」
「嘘、じゃろう?」
ほたえなぞというものさえうまく理解が出来ないのに
そのほたえが己の命を落とさす?
「いんやあ。伽羅の・・」
邪鬼丸をどう呼べばよいかに伽羅は迷った。
「うむ。伽羅の夫になるはずだった男は、
人間の女子にほたえをあげた挙句に
首を切り落とされてころされてしもうたわ」
「其れは、人間の女子にちかよったせいではないか?
ほたえのせいではなかろう?」
「別段、鬼だというせいばかりではないんじゃ。
邪鬼丸とて、人間の女子になぞ近寄ってはいけないのは
重々に承知しておったわな。
なれど・・ほたえが邪鬼丸をひっつかんでしもうたんじゃ」
「そんなものなのか?
ほたえと言うものはそんなにいうことをきかぬものなのか?」
ほたえというものを己の子供か何かのように言い表す悪童丸が
伽羅には可笑しかった。
「そうじゃ。そのほたえに
お前もつかまれてしまうようになったときにな・・」
「う・・う、うん」
いずれ、ほたえの春を迎えることになるという事が
まだ納得出来なくて、悪童丸は不承不承に頷いて
伽羅の言おうとする事に耳を傾けた。
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