引き返す術がなくなったのは、
サーシャへの仕送りがからんだせいでもある。
キエフで・・・どれだけ、金がいるか・・・。
アフターの同僚が
子供のために・・裸で踊った。
ターニャだって出来ないわけは無い。
まがいものの踊りでも、
その手で稼いだ金で
サーシャはいつかプロになる。
踊りたい。
その心を底に埋め隠すと
サーシャを希望の星にかえ、
・・・・。
そして、
いつか・・・・。
私も・・・。
誰かの手に落ちる。
この先、
何百人
何千人の好奇の目にさらされるくらいなら、
きっと、
たったひとりのパトロンのものになったほうが、
楽になれる。
それは・・・・。
サーシャがプロになった時?
悲しい自嘲と諦めがターニャを包み
真っ白になる頭の中で
ステップを踏むこと。
胸を・・・
裸の胸を張る。
なにも、胸を張ること一つもてなかった女に、できることは、
このくらい・・。
真っ直ぐ胸を張って・・・。
目を瞑らない。
腕で覆わない。
ステップ。
次のステップ。
ターン。
タップ。
スカートをふって・・・。
タップ。
ターン・・・・・。
そして・・・。
ターニャのカルメンは絶賛を浴び、
アフターデビューは大成功に終った。
いっそ、逃げ出したい羞恥をこらえさせたものは、ふたつ。
ひとつは、サーシャへの仕送り。
両親の列車事故の弔慰金も、底を突き出した今、収入が増えることは・・・それも、倍増はありがたいとしか言えない。
もうひとつは、微かな希望でしかないのだろうが、
観客の中には、きっと、踊りを見に来る人がいる。
たったひとりでも、純粋に踊りを見てくれる人がいれば・・・、
その人のために踊れる。
自分の存在価値が、踊りに支えられているかぎり、どんな場末でも・・踊れる。
何度もくじけそうになる心を叱咤して、
2週間が過ぎた。
だが、たった、2週間でターニャをささえていた物事がくずれさるとは、
ターニャも思いもしなかった。
イワノフから、事務所に来るようにと
連絡を受けた時、
ターニャは自宅で一通の手紙を手にしていた。
差出人はサーシャ。
封をあけなくても、内容は分かる気がする。
キエフでの生活。
レッスンのこと。
そして、それらを支えるべきバイトはみつかったろうか?
ターニャの知りたい答えがこの手紙に入っている。
封をきろうとした時、イワノフから連絡が入った。
なんとなく、憂鬱なイワノフの声にターニャは
サーシャの手紙を後にすることにした。
またも、ろくでもない演目をしいられるのかもしれない。
もしかすると、もっと、腰をふれとか、
胸を揺すれとか、
そういう類いの注文かもしれない。
イワノフの憂鬱そうな声音が
ろくなニュースでないと証明しているから
サーシャの手紙で、胸を弾ませた思いがいっぺんにしぼんでしまうだろうから
イワノフの話を聞いてから
サーシャの手紙を読んだほうが安らぐと考えた。
手紙の封をきらないまま、ダイニングテーブルの上に置くと、
ターニャはイワノフの事務所に行くために
ストールをまきつけた。
外は随分春めいてきていたけど、
やはり、まだ、寒い。
寒い外を歩き、
また、イワノフの話に心を凍えさせられる。
帰ってきたら、身も心も温めてくれる手紙を
留守番役にして、
「なにをいわれても、くじけない」
独り言で、応援しながら、
ターニャはイワノフの前に立った。
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