憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

懐の銭・・・3

2022-12-07 15:25:14 | 懐の銭

こんなことがいつまでも続くはずがない。

女将の思ったとおり、男の賽の目に狂いが生じ始めていた。

今日はつけでたのむよと、殊勝な小声でたのむことが、ふえてきた。

勝てば、いつもの与太者がついてくる。

まけても、付けですますものだから、やはり

与太者がついてくる。

三度に一度の付け払いが五度に一度になりながらも

「かったら、きれいにはらってるじゃねえか」

が、男の言い分だったが、男一人でのんでるならまだしも、

懐の銭をあてこんだ与太者があたりまえのように男にくっついてくる。

はじめのしおらしい態度もとうにどこかにきえうせて、

ひどいときには、男より先に店にきて、のみくいする。

男の顔をみれば、口だけはかわいらしい。

「さきにごちになってますよ」

うむをいわせぬ強請りをいえるところが、

よたものがよたものである由縁でしかない。

席にすわりはじめた男をちょいとひっぱって

賄い場の玉のれんの影で男に意見をしてみた。

与太者たちは、女将を男の色だとおもっているから、

ちょいと野卑な掛け声をあげる。

「あら~~ちょっと、あたしの相手もしてくんなさいよお」

女将が男にいいたいことだろう言葉をなげかけてみせる。

男は色だとおもわせたままのいいかっこうをつくろいたいから

与太者の手前女将の手招きに応じるしかない。

「ねえ、もう賭場通いはやめなよ。

つけがたまってるからいうんじゃないんだ。

あんた、あいつらに食い物にされてるだけじゃないか。

そんなことにつかわなくたって、

お里ちゃんの先のために・・」

男の口先がぐなりとまがってみえた。

「こんな博打でかせいだ金なんか喜びゃしねえよ」

「だったら、いい加減まっとうにはたらいて・・」

「俺にゃあ、仕事が来ないんだよ」

「え?」

「親方が・・な・・俺に仕事をまわすなってふれまわってんだろうよ・・」

「う・・嘘だろ?」

文治親方がそんな小細工を弄するとは思えない。

だが、男の顔が悲痛に曲がった。

「俺だってな・・ここまで、やられちゃあ・・な・・」

男のいう事は本当だろう。

だが、いっぱしの職人が私怨でここまで、男をおいつめはすまい。

「あんた?それが本当なら、いったいなにをやらかしちまったんだい?

大の男がそこまでやるなら、そりゃあ、あんただってよほどのことをやらかしちまったんじゃないのかい?」

「へっ・・」

男が力なく笑って見せた。

その顔には、

「おまえにやあ、わからない」

って、そう書いてあった。

「でもね、あんただって、一本気な人間だ。

よほどのことをやらかしたとはあたしには思えない。

だったらね・・。

こりゃあ、文次郎親方はあんたに元通りもどってきてほしいってことじゃないのかねえ?

だから、ちょっと、姑息なやりかただけどさ。

親方にもなりゃあ、簡単に徒弟に頭をさげられない「沽券」ってものもあるんだろうしさ・・」

男は女将の言葉になにを思うか、くすくすと笑い始めていた。

「なんだよ?」

男はかぶりをふると女将の顔をまっすぐねめつけた。

「沽券だと?沽券がありゃあ、あんなこと、やりゃしねえ・・」

男の言葉が女将のみぞおちにひっかかる。

「あんなことっていったね?

文次郎親方がなにかしたってことなんだね?

しでかしたのはあんたのほうじゃなくて、

文次郎親方なんだね?」

堰につまったものをわずかながら、はきだしてしまえた男はいくばくか、胸のしこりがおちたのだろう。

「まあ、いいってことよ。

俺だって恩をうけた親方のことをな、あげつらうような屑にだけはなりたかねえんだ。

俺がこうやって、つまらねえ人生をおくってるから、

親方も安泰。

俺は恩を仇でかえすような畜生みてえな人間にならずにすんでる。

お互いこれで、万事まるくおさまってるってことさ・・」

女将の小首が違うとわずかに動いたが、男は話をそこできりあげた。

「まあ、いつまでも、あいつらをまたしておくわけにもいかねえから・・」

ひょいと玉のれんを片手ではねあげると男が席にもどっていった。

玉のれんの向こう側で女将は男が自分の人生をなげてしまったんだと

はじめて気がついていた。

そして、たんたんと喋った男であればあるほど、その覚悟がとっくについたという事になるんだと思った。



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