そして、次の日になれば、男は賭場のあがりを懐にのみに来る。
ちょいと、いい目がでたものだから、たんまり懐が厚い。
傍目のうろんの目が逆に男の心を逆なでする。
けばだった心をなでおろすかのように、男は懐の銭をはたく。
「ええ、たんまり、のませてやってくれよ。
つけ払いだなんて、けちなことはいいやしない」
つれてきたか、さそったか、たかられているのか、
三人ばかりの風采の悪い男が男を取り囲む。
「いやあ、ごちになりますよ」
「しかし、まあ、あの賽の目のよみよう・・神技としかいいようがねえ」
「ここはおやっさんの、これかい?」
小指をたててみせた男の言葉にてんでかってをいっていた男たちが一様にだまりこむと、
女将を上から下までなめまわす。
「へへっ・・・いい女じゃないですかあ」
「賽の目も見る目があるけど、こっちも見る目ありで・・」
女将の艶具合を値踏みしてみせる。
とんでもない御託でしかないが、男には適当なおだてさえ、ここちよいのだろう
俺の女じゃねえとの一言もなかった。
『あんた・・とうとう、まともな人間に相手されなくなっちまって・・』
男は女房ともまともに、口をきいてはいはすまい。
あわせづらい顔をさけてしまえば、まともに男に口をきく相手など居なくなる。
物寂しさと今の自分を肯定するために、男は普段なら相手にしないたかり風情の
べんちゃらに心をあけわたしはじめていた。
「さあさ、此処はなんといっても、采の味がいいんだ、
好きなものを好きなだけたべて、のみあかそうじゃあねえか」
転落に拍車をかけるのが、
「いい顔」をしたがるってことだろう。
その裏側にいくら物寂しい心があったって、
転落はそんな「思い」をこれっぽっちも考慮しやしない。
口すっぱくなりそうになるのを、女将はこらえた。
自分だって生きていくのに、かつかつなんだ。
口でいくら説教してみたって、
転落の散財だってわかっていたって、
その金をもらわなきゃ自分だって困るんだ。
『あたしだって、与太者のたかり根性とどれほどの違いはありはしない。
そんなもんなんだ。
人様の転落だって、おかまいなしに銭にかえて、自分がいきていくしかないんだ』
女将の煩悶をよそに男はあれやこれや、注文をつけてくる。
「ここのだしまきがな・・
こりゃあ、うまいのなんの。
なあ女将。あつあつのだしまきをたのむぜ」
「あいよ」
と、かすれた声で返事を返すと女将は賄い場にはいりこんだ。
「いい尻じゃねえですか・・」
女将の後ろ姿に男との濡れ場を想うか、
与太者のひとりがぽつりとつぶやいた。
「俺もいっぺん、ねんごろになってみてえもんだ」
うらやましげな科白も男にとって、ただ心地よいものでしかないのだろう。
女将は小さなため息とともに、ぽつりと一滴の悔し涙をおとした。
『あたしにたんまり銭があれば・・』
銭がない自分が悪いのか、ちっともたちなおらない男が悪いはずだろう。
だが、そんなことはどっちでも良かった。
どんどん、堕ちていく男の金をあてこまなきゃならない自分をすこしだけ哀れんだ「汗」が
瞳からおちてしまっただけにすぎない。
『とにかく・あたしもくっていかなきゃ・・』
心を鬼にして、女将は卵を椀に四つばかりわりいれた。
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