(箱舟(第1部)を書き終えた私だったが、
物語の終わらせ方がしっくりこなかった。
だいいち、-私ーはこの先どうなってしまうんだろう?
彼女と共存するにしたって、どういう風に共存していくんだろう?
寄生植物を考えたって、寄生側が宿主を殺してしまうようなことを
しないのとおなじように、彼女が宿主に必要以上のコンタクトをとらないのはわかるけど、
どうなるんだろう?
もうひとつの案でもう一度かきなおそうか?
そうおもいながら私はカレンダーをちらりとみた。
某出版社、編集長からのじきじきのお声がかりで、
私は箱舟を書き始めた。
猶予は1週間。短編でよい。
新進作家の登竜門でもある機関紙に載せてもらえれば
私は作家になれる。
だけど・・・・。
こんなもんじゃだめだとおもう。
おもいながら、
この箱舟に妙な愛着がわいていた。
そうだ・・・。
編集長に一度よんでもらって、
意見をもらったほうが、私の妙な愛着がときはなてるかもしれない。
案外、こういう終わり方もおもしろいといってもらえるかもしれないし
そうじゃないかもしれない。
それを決めるのは、読み手だろうし、
今の私は、まだまだ、読み手視線になれそうもなく、
明日一番のバスに飛び乗るためにも、
箱舟をプリントアウトすることにした。
バスをおりて、5分あるく・・。
まだ、頭の中で箱舟の終わりかたがきになってしかたがない。
なんだか、まだ、続きがあるはずなのに、
終わらせてしまった。
そんな後悔に似た思いがわいてきて
あの結末にきまったわけでもないのに・・・
と、独り言で書き直しを命ぜられた自分を宥めると、
いつのまにか、出版社のビルの前・・・・。
さあ、だめおしもらうかあ・・・。
ちょっぴり、勇気をふりしぼって、編集室へのエレベータにのりこんだ。
エレベーターをおりて、右・・・。
しぶい顔の編集長を想像するのも、
書き直しへの覚悟への激励かな?
けっこう、自分で妙にきにいってるんだって、
改めて自覚できたのだけが、収穫。
ドアをノックしてそっと顔をつっこんで、あたりをみまわす。
なんだか、ざわついた様子・・・。
編集長・・・・は・・・デスクにすわって、覚悟以上の渋い顔。
前にも同じ顔をみたことがある。
締め切りにまにあわないぞって、怒鳴りあげたあと、
女流作家さんの原稿の到着を催促していた。
切り替えの早い人で、私をみつけると、いつもの穏やかな編集長にもどったけど・・。
今日も、また、私は遅刻常習犯の例の女流作家さんの悶着に遭遇してしまったのだろうか?
「あの・・・・ぅ」
デスクの前まできてから、私はまともな挨拶をかんがえつけない自分にうわずってしまう。
「ああ、いらっしゃい。もう、書き上げた?」
「いいえ・・そうじゃなくて・・・あ、そうなんですけど・・あの」
しどろもどろに成る私に編集長も察しがよい。
何度もこういう場面を体験している場慣れが編集長の察しを良くし、
はからずも、助け舟にすがる私になる。
「下書きかな?読ませてもらおうかな?」
「はい。お願いします」
伝えたいことも、説明したいこともうまく口に乗せられなかったのは
私の機転のきかなさのせいばかりじゃなかった。
左手のドア近く・・集まったスタッフ、なにか、無言で沈鬱。
編集長はそれをちらりと見つめる。
その瞳のなかに困惑した色がまじってみえ・・・。
あわてて、私に視線を移し変えた編集長だったけど、
こんな時に限って気が回るのが、私。
「あの?何か、とりこんでるようですので・・でなおしましょうか?」
編集長は一瞬、え?と声をあげかけた。
だけど、薄く開いた口の中に「え?」をのみこみなおすと、
「いや、別にいつものことだよ。企画がにつまらないんだよ。
どれ、読ませてもらおうかな?」
編集長じきじき。
こんな幸運が転がり込んでいるというのに
私はちょっと、ありがたみが薄い人間なのかもしれない。
「あの?いいんですか?本当に?」
私の直感でしかない。
何か、編集長は「常」を装ってる・・・。そんな気がして重ねた言葉に
編集長の瞳の奥がこわばった気がした。
わずかの時間だったろう。一瞬、編集長は考え込んだように見えた。
その考えの結果、本音を少しだけ漏らした。
「今ね・・穴が開きそうなんだ。穴埋めって訳じゃないんだけど・・・
ピンチヒッターが欲しいってとこでもあるんだ。
そんな時に君が原稿を持ってきてくれるってことは・・。
天恩将来って、とこかなっておもったりしているんだ。
だから、ぜひともよませてもらいたい」
ふ~~~~ん。そうなのか・・・。
きっと、また、例の女流作家だな?
とうとう、原稿が間に合わなかったってことかな?
編集長が原稿を読んでる間、スタッフの一人がいれてくれたコーヒーをすすりながら、
私は編集長の顔をじっとみてた・・・・。
編集長の顔をちらりちらり。
どちらかというと、じぃ~~~って、みてるにちかいわけだけど、
さすがに顔色伺われながらじゃ、よみにくいだろうって、
コーヒーをちょろちょろ、すすりながら、
カップをすかして上目遣い。
私が心配するほどのことはない。
編集長はかなり、没頭して読んでる。
こっちのことなんか、きになるようじゃ、編集長なんかになれはしないか。
没頭。まさにくいいるように読み続ける編集長。
単純頭は最初は「読ませる」ことができるんだって、よろこんでた。
だけど・・・。
次第に強張って来る顔。
あまつさえ、一筋の汗・・。
感動のあまり・・・。って、わけがない。
こわばるだけなら判らないでもない。
なに?あの一筋の汗?
そんなに穴埋めの期待をぶっ潰すほどの駄作だったってことか?
編集長の手から箱舟をとりもどしてしまいたい衝動をおさえながら、
私はコーヒーをすすることさえわすれ、
あえて、拷問を受け止めるために、編集長の顔色を見つめ続けた。
「あ・・」
衝撃から我に返ったときって、こんな風に呆然とするんだろうって、思う。
編集長は原稿から、目を離すと私にむきなおった。
でも、最初に出てきた言葉は、かすれた「あ」だけ・・・。
私もなんと、尋ねればいいか、判らない。
だめですか?
そんな念押しをするのも、妙なことだろう。
編集長の顔がすべてを語っている。
どういう風に惨い判定をつげようか、迷う編集長の心を
うまく掬いとる言葉がみつけられず、
私もだまりこんでしまう。
静寂っていうのとは、違う
重苦しい沈黙をやぶったのは、編集長だった。
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