二日もせぬうちにおかみ連の中の一人が
聞きつけた噂話をたしかめにやってきた。
戸口に突っ立ったまま
「やはり、あんたは澄明さんなんだね?」
と、尋ねた。
「そうだよね。で、あの屋敷にいったんだよね?」
夜遅くの二人の行動をどこで、しったのであろうか?
柊二郎の娘の元にやってくる物の怪のことまで
しっているということであろうか。
「なにか?」
と、尋ね返すひのえを見ながら、
口幅ったいのはいやなのであるが、と
「いやね。何が何だかよくわかんないんだけどね。
あそこの男はよくないんだよ」
随分歯に挟まった物のいいかたをして、
ひのえが聴く気になるのかを探る顔をしていた。
「どうよくないんです?」
切り替えされた言葉の手ごたえは悪くない。
「そりゃぁ、これからはなすけどさ。
そんな男が陰陽師に何の用事があるか
って、おもっちまうんだよ」
どうやら、このおかみが
柊二郎にひのえの事をはなしたようである。
陰陽師への用事がなんであるのかを
とうの柊二郎に聴けなくて、
ひのえに聴いてみようと言うきでいるようである。
「でねえ。はなしってのはさ。
あのおとこのことだけどさ。
あの男は前の亭主が死んだ後にはいってきたんだよ。
で・・・そうだねえ。三年もたったころかねえ。
今度はおかみさんがしんじまってさ。
それから・・・おかしくなったんだよ」
すると柊二郎は後添い。
男の場合は後釜とでもいうのだろうか?
さらに言えば娘とはなさぬ仲ということにもなる。
が、それよりも、おかみのいう「おかしくなった」とは
どういうことであろう?
「身代はころがりこんでくるしさ。
歳もまだわかいしさ。
いうことはないじゃないか。
いくらでも女なんかいるだろうし、
後添えをもらえばいいことさね」
おかみはなにをいいたいのであろうか?
「はあ?」
訝るひのえにやっとおかみは話す手際の悪さに気が付いた。
「ああ。すまないね。ちゃんとはなすよ」
「そうしてください」
「えっと、なんだっけ?」
「おかしくなった」
「そうそう。あの男はね。おかみさんが死んだあと、
四十九日もすまないうちに
娘の比佐ちゃんをてごめにしたんだよ・・・」
「え?」
「いくら、成さぬ仲の子といっても、あんまりじゃないかえ?比佐ちゃんはまだ十三にもなってなかったし、
母親が死んだばかりで、
頼りにする父親にてごめにされちまって・・」
「本当・・なの・・ですか?」
「かわいそうに比佐ちゃんも
どこにもいくあてがないもんだから、
あの男の言いなりになって。
今じゃ・・すっかり女びさせられて、
時折、あん時の声が
外を通る者にまできこえてくるっていうんだよ。
んん。あたしも・・きいたことがあるよ。
人の話にまさかとはおもっていたけど・・・。
比佐ちゃんはかこわれもんみたいなくらしなんだよ」
どういうことなのだ。
柊二郎の娘を犯している井戸の柊二郎は
もう三年もまえからのことだというのか?
だったら、今更のように柊二郎が
気が付いたかのように駆け込んでくるのもみょうである。
それとも、おかみのいうとおり、
柊二郎が先に娘を犯しているうちに
横から井戸の柊二郎に娘をかすめとられた?
それで、娘を取り戻したくて慌てて陰陽師にかけこんだ?
「比佐さんというのですか?」
柊二郎の名前の一致だけでなく、娘も比佐。
もしかすると、
「よもやなくなられたおかみさんはよし女さん?」
「あ。さすがだね。やっぱり陰陽師なんだねえ。
そのとおりだよ」
妙にかんしんしているおかみである。
が、この奇妙な符号をどう考えればよい?
先祖の因縁が絡み合ったまま浮上してくるために
網が必要であったとすれば
この三人は、確かに入り組んだ網目を呈している。
おかみの本当に聞きたいことがやっと言葉になった。
「で、あの男は何をいってきたんだい?」
「おかみさん。もし、貴方が人に話せない相談事を
私になさったとします」
ひのえがそこまで言うと
おかみは頭の回転はよいとみえて、
皆までもいわぬうちから
「相談事を他の者に漏らすような陰陽師に
相談なぞできはしないわなあ」
と、柊二郎の事を聞く事は無駄なのだなとわらっていった。
「まあ。口さがない事をいってしもうたけど、
堪忍しておくれ。わたしゃあ、比佐ちゃんが気の毒で
つい、はらがたってしもうただけじゃ」
「いえ。それはそれで・・・役に立つお話です」
「ふうん。そうなのかい?
まあ、それならばまた何ぞ聞きたいことでもあれば
いつでも声をかけておくれ。
私の知ってることなら、なんでもはなしてあげるよ。
やくにたてればいいけどね」
と、おかみは言うと軽く頭を下げて出て行った。
口さがない噂好きなおかみなのであるが、
腹の中はきれいなものであるらしい。
何ぞのやくにたちたいと言う思いはさながら、
同時に比佐ちゃんが気の毒であると言う、思いを
自分の中に留め置く事が出来ず、
お上連は何度か寄り集まるとは
比佐の話をし続けたのであろう。
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