なんでもないことといってくれる男だとあてにしていたというのに、何故?
何故?
なに?
まさか・・・?
私の胸にかすかによぎった不安が大きな黒い塊になり胸をおさえつけ、呼吸さえつかせない。
「教授・・・?まさか?まさか、瞳子が自殺・・?」
口にしてはいけない不安を口に出すと、私の目に大きな鎌をふりあげる死神がみえる気がして、私は教授ににじり寄り、頼み込んだ。
「教授・・・お願いです。瞳子にあわせてください」
教授はひどく、ぼんやりと私をみつめかえしてきた。
それは、私の不安があまりにも、的外れすぎて、教授が私の不安を理解できないようにも、見えた。
「ち、違うのですか?元気で、あの・・教授?」
教授は彫像のように、表情を凝固させたままだった。それが、茫然自失の呈だときがつくと、私は教授を何度も呼んだ。
「教授?しっかりしてください・・教授?」
教授は、私の声が耳障りだと顔をゆがめて、私をみつめた。
「ああ・・」
教授の意識が現実に戻って来た。
「ああ・・君が心配する・・ようなことはない。ないんだけど・・。瞳子はよほど死んでしまいたいと、思ったんだろう・・・」
瞳子の様子を語ろうとする教授の口元が悲しくゆがむ。
「瞳子は・・なにも無かったと思おうとしたんだろう。忘れてしまえと、自分に言い聞かせたんだろう。これは、現実じゃないと・・否定することで、なんとか、死からのがれることはできたのだろうけど・・・けれど・・・瞳子の精神が・破壊されてしまったんだ」
私は小さくあっと声をあげたと、思う。
「瞳子が一時的なショックでそうなってると思った私は、とにかく、瞳子がおちつくまで、自分をとりもどすまで、君には嘘をついておこうと思ったんだ。瞳子さえ元にもどれば、その時に君に話しても、君なら瞳子を支えてくれるだろう、そうも思ったんだ。だけど、瞳子は、いっこうに元にもどるきざしさえみせない。医者にきてもらったんだけどね・・・。瞳子が元にもどるとしたら、それは、精神が破壊されるほどの暴・・・行・・・のこともおもいださせてしまうということなんだ。その時にはたして、瞳子がそのショックで再びどうなるか。もっと、深い無意識の世界ににげこんでしまうか、君の心配するように、自殺もありえる・・。
瞳子にとって、今の状態のほうが幸せなのかもしれない。
そう思えもする。
だから、君に、婚約は白紙に戻して欲しいと頼んだんだよ」
瞳子が狂った?
教授に告げられた事実は私には、現実感をひとつも匂わせなかった。
それは、たぶん・・・。
「教授・・まだ、わからないでしょう?まだ、2週間か、そこらでしょう?2週間かそこらで、
元にもどらないって、そんなに簡単にきめられるものですか?
教授の仰るとおり、ショックがおおきすぎて、まだまだ、回復できないのを、その間に婚約を白紙に戻してしまったら、瞳子は回復したあとで、今度は婚約破棄に本当におかしくなってしまうかもしれないじゃないですか・・・」
「瞳子は・・いわゆるPSTDを併発しているんだ。私を見ても、父親である私を見ても・・男への恐怖感で・・意識がどこかにとんでしまって、別人格が浮上して来るんだ。そして・・その別の人格が・・」
教授は再び頭を抱え込んだ。
「教授、話してください・・・」
別人格の状況がどうであるのか、別人格が浮上していない瞳子がどうであるのか、教授の話だけでは、わからない事が多すぎたが、教授も又ショック状態であり、瞳子の周りがこういうショック状態のままでは、瞳子の回復を促しにくいとも思えたし、まず、教授自身の口からなにもかも話すことで教授をショック状態から引っ張り上げられることができると思え、私は教授に先を促した。
「瞳子は・・・」
教授が一番話したくなかったのが、そこだったのだろう。
「瞳子の精神構造がくるってしまったんだよ。瞳子は・・なぜか、わからない。狂うほどおそろしい思いをしたはずなのに・・・僕にね・・僕に・・・ね」
教授の言葉がまたもとまり、ぽたぽた落ちる涙だけが動いていた。
「教授・・」
私はなにもかもをしゃべってくれと教授を促すしかなかった。
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