映り行く葉影の青さに目も留めぬうちに季節は移ろい行く。
蛇骨の横をすり抜けた一人の男の伏し目がちな恋慕も今は煩わしい。
睡骨の窺うような瞳が目の端にとまると、一時の遊戯が残した後味の悪さが舌に浮かぶ。
『ほんの少しの慰め事じゃねえかよ』
睡骨とあの交わりがただの気紛れでしかないと教えた男を捜す蛇骨の胸に今はただ嫌な予感しか沸いてこない。
森を抜け、いつかの場所を目差したのは蛇骨の直感だったのか、今も絡みつく蛮骨への恋情がぬくもりをくれた場所を連想させたか。
―居るー
あの木蔭で膝をついて、蛮骨はかがみこんでいた。
「あ・・にき?」
蛇骨の嫌な予感が当たっている事は見るより先に血の匂いが
教えてくれた。
刀剣の傷は右肩をえぐり、腕をつたった血は柔らかな草の上に滴りおちている。
「犬か?」
今の蛮骨に手傷を負わせる男が犬のほかにいるわけがない。
肩口をしばりあげるしか、手当ての法も思いつかず蛇骨は着物を脱ぎ捨て大きく切り裂いた。
「な・・なんで?」
なんで、俺を呼ばずに一人で行った。
なんで、黙って行った。
「死んじまってたかもしれねえじゃないか」
詰りたくなるほどの手傷を負わせる犬と判れば、なおさら、
蛮骨の底がくやしい。
「そんなに、あいつとむきあいたいかよ?」
仲間を出抜いて、そこまでしてアイツと、命をかけあいたいかよ?
「こてしらべだ・・」
むすりと答えた蛮骨が一層、憎い。
「こ・・・こてしらべだと?」
序戦でしかない?
だが、こてしらべで、こんな手傷を負わす奴に、か、勝てるわけがない。
だけど、命を掛けて、戦える相手だからこそ、だから、いっそう、蛮骨はアイツを追う。
「あ・・にき・・」
傷口を押さえ込んだ布は既に紅く染まり、蛇骨の瞳に紅蓮が映しだされると、一瞬、蛇骨の瞳から血が滴り落ちたかとみえた。
「何で・・。お前が泣く?」
蛇骨の頬骨に伝い落ちる雫を手の甲で拭いながら訊ねた。
「わ、わからない・・だけど・・」
蛮骨の手を探り当てその手を握り返した蛇骨は更なる雫を落しつくす。
「俺が、こんなだってことは、アイツもにたりよったりだ」
けして一方的な後勢を敷いて来たわけではない。
だが、勝てる相手ではないのかと云う、蛇骨の不安を読み取れる蛮骨である事がいっそう、おそろしくある。
何よりも誰よりも蛮骨が刃を合わせたその瞬きを肌身にかんじとっているのではないか?
「蛇骨・・・」
ふと名前を呼んだ口がつむがれた。
「な・・なんだよ?」
「なんでもねえ」
だけど、蛮骨は今確かに思った。
―俺が死んだら、こいつだけは泣いてくれるーと。
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