座を抜け、蛮骨の元に走り出した蛇骨の背中を見詰めた睡骨は煉骨の手を振りほどいた。
「こんな、無理強いをしなくても、私はいきますよ」
僅かな征服欲を大きく育てる事が出来る相手かどうかはいざ知らず睡骨の応諾は、煉骨の支配欲をそそり始めていた。
「蛇骨のかわりには、とうてい、なれませんが」
と、睡骨はいう。
蛇骨に軽くいなされた煉骨を皮肉っているとしかきこえない。
「いつから、そんな生な口をきけるようになった?」
蛇骨がくれるものの質をしっているかのような睡骨の口のききようが煉骨の癇にさわる。
「それとも、蛮骨だけで、飽きたらずあいつはお前もたらしこんだってことかい?」
このあて推量があたっていたとしても、睡骨は蛇骨と蛮骨との事まで、しりはすまい。
煉骨のいなしは、単に気分が変わりやすい子供が目の前の玩具にきをとられているだけにすぎないのだといいたい。
それが証拠に、睡骨という玩具も、蛮骨という玩具にとってかわられたではないか?
「よほど、あまのじゃくなだけだ」
犬野朗に必死で、蛇骨に殆ど興味を示さなかった蛮骨が気紛れに蛇骨を振り向いただけに過ぎない。
だが、こうやって、蛇骨を追う睡骨がいる。
煉骨の「たらしこまれたか」と云う言葉に一瞬うろたえ、羞恥を見せた以上、睡骨がそうだといってかまわないことだろう。
わずかにではあろうが、煉骨もそうだといえる。
自分を追う者なぞより、逃げてゆく物を捕らえたがるのは、別段あまのじゃくのせいではなかろう。
蛇骨の妖艶さに魅せられた男は、必ず蛇骨の虜になる。
こうなれば、竦んでしまう蛙なぞ後回しにして、蛇骨に魅せられない男を名前通り蛇そのもののしつこさで絡めとろうとするだろう。
「当分・・飽きゃしないさ・・・」
煉骨、睡骨ともども、おあずけをくらったまま、といえる。
お互いさまといってやりたいところだが、
「おまえにゃ、あいつは飼い馴らせねえ」
飽きたらこの煉骨が恋しくなる。必ず煉骨のところに戻る。
何度かの結合でみせられた蛇骨のあえぎと陶酔が煉骨にまだ余裕をあたえている。
愚かにも、蛇骨を飼いならしたと思い込んでいる煉骨に比べ睡骨の方が遥かに洞察は深い。
「私も、あなただったら、そういいましょう」
「なに?」
「蛮骨。そうきいただけで、私は諦めるしかないと判りました。蛇骨は・・・」
止まった言葉の後ろで、蛇骨との甘やかな時が走馬灯のようにうかびあがってきている。
「蛇骨が、なんだという?」
睡骨にしか、みせない蛇骨がいたとでもいうか?
お前に惚れたでもいってみせたか?
あの蛇骨が?
いうわけがない。
ないが、いったなら、睡骨の言いたい事が見えてくる。
蛇骨がそう、囁いた睡骨さえも、捨て去るなら、もはや、蛮骨への思いに殉じた蛇骨を睡骨は諦めるしかない。
だとすれば、
「おまえのものは、これっぽっちも役に立たないらしいな」
にやりと笑う煉骨がいる。
「どれだけの物で、蛇骨がどれだけ、喘いでみせたか、身を持ってしるがいい」
睡骨の胸をはだけ、細い腰紐をゆるめだす煉骨に抗いもみせぬ睡骨の所作の下に欲情がすけてみえるようで、煉骨は勝誇る。
「おまえも、「これ」に組み敷かれる女性(めしょう)でしかねえってわけか?」
ぐっと「これ」を握ると、煉骨は睡骨のうしろ、その場所にあてがった。
「力をぬかねえか?いいか?今からおまえは「咬ませ犬」になるんだ。大人しく「役目」をその身体に叩き込め」
咬ませ犬。闘犬の前、試合に挑む若い牡の戦闘心をあおり、対する相手への恐怖心をねじふせ、若い牡に自信と覇気を与えるため抵抗する事さえ許されず、牡犬に咬まれるだけの役目を務める。これが、咬ませ犬である。
「ひっ・・」
悲痛な声が喉で鳴る。煉骨の物が深く押し込まれると喉の奥で堪える声がいっそう、おおきく漏れ出してくる。
「え?蛇骨をやったお前が・・やられる気分っていうのはどんなもんだ?」
嫉妬でしかない。
弱っちい男に、いいほど格下の男に、蛇骨を寝取られた男の見せる凄まじい嫉妬が睡骨の分不相応だった振る舞いをせめる。
馴染まぬ物を無理に突き動かされれば、睡骨の辛痛は頂点に達する。
「ひっ・・」
身をよじれば一層煉骨の憤りが高まるだけと知っている睡骨は煉骨に言われたとおり「咬ませ犬」に徹するしかない。
「蛇骨なぞに手を出そうなんて、了見をもてるお前かどうか、
よく、味わってみるこった」
煉骨の物が睡骨の内部をきしませる。
やっと、湿潤を帯びだした内部が煉骨を緩やかにうけとめだすと、睡骨の心と裏腹にいままで、知らなかった感覚を訴えだす洞になる。
「いいか。蛇骨を抱けるのは、強い男だけだ」
「煉・・骨。あなたのいうとおりだ」
睡骨が答えた言葉に満足した煉骨は睡骨の中にむけて、大きな振幅を刻み始めた。
だが、睡骨のいった意味は違う。
こんな奴が男のわけがない。
睡骨を貶めることで優位にたとうとするなら、何故に蛮骨にも「咬ませ犬」を強要しない。
弱者をいたぶる事で、蛮骨から蛇骨を奪い返せないうさを晴らし、蛮骨に出来ない仕打ちを睡骨にかせる事で己の均衡を保とうとする男が「強い」わけがない。
わざわざ、是をいわずとも、既に煉骨は蛮骨に劣っている。
蛇骨も馬鹿じゃない。
こんな男に怨まれる面倒に巻き込まれたくなければ、うまく煉骨をあしらって、身体だけ嬲らせてやればいい事だろう。
だが、それさえ、疎ましくなるほど、
面倒を受けてたってもいい程の蛇骨の中に蛮骨が燃えている。
『あの日の貴方は優しかった』
どこまで、出来るか判らないが煉骨を束縛してみせてやろうと最初の決め事をもう一度念じ返すと、あの日の蛇骨にもう一歩近づけた自分に思える。
それだけが嬉しくて、睡骨は微笑んでいた。
「へっ?もう、良いってかよ?」
睡骨を眺めていた煉骨に睡骨の笑みの訳が判ろうはずもない。
いいね。うれしくなっちまうじゃねえかよ。
しばらく、こいつで「これ」を宥めておくのもそう悪くねえな。
煉骨の動きがやにわに艶をおび、情欲の手管に情夫(まぶ)を落とし込む男の所作にかわりだしていった。
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