憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

白い朝に・・15

2022-09-09 01:27:46 | 白い朝に・・・(執筆中)

私のひざに頭をもたらせかけると、肌の接触が瞳子に確実な庇護感をもたらすのだろう、わずかであるが、おちついた様子に見える。

「あそこ・・・白い蟲がいっぱい蠢いてる・・・」

私は瞳子の指差すあたりを見つめなおした。とにかく、瞳子の意識世界を共有できる存在にならなければならないと考えた。

「白い蟲・・どんな格好かな?」

瞳子が見えているものが、自分にみえなくても、けして、瞳子の視覚を否定してはならない。

「見えないの?あれは、これから、さなぎになるために、壁をはいあがって、天井にぶらさがるの。

ほら、もう、天井にもいっぱいぶら下がっているぢゃない」

瞳子がみつめたあたりを私も見つめた。

「ああ、ほんとうだ・・蛹からかえったら・・」

私は言葉に詰まった。瞳子の幻覚が悲しく、瞳子の世界があまりに遠すぎて、私は瞳子においつけなかった。

「いやだわ・・・。蛹から、かえったりしないのよ、ず~と、あのまま・・・」

「あ、そうだったね・・」

瞳子の言葉に合わせて返事をしたが、私には、その蛹が、瞳子自ら語った己の姿にも聞こえた。

事件で受けた苦しみから逃れるために瞳子は狂気という蛹の中に閉じこもった。

蛹に閉じこもった瞳子もまた、蛹のままなのか・・。私は言葉の中に隠された瞳子の本心を問い直していた。

「でも、蛹からかえって、大きくなりたいだろうね・・・」

蛹から帰ったら何になるのか、それすらわからないまま、私は瞳子の本心が映しだされる答えを待っていた。

「あれは・・・鳥の餌になるのよ」

・・・・ああ・・・・

私は目をふさぎ耳を覆いたくなる。

それは、まさに瞳子が羽化するまえに、ならずものに、えじきにされた自分をかたっているのだ。

「そうよ・・・かわいそうだけど・・・」

瞳子は私のひざにもたれかかったまま、私の生殖器あたりに手をのばし、そっと、さすりあげた。

「白い蟲はここから、いっぱい、でてくるの・・怖いわ」

さすりあげる手をとめると、瞳子は私を見上げた。

私は瞳子の言動に混乱をおぼえるばかりだった。

私がだきしめた瞳子ではない瞳子になっている。

この事実を瞬時にうけとめようとするため、私の脳内プログラムは高速でプログラムを修正していた。

そして、もうひとつ・・・。蛹が瞳子の象徴であったと思っていた私は、瞳子への「理解」がいっそう、こんがらがってしまった。

だが、瞳子はきちんと、私への答えをしゃべり続けていた。

「白い蟲は、私がたべてあげるのよ」

蟲・・・蛹が瞳子でなく、鳥が瞳子?白い蟲は生殖器から湧き出すという・・白い蟲は性欲の象徴か?

瞳子の意識に論理性などあるわけがないからこそ、狂いなのだろうが、それでも、私は気持ちを切りかえ、瞳子の心理を探った。

「瞳子さんは、白い蟲をたべて、おいしいのかな?」

瞳子は私の質問にかすかに首をかしげた様子が、私のひざに伝わってきた。

「おいしいわけないぢゃない・・私がたべてあげるしかないだけ・・・」

瞳子の意識が語っていることはなんだろう?

教授・・父親を恐ろしいと思ったのはその蟲のせいだろう。

白い蟲は男の性欲を象徴していると考えて間違いないだろう。

白い蟲・・・。教授、父親への恐怖・・・・。「性」への恐怖・・・・。

私は断片化された瞳子の意識をつなぎ合わせて考えていた。

その時、瞳子がぽつりとつぶやいた。

「お父様も・・白い蟲を・・・」

つぶやいたまま、私の膝元に瞳子の顔がうずもれていった。

―もしかすると・・・?―

私はひとつの想像に行きあたった。

「お父さんから白い蟲がでてくるのをみたんだね?」

膝にくっついた瞳子の顎がかすかにふるえながら私の膝を押した。

瞳子は確かにうなづいた。私の中で白い蟲の正体がすとんと落ちた。

瞳子はおそらく、夫婦の性交渉を目撃したことがあるのだ。

おそらく、幼かったころの体験なのだろう。

夫婦の行為を目撃した瞳子は、当然ながらそれが、どういう事か理解できないまま、記憶の隅においやられ、すっかり、忘れ果てていたことに違いなかった。

ところが、瞳子に目撃したことと同じことが瞳子の身におきた。

レイプにより、性が恐怖でしかないと認識した瞳子は幼い頃に目撃した父親の行為も恐怖と同質の行動だと気がついた。

レイプ犯と同じ行為をしていた父親が瞳子の中に浮かび上がり、瞳子の意識世界で、父親もまた、恐怖の対象として同一視することになった。

そういうことじゃないだろうか?

それで、瞳子は「父親」を恐ろしいと思い、レイプ犯・レイプ事件を意識の中から隔離したように、「父親」を認知・認識しなくなったのだろう。

私の膝に体をあずけだした瞳子の重さで、瞳子が眠りの世界に意識をのがしているとわかった。

私に「白い蟲」のことを話すことは、瞳子が隔離した世界にちかづいていく作業にほかならず、それは、かなりの精神疲労をともなう作業だったに違いない。



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