テレビ局に入った僕は よくアナウンス室へ遊びに行った
それは 女子アナにきれいで頭の良い人が多いからだ その部屋はまるで“花園”のよう
さも 用があるような振りをして 僕は同期の男子アナであるN君に話しかける
そうしながら周りをうかがうと 美しい女子アナが何人もいた きれいだなと思っていると
僕の視線が運悪く アナウンス部長の目と遭った 彼は険しい顔つきをしている
しまったと思い 僕は用事をすました振りをして 花園から出て行く
しかし アナウンス部長は すっかりお見通しなのだ 僕が用もないのに来ているのを
そんなことを繰り返しているうちに(努力のかいあって) 僕は数人の女子アナと仲良くなった
ほとんどが先輩で いわば“お姉さん”たちである その中に 粋で気っぷのいいSさんがいた
彼女は僕をよく誘ってくれる 喫茶室 レストラン お好み焼き店 スナックバーなどへ
また ある時は N君らを伴って ハワイアンの演奏会を聴きに行く
Sさんに可愛がられ 僕はすっかり彼女が好きになった しかし お姉さんはよく言う
「あなたは硬いわね」「強情で意地っぱりよ」「イノシシみたい」と
仕方がないじゃないか 僕は“報道”の人間だし 不器用で野暮で無骨なのだから
そう開き直ったものの 自分がしだいに Sさんの“支配下”に置かれていくのを感じた
そんな夏のある日 報道の部屋に Sさんがニュース原稿を読みにきた
原稿が出来上がるまでに時間があるので 彼女はデスクの傍らで待機している
僕が彼女とふと視線を合わせると にっこり微笑んで 手招きするので側に寄った
「あした みんなで海に行くの 辻堂の海の家よ あなたも一緒にどうかしら」
「うん いいよ でも どうやって行けばいいのだろう」
「わたしの車に乗せてあげるわ」
次の日 仕事が終わると 僕はSさんの車に乗せてもらった
白いトヨペット・コロナの新車だった 走り始めるとワクワクしてくる
お姉さんとドライブするのは初めてなのだ カーラジオから美しい曲が流れてくる
辻堂へ向かう途中 仲間のM君とOさんをひろった 車は軽やかに心地よく走る
そのうちに 僕はワクワクした気分から 重苦しい気持に変わった
一年違いのお姉さんに 僕は差をつけられている 僕は運転免許を持っていないのだ!
そう思ったとたん お姉さんに負けてはならない 負けるものかという気持になった
必ず運転免許を取るぞ 仕事が忙しくても 必ず取るぞ
何カ月かかろうとも 運転免許を取ってみせる 僕は固く固く心に誓った
夏の夜空に 星がまたたいている M君とOさんとお姉さんが 楽しそうにしゃべっていた
僕は空想する 運転免許を取ったら 今度はお姉さんを乗せてあげよう 車は何がいいかな
コロナに対抗して ブルーバードがいいだろう(でも実際は 車を買うお金がなかった)
お姉さんは口うるさいから 「運転が乱暴よ」とか 「注意して注意して」と小言をいうのだろうか
3人はまだ 楽しそうにしゃべっている 明日の海水浴がどうのとか アナウンス部長がどうだとか
僕は空想をやめて 3人の会話に入った 心の中でお姉さんに「ありがとう」と言う
こんなにワクワクした気分にさせてくれるのは お姉さんのおかげだ 入社一年目の僕に
生き生きとした毎日を与えてくれるのは 女子アナのお姉さんなのだと思う
車はますます軽快に走る 辻堂へ辻堂へ
(2007年8月22日)