〈2020年2月に書いた以下の記事を復刻します。〉
日本初の女医・荻野吟子の生涯を描いた映画『一粒の麦』が間もなく公開されるという。荻野さんは今の埼玉県熊谷市出身だから、言わば埼玉の“偉人”である。 私は以前、荻野さんのことを描いた作家・渡辺淳一さんの『花埋(うず)み』という小説を読んだことがあるが、深い感銘を受けた。明治時代、女性蔑視という過酷な環境の中で、荻野 . . . 本文を読む
<以下の文は2010年10月20日に書いたものですが、一部修正して復刻します。>
1) 8年ほど前、所用があって高知市へ出かけたことがある。私が泊まったホテルは坂本龍馬の生誕地の近くにあったが、たまたま11月15日に「龍馬誕生祭り」が行なわれ、それを見る機会があった。偶然とはいえ、ラッキーだった。 坂本龍馬は高知では大変な英雄だが、今や全国的に最も有名な歴史上の人物となっている。 . . . 本文を読む
<2010年10月に書いた以下の記事を復刻します。>
最近、ある事でフランスの数学者エヴァリスト・ガロア(1811年~1832年)を思い出した。ガロアと言っても、数学の関係者はよく知っているはずだが、一般の文系の人はあまり知らないだろう。しかし、数学が大の苦手の私だが、ガロアの名前だけはよく覚えている。ガロアを知った切っ掛けは、もう50年以上も昔だが、理系の友人から「これを読んでみたまえ」と . . . 本文を読む
<以下の記事を復刻します。>
赤穂浪士の姿
日本人に最も親しまれている物語に『忠臣蔵』がある。ごぞんじ赤穂浪士47人の討ち入りを描いたもので、あまりにも有名だから説明する必要もないだろう。それほど赤穂浪士の討ち入りは、300年以上にわたって日本人の心を揺さぶってきた。俗に“元禄赤穂事件”と呼ばれるこの討ち入りは、今で言うと正に“テロ行為”だと . . . 本文を読む
<以下の文を復刻します。>
源氏と平家・・・日本人には最も馴染みの深い武家の名字である。私たちは子供の頃から「平家物語」や「源平盛衰記」などに慣れ親しんできた。源義経(幼名・牛若丸)の活躍や平敦盛の悲話など、数多くの物語に共感して育ってきたのである。 子供の頃はだいたい、源氏が好きになるものだ。私も源氏が大好きだった。武士らしく勇ましい“坂東武者”が、平家の軍勢 . . . 本文を読む
<2012年10月に書いた以下の記事を復刻します。>
キスカ島
戦史に詳しい人はとっくにご存知のはずだが、太平洋戦争中にアリューシャン列島のキスカ島から、日本軍の守備隊5200人余りが1人残らず無事に生還するという“快挙”があった。この史実を題材にした映画(DVD)を最近見たばかりなので、どうしても書きたくなった。日本の戦争映画というと、玉砕・玉砕・玉砕の物語が多い . . . 本文を読む
<以下の文を復刻します。>
1) 私がここで述べたいのは、唯物史観(史的唯物論とも言う)による俗物的な見方に反論することである。この俗物的な見方は、歴史における個人の存在や行動を極めて過小評価し、個人の人間性の重大さを軽視するからである。 例えば、分かりやすいことから述べてみよう。 織田信長がもし生存していなかったら、16世紀後半の日本の歴史は、一体どうなっていただろうか。勿論、誰にも予測がつか . . . 本文を読む
1) 日本の古代史に関する書物を読んでいくうちに、いちばん苛立ってくるのは、古代中国の文献に出てくる『距離の問題』である。 我々日本人にとって最も興味深い「三国志・魏志倭人伝」では、3世紀に魏王朝が治めていた朝鮮半島の帯方郡から倭(日本)の邪馬壹国(やまいちこく)までの距離が1万2千余里となっているが、肝心の「里」の長さがどのくらいか明示されていない。そこで、いくつかの本を読んでいくと、驚くな . . . 本文を読む
<2008年1月29日に記した以下の記事を復刻します。>
1)「邪馬台国(やまたいこく)」などは存在しなかったということを、私は以前の小論(「日本は『邪馬壹国(やまいちこく)』から始まった」を参照・・・http://blog.goo.ne.jp/yajimatakehiro/e/5ae75694993b9869f4382964cd686597)で述べたが、これは日本古代史の碩学・古田武彦氏の著作 . . . 本文を読む
古田武彦氏は2015年10月14日に京都市内の病院で亡くなられた。享年89歳。ここに謹んでご冥福をお祈りするものである。
(2008年1月1日に書いた以下の文を復刻します。 なお、この記事に批判的な方のコメントもきちんと載せていますので、ぜひご覧ください。日本の古代史について、関心が高まることを切に願っています。)
1) 日本の古代史について、私は古田武彦氏の学説に大いに共鳴し感謝している . . . 本文を読む
<2002年2月22日に書いた以下の記事を復刻します。>
1) 江戸時代の末期、日本の地図を作製した伊能忠敬は、あまりにも有名である。 最近では、「伊能ウォーク」という全国行脚の催しも行われている。 伊能忠敬がなぜ人気を集めているかと言えば、50歳を過ぎてから一念発起して勉学を始め、55歳から日本全国を歩き回って、精密な地図を完成させた所にある。当時は「人生50年」の時代だったから、55歳と . . . 本文を読む
<2002年4月25日に書いた以下の記事を復刻します。>
1) 20世紀にはさまざまな戦争、革命、大事件があったが、第2次世界大戦を引き起こした「独ソ不可侵条約」ほど、世界を驚かせたものは他にないだろう。 これほど電撃的に、秘密裏に超スピードで締結された条約も珍しい。 まさに、世界にとって青天の霹靂(へきれき)となった条約である。 締結されたのは、1939年8月23日であった。ファシズムを信奉し . . . 本文を読む
<以下の文を復刻します。>
坂崎直盛
友人の作家・山元泰生氏から『明石掃部』(あかし・かもん)という本が贈られてきたので、パソコンが故障中にじっくりと読むことができた。私は全く知らなかったが、明石掃部というのは戦国時代のクリスチャン(キリシタン)武将である。彼は中国地方の大々名・宇喜多秀家の筆頭家老で、関ヶ原の戦いや大坂の陣で徳川家康軍を相手に獅子奮迅の活躍をした武将だ。ご承知のように、関 . . . 本文を読む
〈以下の記事を復刻します〉
織田信長の肖像画(三宝寺所蔵)
織田信長については、実に多くの伝記や歴史小説が出ているので、ほとんどの人がその存在を知っていると思う。 また、私などよりも、信長について詳しく知っている人は大勢いるはずである。 従って、具体的な事例を示しつつも、むしろ私の“信長観”をできるだけ語っていきたいと思う。 一言でいって信長は、日本史上、類例を見な . . . 本文を読む
<以下の記事は2008年4月18日に書いたものです。>
1)昔から、コスモポリタニズム(世界市民主義)や世界連邦主義はあった。しかし、最近は「グローバリズム」というのが注目を集めている。国際主義と言うのだろうか、あるいは地球一体化運動とでも言うのだろうか、定義はさまざまなようである。私にはよく分からないが、経済的には市場主義と資本の論理の国際化を目指しているようだ。資本主義が世界的に拡大し、各国 . . . 本文を読む