矢嶋武弘・Takehiroの部屋

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日一日の命

イコンを運ぶ

2024年10月25日 01時53分46秒 | フジテレビ関係

〈2014年10月6日に書いた以下の記事を復刻します。〉

例・・・イコンの一つ

昨日は大量の浮世絵の名品がアメリカへ持っていかれた話をしたのでむしゃくしゃしたが、今日は逆に、ある美術品を日本に持ち込んだ話を思い出したのでする。それは「イコン」と言って、聖像とか聖画像と呼ばれるものだ。
2人の先輩はもう他界したのでプライバシーとは関係ないと思うが、昔 私が某テレビ局の外務省担当記者をしていた頃、取材で旧ソ連(ロシア)のモスクワへ行くことになった。そこで初代モスクワ特派員の先輩・Mさんからいろいろ話を聞いていたら、一つ頼みがあると言って、イコンという絵画を持ってきて欲しいと言われた。
私はそれまでイコンという美術品がどんなものか知らなかったが、説明を聞くとロシア正教の“聖画像”のことのようだ。Mさんは現特派員のKさんと話をつけていると言うので、先輩の申し出だからもちろん承諾した。
そして、当時の園田直(すなお)外務大臣に同行して、真冬のある日、私ら記者は政府特別機でモスクワに向かったと記憶している。取材の中身はほとんど忘れたが、園田外相はグロムイコ・ソ連外相らと会談、日ソ間の諸懸案について話し合った。
園田外相が、コスイギン・ソ連首相と会談した時の部屋は印象に残っている。マルクスやレーニンの肖像写真が飾られていたのだ。当時のソ連は共産主義国家だから当たり前かもしれないが、少し違和感を覚えたものだ。
話をイコンに戻すが、共産主義国家・ソ連では宗教、つまりキリスト教などはだいぶ忌避されていた。だから、聖画像のイコンも表にはあまり出ていなかったと思う。ましてこの“日陰者”を国外に持ち出すことは違法だったかもしれない。
それはともかく、モスクワ滞在中のある晩、先輩のKさんが私をアパートの外に連れ出した。深々と冷える真冬の寒さに身震いしていると、Kさんは大きな包み紙を私に渡してくれた。中にはイコンが入っていた。見せてもらうと、たしか聖母マリアと幼児のキリストの絵だったと思う。いわゆる“聖母子”の肖像画だ。
外でイコンの引き渡しが行なわれたのは、アパートの中が“盗聴“の危険があったからだ。その頃は、記者が泊まるホテルなど、要するに建物という建物は全て「盗聴」の危険があった。だから、イコンについて語ることはできないのだ。Kさんは万全を期したのである。
さて、仕事の話は別として、私ら記者は園田外相に同行し政府特別機で羽田に帰国した。その時 ラッキーなのは、同行記者だから税関検査など何もないということだ。フリーパスである。だから、私がイコンの“運び屋”になったのだろう。余談だが、同行記者の立場を悪用して、銃火器を持ち込んだ怪しからん者も過去にいた。もちろん、この記者は後で罰せられたが。
要するに私は、同行記者の“特権”で運び屋をやらされたわけだが、他方、記者やカメラマンは誰よりも危険な目に遭遇する。私の先輩・同僚で何人もの人が、事件や事故、戦争などの取材で命を落としたのである。
そんな話は別として、私はイコンを無事 Mさんに渡すことができた。Mさんは喜んで新宿で私に一杯ご馳走してくれたが、いま思い出してもイコンを運んだのは良かったと思う。ソ連が崩壊して、宗教画などの持ち出しはずいぶん自由になっただろう。しかし、あの頃は大変だった。
大量の浮世絵の名品が外国人に持っていかれたから、今日はせめて美術品の一つでも持ち込んだ話をした。満足だし納得している。(2014年10月6日)


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4 コメント

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Unknown (おキヨ)
2020-05-20 13:00:40
場合によっては、危ない橋を渡った?のでしょうか。
イコンはその宗教、信者にとって大切なもの。矢嶋さんは大仕事を引き受けたのですね。
よほどの信用がなければ頼まれることがなかったと思います。
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危ない橋を渡った? (矢嶋武弘)
2020-05-21 09:23:37
評価していただいたのでしょうか、ありがとうございます。しかし、これを厳しく言う人もいます。税関のフリーパスを利用したではないかと・・・
ただし、当時のソ連は宗教画などには極めて否定的だったため、危ない橋を渡ったのかもしれません。
純粋に美術や芸術の観点から言えば、よくやったと自負しています。こうして美術品は守られていくのでしょう。
その頃は先輩の言うことに従ったのですが、今だったら断ったかもしれません。若かったから出来たことだと思います。今だったら、危ない橋を渡りたくありませんから。
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Unknown (おキヨ)
2020-05-21 11:50:31
”危ない橋を渡った”は適切な表現ではなかったですね。
以前に、題名は忘れましたがJ,クルーニー主演の映画で、戦時中ヒットラーが隠し持った、世界の美術品を、身を挺して戦火から救い出し正規の場所に美術品を返すという映画を観ました。
ソ連は当時まさに問答無用の”危ない国”ではなかったかと思います。たとえ小さなイコンでも国内から持ち去られるのは許さなかったでしょう。見つかったら・・・スパイ映画の見過ぎでしょうか(笑)
美術品は個人のものではなく世界共通の宝と考えるべきで、その意味ではまさしく矢嶋さんは正義の味方”よくやった!ですね。👏
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美術品 (矢嶋武弘)
2020-05-21 13:53:06
ナチスに美術品を取られて、それを奪い返すという映画はたしか2~3本ありましたね。放っておくと破壊されたかもしれないというものです。
そんな大それた話ではありませんが、美術品を世界共通の宝と考えれば、それを大切に保存することは貴重なことです。
この記事は、北斎らの浮世絵がタダ同然で欧米人の手に移ったことに腹を立てて書いたものですが、これからも同じようなことが起こらないよう、われわれ日本人は注意すべきだと思います。
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