ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

『ムーンライト』を観て

2017年04月09日 | 2010年代映画(外国)
『ムーンライト』(バリー・ジェンキンス監督、2016年)を観てきた。

この作品の場合、あらすじを後半まで書いておいて、いつまでも記憶を薄れさせないようにしたい衝動にかられた。

マイアミの貧困街に住む、内気な黒人少年のシャロン。
彼は、“リトル”とあだ名され、学校でいじめられたりしている。
ある日の学校帰り。
いじめから逃げて廃屋に隠れていると、麻薬ディーラーのフアンが心配して話しかけてきた。
フアンは何も話さないシャロンを連れて、恋人テレサとの家に帰り、夕食を差しだす。
その後も何かと気にかけるフアンに、シャロンも徐々に心を開いていく。
ある日、海で、フアンは「自分の道は自分で決め、周りに決めさせるな」とシャロンに言う。
家に帰っても居り場のないシャロンは、父親のようなフアンと友達のケヴィンだけが心の許せる相手だった。

シャロンは、高校生になっても相変わらず学校でいじめられる。
家では、相変わらず母親のポーラが麻薬に溺れている。
ある日、同級生に罵られショックを受けたシャロンは、夜の浜辺に向かう。
そこに以前からの友達ケヴィンが現れる。
シャロンは、密かにケヴィンに惹かれている。
しかし翌日、ケヴィンは、そそのかされてシャロンに暴力を振る。

大人になったシャロンは、それまでのひ弱な体形から、筋肉隆々の姿に鍛え上げた。
ある夜、それまでの地域から離れて住んでいるシャロンに、突然、ケヴィンから携帯に電話が掛かる。
小さなレストランの店主のケヴィンは、ジュークボックスで客がかけた曲でシャロンを思い出し、連絡してきたという。
あの頃のすべてを忘れたいシャロンは、突然の電話に戸惑い動揺するが、翌日、ケヴィンと再会するためマイアミに向かう。

作品は、少年期、高校生期、そして大人になったシャロンの三部構成になって話が進む。
そして、シャロンを取り巻く環境と周囲の人たちとの関係を絡め、シャロンの一時期ずつを描き出す。

場所がマイアミの貧困地域であるということ。
その貧困をどうにかしなければいけないと、声高に訴えるわけではない。
生活全般に染み付いてしまっている状況での貧困を、静かに描く。
具体的には、フアンは麻薬ディーラーで、麻薬中毒の母親ポーラはフアンから薬を買い求めているというふうに。

この作品の大きなテーマは、シャロンがゲイであるということ。
しかし、このことに対しても声高に雄弁に語るわけでもない。
まだシャロンは、少年期において自分がゲイであると自覚がなかったはずだ。
それを同級生たちが、シャロンの雰囲気を嗅ぎつけていじめる。
それによって、シャロンの感情は屈折し、傷も負い、無口な少年として成長していく。

そもそも、この作品に大きな事件は起きない。
それでも、先程の貧困、麻薬問題、同性愛、それに係わるいじめ、人種問題なども絡まり、アメリカに蔓延する社会問題を浮かび上がらせる。

シャロンの瞳を見ていると、彼の心情が透けて見え、その自分なりに生きようとする姿が、目に焼き付けられ脳裏から離れない。
それに、シャロンとケヴィンの、レストランでの再会場面。
穏やかでも、二人の心理的葛藤とその和解がこちらの心に沁み渡る。

月明かりの下の浜辺。そのブルーな色合い。
この色彩と、そしてシャロンの瞳を、いつまでも記憶にとどませるに違いないはずの、静かな感動を与えてくれる作品だった。
コメント (1)
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