ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

『瞳をとじて』を観て 

2024年02月24日 | 2020年代映画(外国)
『瞳をとじて』(ビクトル・エリセ監督、2023年)を観てきた。

映画「別れのまなざし」の撮影中に主演俳優フリオ・アレナスが失踪した。
当時、警察は近くの崖に靴が揃えられていたことから投身自殺だと断定するも、結局遺体は上がってこなかった。
それから22年、元映画監督でありフリオの親友でもあったミゲルはかつての人気俳優失踪事件の謎を追うTV番組から証言者として出演依頼を受ける。
取材協力するミゲルだったが次第にフリオと過ごした青春時代を、そして自らの半生を追想していく。

そして番組終了後、一通の思わぬ情報が寄せられた。
「海辺の施設でフリオによく似た男を知っている」・・・
(公式サイトより)

ミゲルとフリオは若い頃、海軍の兵役仲間であり、当時ミゲルが治安紊乱罪で逮捕されると、無関係だったフリオも同居していたために連行された。
そのような間柄の映画監督ミゲルと俳優フリオ。
そのフリオが、映画「別れのまなざし」の撮影中に失踪してしまって22年。

未解決事件を扱うTV番組に証言者として出演するかつての映画監督、ミゲル。
フリオはなぜ失踪したのか。
その疑問を解き明かせないかとミゲルは過去の記憶を探る。
そして、TV番組プロデューサーのマルタからフリオの娘アナの電話番号を教えてもらい、アナと会う・・・

静謐な会話劇、その中で時間はゆったりと流れていく。
結局、フリオの情報は思わぬところからもたらされる。

フリオの現状に戸惑うミゲル。
この辺りから、映画的内容はより濃密となって凝縮されていく。
失踪以降のフリオの人生はいかなるものだったのか、そして失踪そのものの原因はなんだったのか。
それは他人にはわからないし、もはや本人でもわからないはずだ。

この作品は、監督エリセが言うように、正しく“アイデンティティと記憶”をテーマとしていて内容が深い。
『マルメロの陽光』(1992年)から実に31振りの作品。
『ミツバチのささやき』(1973年)から僅か3本の長編しか残していないビクトル・エリセである。
同時代的にエリセを観てきた私にとって、『エル・スール』(1983年)の感想のところでも書いたように待ちに待った作品である。

ラストのフリオの顔に、重い感動に襲われ、観てよかったと感慨深いものが溢れた。
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『夜明けのすべて』を観て

2024年02月21日 | 日本映画
『夜明けのすべて』(三宅唱監督、2024年)を観てきた。

PMS(月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さんは、会社の同僚・山添くんのある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。
転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんだったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。
職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、藤沢さんと山添くんの間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。
やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになり・・・
(映画.comより)

PMSのためにイライラし怒りを爆発させる藤沢さんは前の職場でも居づらくなり、今では顕微鏡や天体望遠鏡を製造販売している家内工業的な会社に勤めている。
そこに後輩として勤めだした山添くんはパニック障害の持ち主。
二人は最初、馴染めない同士の相手だったが、時が経つに連れそれぞれの病気を理解するようになり、互いに思いやるようになる。

登場する人物みんながいい人で、藤沢さんも山添くんも苦しい症状を抱きかかえているけれども、映画そのものは穏やか。
そして、観ている側としてはPMSやパニック障害について、少しでもより多く理解が深まっていく、そんな風な勉強にもなる作品でした。
それと、出てくる人たちがみんな自然体の演技で、特に萌音ちゃんがとっても素晴らしくって、ついつい引き込まれてしまった。
これは監督三宅唱のなせる技だなと、つくづく感心させられもしました。



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『カラオケ行こ!』を観て

2024年02月19日 | 日本映画
『カラオケ行こ!』(山下敦弘監督、2024年)を観てきた。

中学校で合唱部の部長を務める岡聡実は、ある日突然、見知らぬヤクザの成田狂児からカラオケに誘われる。
戸惑う聡実に、狂児は歌のレッスンをしてほしいと依頼。
組長が主催するカラオケ大会で最下位になった者に待ち受ける恐怖の罰ゲームを免れるため、どうしても歌がうまくならなければならないのだという。
狂児の勝負曲は、X JAPANの「紅」。
嫌々ながらも歌唱指導を引き受ける羽目になった聡実は、カラオケを通じて少しずつ狂児と親しくなっていくが・・・
(映画.comより)

中3の合唱部の男の子とヤクザの組み合わせ。
それも、歌がうまくなりたいためにヤクザの方が、男の子に下手に出て先生として丁寧に扱う。
一般的に言えば、現実的にマァあり得ない交流の仕方なので、突飛過ぎてくだらないとなりそうなのに、観る者をグイグイと引っ張り込んでいく。

正直に言って、無茶苦茶面白かった。
何がいいって言って、理屈をこねて観なくって良くって、単純にこの身を流れに任せぱなしにしてクスクス笑っていられるところ。

山下敦弘の作品は、あの、高校生活最後の文化祭で「ザ・ブルーハーツ」のコピーバンドをする少女たちの、『リンダ リンダ リンダ』(2005年)が大好きだからこの作品も観て正解だった。


こういう作品を観ると、もっともっと映画を観たくなって明日も劇場に足を運ぼうと決心した。
コメント (2)
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『ビヨンド・ユートピア 脱北』を観て

2024年02月04日 | 2020年代映画(外国)
『ビヨンド・ユートピア 脱北』(マドレーヌ・ギャヴィン監督、2023年)を観てきた。

韓国で脱北者を支援するキム・ソンウン牧師の携帯電話には、日々何件もの連絡が入る。
これまでに1000人以上の脱北者を手助けしてきた彼が直面する緊急のミッションは、北朝鮮から中国へ渡り、山間部で路頭に迷うロ一家の脱北だ。
幼い子ども2人と80代の老婆を含めた5人もの人たちを一度に脱北させることはとてつもない危険と困難を伴う。
キム牧師の指揮の下、各地に身を潜める50人ものブローカーが連携し、中国、ベトナム、ラオス、タイを経由して亡命先の韓国を目指す決死の脱出作戦が行われる・・・
(公式サイトより)

凄い作品を、時間を忘れ一気に観させられたと言うのが率直な感想である。
ドキュメンタリーとして映し出される緊迫した同時間的な流れ。
観ている方も必然的に、それを同体験させられ画面から一時も目を離せられない。

この作品の優れていると思うのは、ロ一家の5人の脱北だけを映し出すだけでなく、並行して、今は韓国にいる脱北者リ・ソヨンの息子チョンの脱北の試みも同時に組み入れていること。
その対比によって一層の緊迫感が醸し出されている。
そのチョンは、折角中国まで脱北したが、ブローカーが裏切って当局に通報したために北朝鮮へ強制送還されたという。
と言うことは、チョンにはこの先どんな運命が待っているのか。
離ればなれとなって、ずっとチョンと会っていないその母親リ・ソヨンの心情を思うと胸が締め付けられる。

その二つの脱北をメインに捉えながら作品は、脱北者で脱北の体験の著作もある活動家イ・ヒョンや他の支援者のこと、
そして日本による戦前の朝鮮統治から戦後の金日成による朝鮮民主主義人民共和国の建国、その後の金正日、金正恩による3代世襲の独裁体制、
そこからくる最高指導者への個人崇拝と絶対服従が分かりやすく組み込まれ、それによって内容がより立体的となっている。

それにしてもこの作品の中心人物である支援者キム・ソンウン牧師の精力的な活動には本当に頭が下がる思いがする。
そしてその裏返しとして、現在の金正恩の独裁体制はどうにかならないのかと憤りを感じる。
そのような感想と感銘を受けながら、この作品を日本国中と言わず世界中の人々にも観てもらいたいと強く思った。
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『コット、はじまりの夏』を観て

2024年02月02日 | 2020年代映画(外国)
『コット、はじまりの夏』(コルム・バレード監督、2022年)を観てきた。

1981年、アイルランドの田舎町。
大家族の中でひとり静かに暮らす9歳の少女コットは、赤ちゃんが生まれるまでの夏休みを遠い親戚夫婦のキンセラ家のもとで過ごすことに。

寡黙なコットを優しく迎え入れるアイリンに髪を梳かしてもらったり、口下手で不器用ながら妻アイリンを気遣うショーンと子牛の世話を手伝ったり、
2人の温かな愛情をたっぷりと受け、一つひとつの生活を丁寧に過ごしていくうち、はじめは戸惑っていたコットの心境にも変化が訪れる。

緑豊かな農場での暮らしに、今まで経験したことのなかった生きる喜びに包まれ、自分の居場所を見出すコット。
いつしか本当の家族のようにかけがえのない時間を3人で重ねていく・・・
(公式サイトより)

大家族とは言わないまでも、姉弟が多くいる中で、父親からは特に疎んじられているコット。
学校でも物静かなためか、同級生たちからは仲間外れの存在。
そんなコットが妊娠している母親の負担を軽くするために、田舎にある親戚の家へ夏休みの間行かされる。

アイリンはコットが来たのをとっても喜んでくれいろいろと世話を焼いてくれるが、夫のショーンは無愛想な対応しかしない。
そのような状況の中で、無口なコットがショーンがしている牛小屋の掃除などを手伝って日々を過ごす。

ただ、公式サイトのあらすじにある“2人の温かな愛情をたっぷりと受け”と言うような甘ったるいような意味合いではなく、
アイリンはいつも慈しんでくれ、ショーンも一歩引いて影でコット見守ってくれるという感じである。

一夏を過ごす生活の内容的には、これと言って日々の変化があるわけではないが、それでも1か月も経ってみればお互いにかけがえのない存在となっていたりする。
見終わって、久し振りに清純な作品を観たと感じ、心が洗われる思いがした。



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