
櫻ノ詩 児島高徳│尾形月耕「日本花圖繪」明治丗年
微服潛行して、時分を伺ひけれども、しかるべき隙もなかりければ、主上の御坐ありける御宿の庭前に、大きなる桜の木のありけるを押し削つて、大文字に一句の詩をぞ書きたりける。
天勾践を冗らにすること莫かれ
時に范蠡無きに非ず
警固の武士ども、朝にこれを見つけ、何事をいかなる者が書きたるやらんとて、読みかねて持ちあつかひける間、上聞に達してけり。主上は、即ち詩の心を御悟りありて、龍顔殊に御快げに打ち笑ませ給へども、武士ども、あへてその来歴を知る者なかりければ、思ひ咎むることもなし。
(第四巻 和田備後三郎落書の事│「太平記」 ,p202-204)
*吉川英治著『私本太平記』では、後醍醐帝の叡覧に供えるべく道の桜の小枝に御歌をとの佐々木道誉の言に対し、御弟君の大覚ノ宮が桜の肌を削り「天莫空勾践 時非無范蠡」の詩句を墨書きなさったとの設定である。さらに「こんな異朝の故事や、いちいち辞解などは、いま宋学流行のなかにある宮廷人か、またはよほどな篤学者でもあるならいざ知らず、一般の鎌倉武者や土豪などでは、何の意味やら分らぬ方が当然といってよい。」(「私本太平記(三)」 ,p303)と容赦ない論旨である。志士仁人は生を求めて以て仁を害すること無し、身を殺して以て仁を成すこと有り。詩句が仮に南朝の忠臣、児島高徳作でなかろうが、此の時彼が上聞に達せばやと念じた思いは、この詩心に寸分違わぬものであったに違いない。

雨中月 児嶋高徳/月岡芳年「月百姿」
78.Rainy moon---Kojima Takanori
参考資料:
兵頭裕己校注:「太平記(一)」, 岩波書店, 2014
吉川英治著:「私本太平記(三)」, 講談社, 1990
Stevenson J: Yoshitoshi’s one hundred aspects of the moon, Hotei Publishing, 2001